史実とテンプレ6
話題のゲームの設定は基本、スパイが主人公のようだった。
なら、侍ではなく、昭和の『イエズス会』の諜報員の設定で話を作るわけにはいかなかったのだろうか?
前回は、なんか、批判的に書いてしまったけど、
混乱する頭の動機の1つに、『私の見聞きしてきた日本で活躍した黒人に、こんな残虐な人はいなかった』のがある。
私には、黒人の知り合いはいない。基本、テレビの有名人の情報だけれど、弥助も有名で希少な人だったのだから、まあ、それで話を考える。
昭和のテンプレと、私のテレビの情報を会わせる。
宣教師は日本に布教したいと考えている。
その為には、情報やコネクションが必要である。
様々な努力が実を結び、信長への謁見が叶う。
この時、様々な贈り物の荷物運びと話題のために連れていった黒人がいたく信長に気に入られる。
宣教師達は、彼を信長にゆずり、そして、普通では見聞きできない城内の情報を探るように男に頼む。
ここで、どうしても謎なのが、弥助がもし、本当に、黒人の英雄だと言うのなら、後に秀吉と共に奴隷商人と戦わないのか?
と言う事だ。
本当に、黒人として誇りをもった勇者なら、ここで宣教師をやっつけて、黒人の人種売買のルートを叩き、故郷の人々を救おうと考えるのではないか?
特別、縁もゆかりもない日本人のために戦うと言うのが、話の筋道として違和感があった。
昔見聞きした話は、ここを、キリスト教の温かいイメージで補強していた。
当時、キリスト教は清らかで美しいイメージしか私にはなかったし、時代的に日本でも、キリシタンが増えて行く時代背景があったので、まあ、これを弥助の動機にする。
今のろくでもない世界を変えるには、みんな、イエスさまを信仰してないからだ。
キリスト教に改宗すれば、みんなが幸せになれる。
まあ、色々、違和感があるけれど、まあ、戦国時代だし、キリスト教を信じた大名もいたんだから、弥助もそう信じて諜報活動をすることにしよう。
なんか、スパイって、黒装束で戦わないといけないイメージがあるみたいだけれど、道化に徹して、人を懐柔するのだってスパイ活動のひとつには違いない。
それに、弥助をだすと、明智光秀が登場して、彼が最後に『弥助は黒人で動物みたいなものだから、見逃してやれ』と、問題発言をするわけだけれど、このセリフをいかすためにも、弥助はコミカルな人間を装う雰囲気でつくる。
光秀の娘に細川ガラシャがいるんだから、キリスト教をベースに考えれば、弥助をそう言って宣教師に預ける流れも自然につくって行ける気がする。
信長が残酷で、神経質な性格だったのは知られている。
自分の留守中、遊びにいった女性を殺しているし、老若男女とわず、信長の前ではピリピリムードがあったに違いない。
何一つ間違えない…ブラックパワハラワールド。
このキリキリした空間で、小さなミスを誰かが犯す。信長の激が飛ぶ、嫌な雰囲気の中、板間で控えていた弥助がズカズカと中に入ってきて、信長と失敗した人物の前に立ちはだかる。
空間が凍りつく。
睨む信長、
その信長にのっそりと顔を近づけて、弥助は一言、『お前、もう、許してやれよ。ちっちぇーな。』と、言う。
辺りは殺気だつ。
トンデもない無礼に、信長も一瞬、顔を歪め、宣教師は神に祈り、死を覚悟する。
間
信長、弥助をじっと見て、
『日本語をはなせるのか?』
と、驚くように聞く。
弥助は少し、自慢そうに
『俺、ことばを覚えるの上手い。インドではの雇い主も誉めてくれた。』
『ほぅ、お前は天竺に行ったことがあるのか?』
信長が興味を持つ。
『マハラジャの前で踊ったぞ。見るか?』
弥助の屈託のない笑顔に、信長も毒気を抜かれて笑い出す。
家臣の一人が、弥助を罰しようてする、が、信長はそれを止める。
『よい、アレは動物なのだから、好きにさせよ。』
書いて見ると、色々、問題がでてくるなぁ。
まず、キリスト教を前に押し出すと、宗教問題になるし、動物発言も差別的。
でも、普通の日本人なら殺されているような事を自由にやって、彼の前で人々が気を許して秘密の話を漏らす設定を考えると、それぐらい盛らないといけない。
そして、動物として珍重されていた設定にしないと、同じく、『猿』と言われて可愛がられた秀吉との軋轢が生まれない。
本能寺に…なぜ、秀吉が早く迎えたのか?
この答えを、弥助との確執で補って行こうと考えたんだけれど…
書いて見ると、世界を意識すると、問題が山積するなぁ




