野望
野望というのは持つのは結構大変なものである。
小説などでは簡単に主人公は王になるとか、大魔法使いになるとかいうけれど、現実でそんな話をするのは大変である。
現在の成績で私が毎日、書籍化作家を目指すと活動報告に書いていたら、読者ははじめは笑ったり、批判の感情も湧いてくれるだろうが、すでに9年も経つと、もう、そんな事を書いたら悲壮感しかない、もしくは、やり方の悪さにイライラされるか、無視されるか、そんなふうになる。
野望と野暮は一時違いで、なんとなく似ているものである。
思えば、いつも自分でリミッターをつけて生きていたと思う。
すでに、他のサイトで数年、小説の収益化を経験した私は、自分は一年で100円の価値だとリミッターをつけていた。本当に金を稼ぐのが大変だと思った。で、最低限、ギフト券がもらえる100円を一年のリミッターに決めていた。ま、漫画の単行本の電子書籍を買うと宣言してに3年かけたから、もう、そんな大それた事をいうのはやめようと思った。
まあ、どんな環境でも小説を書くのには役に立つ。この数年、漫画の電子書籍を買うのに必死になって、貧しい、そして、働いても金にならないというルールで生きるということを体験できたし、私の読者にもそれを人s来させられた。
でも、貧乏人ばかりでは人気の物語にはならない。ここから、大逆転をして上にゆくからファンタジーは面白いのである。でも、私は大それた野望というものをうまく描けない。ここに現在、気がついた。
これではまずいのだ。なんとか、上流というものを読者が私の小説のキャラから認識してもらえないと。
まあ、一年100円というのもそれなりに楽しくもある。そう考えるまで、七顛八倒したけれど。ギフト券にポイントを変えて、そして、子供の頃から読んでみたかった洋書を翻訳付きで読める。この夢を叶えることができたのだから。
確かに電子書籍は100円の価値だが、古書となると数千円から1万円はするし、プロの日本語翻訳版は日本語でも高価な本である。
ここに100円の価値を見出し、そして、100円で買えるものをなんとか増やす方向に思考が流れたしまう。
元々、私にとって本は宝物で、価値はあったし、一年に一度、誰かから送られる本 という設定が私にはすごく刺さったのだ。
思えば私はフリマから派生して小説を書き始めた。無価値と思われるものに価値をつけてそれを皆んなに認められる。こういうのが好きなのだ。
頑張って小説を書いてゆけば、一年に一度、本を読者から送られる。子供の頃から読んでみたかった、西洋の魔術の本。なんて素敵な話だろう?
でも、それではファンタジーにはならない。気がする。
少年もののファンタジーには。
そう、リミッターを一度、解放しないといけない。
100円で満足してはいけない。
まずは1000円を自分の小説で稼がないと。じゃなくて、うーんと。
ここで、なんかすごい事が思いつかない所が、なんとかしないとな。
いや、書くだけなら、なんでも書ける。手塚アニメの原作を作ってテレビのプライムタイム、夏アニメを作りたい。なんて簡単に書ける。
でも、このセリフに現実味はない。剛の『名古屋でモーニングを食べたい』より、どうにもならない。
少なくとも、名古屋のモーニングは、なんとかしてしてあげたくなったし、私でも出来ると思える範囲の願いだった。でも、今の私にはアニメの原作なんてムーンショット。誰も、自分も、遠すぎて感情も湧いてこない。
今、私がファンタジーを描いて、すごいことを主人公に言わせてもそうなんだと思う。
読者を、たとえイライラでもさせられないななら、それは失敗なんだと思う。
それを回避するには、まずは小説を書く私が限界突破を目指さないといけない。




