スローライフ
春、死んでしまった剛のことを思い出した。
奴は田舎の農家で、両親の作ったうまい野菜や米を食べてのんびり暮らしていた。今思えば、奴はスローライフをしていたんだと思う。
私と知り合わなきゃ、奴はスローライフの中で生きて寿命を迎えたに違いない。
思えば、我々と知り合ってから太った気がする。
でも、剛はスローライフを楽しいとは思ってなかった。有名バーガー屋で初めてのハンバーガーを驚きながら食し、コーヒーがおかわり自由なのに驚いていた。
「ねえ、何杯飲めると思う?」
と、なんだか意地汚い夢をカップを見ながら話していたな。奴はスローライフなんて楽しいとは思ってなかった。
なんで今まで気が付かなかったのだろう?
奴は異世界からやってきた生物みたいに嬉しそうにファストフードを口にしていたのに。
私はテンプレをなんとかしようと躍起になったけれど、そういうの、要らなかったのかもしれない。
まあ、キャラクターと読者の希望が真逆だったのね。
これからどうしようかな。
ともかく、お父さんはスローライフをしたいのだと思う。
お母さんに働けといいながら、飯がまずいと暴れた父。
でも、多分、何を作っても、きっと暴れていたと思う。父はまずいと感じたのは自分の置かれている状況だったのだから。
子供の頃、出来合の揚げ物を使って手抜きをするなとか、昼に作ったカツ丼について怒られたことがある。
なんか、野草とかを使って、安くて美味しいものが作れるはずだとか喚かれた。
その日、休日出勤の母は昼飯の用意をしてなかった。私は自分の小遣いを使ってなんとかした。それぐらいしかやりようがなかった。
大人になってから、同じものを作った。
父は過去の事など忘れて、お母さんの飯よりうまいと、そう言った。
父がうまいと感じたのは、大人になった、金のかからない、これから頼りにしたい気持ちが立ったのではないかと思った。
こう書くと、なんだか私が悲しい不幸な気持ちで言ってるように聞こえるかもしれないけれど、この時、私は父の子供の頃の悲惨な状況を知っていたので、なんだか不憫に感じた。
本当は、もっと甘えたかったのだと思う。そして、年老いて力が弱くなる自分を、力で私を支配できなくなる自分を捨てないで欲しかったのかもしれない。
いや、少し、棘があるな。
人間の気持ちはコロコロとかわる。弱っている時はそんな気持ちにもなるんだろうけれど、基本父は誰にも頼りたくはない人で、結局、自分のことは全部自分で賄って死んでいった。
今思うと、本当は頼りたかったのかもしれない、殴られてでも隠居しろとか、お父さんの面倒を見るって言われたかったのだと思う。
お父さんはスローライフをしたかったのだろうな。
強い父親に守られて、優しい母に育まれて。
でも、誰にも頼りたくもなかったのだろうな。子供にも、頼むことができなかったんだと思う。
あんなに偉そうにしていた子供の前で、コメツキバッタみたいに正座で床に頭を擦りつてるようにしながら、愛想笑いで必死にご機嫌伺いする様子なんて、絶対に見せたくはなかったと思う。でも、それを制御できないほどのトラウマが父にはあったのだと思う。
そんなトラウマになる程、父はたくさんの人から憐れまれたのだろう。戦時中、戦後の話である。結構悲惨だったのだと思う。
だから、父は誰にも頼らずに生きていること、家族を見捨てずに守り切ったことを誇りにも思っていた。
私には、父と住む選択はできなかった。だから、誰にも頼らず、1人で頑張った誇りの方を応援するしかなかった。でも、転生したら、幸せになってほしいと思う。そして、一度くらい格好良く強いやつと戦えるといいな、と思う。
人間の心は量子のように2つの気持ちを同時に持ち合われている。
小説を書きたい自分と、何もしない方がいいと思う自分。
お父さんはどうなんだろう?
剛は、どうだったのだろう?
春が来ると、なんだかそんなことを考える。




