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43話:『切り札』を切る時

 ダルコ州の街には、『幽霊屋敷』と呼ばれている館がある。

 敷地に入るとなぜか辺りが暗く見えたり、人ではない気配や視線に絶えず晒されるような感覚に陥り、気温も下がってないのに寒気に襲われるなど、怪奇現象が多発するその建物は、近隣住民から不気味がられていた。


 とはいえ、人が住めない程にボロボロな建物ではない。

 小さな館ではあるものの、よく見れば凝った装飾品や銅像などでちゃんと飾り付けられており、ボロとは程遠い、ちょっとした豪邸でもあった。


 何を隠そう、この館こそズゥ・ハーク家がダルコ州に所有している別荘であり、現在デスティが仮住まいとして利用する場所であった。


 そしてデスティが私室としている部屋は、これまたよく見れると、元は豪奢な部屋だと分かる。

 紫色に光り輝く魔石ランプが怪しく部屋を照らし、大きな黒い棺がベッドのごとく横倒しにされ、壁のあちこちに掛けられた魔法陣つきの布がサブマッチの情報を薄ぼんやりとした立体映像で映し出しているなど、デスティが色々台無しにしているせいで分かり辛いが。


「これで、権力者パトロンには粗方話はついたか」


 その私室にて、デスティは椅子に腰かけ、目の前の机に置いたリストに目を通しながら独りごちる。


 ――マティアスとのサブマッチを決めてから、1週間。

 デスティはきたるべき決戦をつつがなく実現させるため、各権力者への手配、根回し、そして脅迫と、暗躍を重ねている。

 日中は学校を無視して、準備の為にあちこちを飛び回り、日が落ちればこの仮住まいに帰るという生活をここ最近はずっとしているのであった。


 今日はダルコ州に在住している権力者との大雑把な話し合いが終わって、サブマッチの開催地が決まったのである。

 まだ細く決めてない事柄もあるものの、今のところ準備は順調に進んでいた。

 はっきりと決まって無いものを挙げるとするなら。


「あとはサブマッチの種目なんだが、何にすっか……」


 デスティは顎に右手を当てる素振りをしながら、思考にふける。

 サブマッッチのことなら頭が回って即断即決のデスティでも、種目は慎重に決めなければならなかった。


 何せ、今回のサブマッチで集まってくるのは国外の人間である。

 その大半は、デスティの名声に釣られて……というより、過去デスティにこき使われた経験を根に持ち、デスティの敗北をみたがる人間となる筈だ。

 あとの少数は、サブマッチそのものに興味がある人間といったところか。


 どちらにせよ、会場を訪れる客は皆『サブマッチという競技を知っている』だろう。

 この予測が、デスティの頭を悩ませていた。


(ありきたりな種目じゃまず盛り上がらねー。これがサブマッチを知らねー国内の客相手だったら、規模を大きくしただけの単純なタイムアタックでも満足するだろうが……)


 このサブマッチの成功は、ダルコ州におけるサブマッチ流行の要となっている。

 ゆえに、ネームバリューで呼び寄せるだけではなく、種目も観客に満足できるものにしなければならないとデスティは考えていた。

 接戦できそうな種目か、あるいはインパクトを重視して全く新しい種目にするか。


「…………新しい種目か」


 デスティは、思い当たらなくもないといった様子でポツリとつぶやいた。

 一つだけある。新しく、マティアスと自分なら盛り上がること間違いなしの種目が。

 ただしそれは、秘策中の秘策。

 世界中にサブマッチが広まって、世界大会が行われた時に解禁するつもりだった。


 デスティは熟考する。

 この種目を解禁する事によるメリットと危険性(・・・)を天秤にかけながら、自分自身に問う。

 ――これは、今使うべき切り札なのか?


「……猶予はまだ1週間ある、それまでに決めりゃいい」


 まだ、使えない。

 使うにはあともう一押し、何かが足りていない、そんな気がしたのだ。

 ひとまずデスティは、期限までに別の手段を模索すると決めたのだった。



「サブマッチの開催状況を確認して、寝るか」


 今日は決めないと決めたのなら、さっさと次の行動に移るのがデスティである。

 彼は机の引き出しから魔法陣が書かれた巻物スクロールを取り出し、その上に広げた。


 ヴン、と魔法陣から光が発せられて、その光はダルコ州の地理を、立体地図とでもいうべき形で描写した。

 立体地図の各所には、赤く光った箇所がある。そこはサブマッチが行われた場所であり、触れることによって詳細を確かめることができるのだ。


 これはデスティが千変万化流の道場でもやっていた、サブマッチに関する情報の観測とまとめの作業である。

 今回は単純に、デスティが準備に動いている間、サブマッチが何処で何回、誰が行ったのかを確認するつもりだった。

 マティアス達がちゃんとサブマッチ実行装置を使えているか、チェックするという意味もある。 


「俺が居なくても総合学園でサブマッチはやれてるだろーが……ん?」


 映し出される地図上の情報を見て、デスティは違和感を覚えた。

 ぱっと見、総合学園は普段通りの頻度でサブマッチが開催されている、しかし問題はそこではない。

 学校以外の場所に、新しい情報が追加されているのだ。


(『ダルコ運動公園』でサブマッチが開催されてやがる。確かに実行装置は置いてたが、ここでは今まで行われて無かった筈だが……。成績は目立つものはねーな。参加者の年齢層は……30代から50代だと? 学生じゃねえ。俺が呼びかけて無い年齢層の人間が、なんのきっかけもなくサブマッチに参加した? ありえねえ)


 普段サブマッチが行われていない場所でサブマッチが行われている。

 それも、デスティが特に気に掛けていなかった年齢層の人間が、である。


「何がきっかけだ……?」


 理由を探るべく、デスティは映し出された情報をさらに精査する。

 情報そのものは問題ではない、寧ろ喜ばしいことだ。

 だが、デスティが動いていないにもかかわらず、このような事が起きたのは純粋に疑問だったのだ。


「おっ、デスティ帰って来とったんか。まあ玄関のカギ開いとったから居るとは思ったけど。相変わらず――うーん、変な家やなあ。こんな部屋で寝れるんか?」

「……ジュンコか。この家の元々の家主は、ズゥ・ハーク家でも変わり者だったらしい。家に文句があんならそいつに言ってくれ、ちなみに毎日快眠だ」

「いや部屋が変なのはアンタのセンスが悪いからやろ……。まあ寝れてるんならええけど」

 

 その時、ガチャリとドアを開けて、ジュンコが部屋へと入ってきた。

 ちなみに、ジュンコとデスティは同居しているわけではない。

 デスティはこの家の隣にジュンコが住まう家を新しく建てていて、いわゆるお隣さんという状態である。


「そんで何があった? いま気になる事を調べてるんだが」

「サブマッチで貸し出してる武器が幾つか壊れてしもうてなー、新しいの用意しいやって書置きしようと思うとった」

「そうか、用意しておく。報告ご苦労さん」

「あ、せや。せっかく直接会えたんやし、アンタに嬉しいニュースを届けたる。せいぜい泣いて喜ぶんやな」

「なんだそりゃ」


 ジュンコの方から訪ねて来るという事は、即ちデスティに対しサブマッチ関連の話があるということだ。

 聞いてみれば、貸し出している武器についての話だったが、それはそれとしてジュンコはデスティに聞かせたい事があるらしく、ニンマリと笑っている。

 今までにない彼女の得意げな表情に、デスティ怪訝な顔をしていると……。


「マティアス君がな、こないだ保護者に向けたサブマッチ体験会を開いたんや。そしたらドハマりした人が何人か出てきて、休日公園とかでサブマッチをやるようになったらしいで」

「―――――」

「いやーよかったなぁデスティ。これで今度のサブマッチ、国内からの観客も増えると思うし、可愛い後輩が頑張ってくれて嬉しいやろ?」


 頭の中で、かちり、と何かが綺麗にハマる感覚がした。


 ジュンコの言うことは事実だ、先程確認した情報とも辻褄が合う。

 デスティが居ない間、マティアスが体験会を開いたことによって、今まで呼びかけていなかった年齢層の人間にサブマッチが広まったのだ。


「…………」

「? デスティ、どないしたん黙り込んで、嬉しゅうないん?」

「なあ、確認なんだが」

「うん?」

「俺は今回、マティアスを乗せたり、脅したり、金で使ったりしてねーよな?」

「なんやその人を信じられなくなった悲しき怪物みたいな質問。いやまあ、今回は完全にマティアスくんの独断やけど、別に悪い事やないやろ?」


 デスティは重ねて、ジュンコに確認を取り、そして理解した。

 自分はマティアスを口車に乗せたわけではなく、弱みを握って脅しつけたのではなく、金で釣って動かしたわけでもない。


 今回の件は、正真正銘、マティアスがサブマッチを広めるために自分で考えて行った事だ。


「く、くくっ……くっくくく……! カハハハハハハ!」


 抑えられない喜びが漏れ出すようにデスティは肩を震わせ、ついには大口を開けて笑い出した。

 誰に言われるでもなくサブマッチを広める。それは、力が衰退しつつあるこの世界において、時代に逆行する行為にほかならない。

 そんな時代錯誤な人間が、自分の他に存在していたのだ。嬉しくないわけがなかった。


 同時に、思った。 

 『もう一押し』は、自分の預かり知らぬところで、すでに押されていたのだと。


「うわ、なに? 嬉しすぎて今になって笑い出したん?」

「ハハハハハッ! 嬉しいってのもあるが、俺の早計さが余りにも滑稽でな……。くっくっく、まさかさっき決断したことをもう撤回することになるとは」

「……ようするに、どうゆうこと?」


 デスティは確信する。

 危険性など、どうとでもなる。

 あのサブマッチを解禁するに相応しい相手が、ついに現れたのだ。


「――切り札の使い時が来た、ってことだ」

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