第十章『村にないモノ』
このバーベキューはゼミの親睦会である一方で、田森と岡島さんの仲直りをする機会でもあった。そのために僕らが心を砕いたのは言うに及ばない。
しかし、そのお膳立てを見事に台無しにしたのは田森であった。
田森は相田美崎をバーベキューに同伴させ、それ以降も彼女につきっきりで、岡島さんのほうに目もくれようとしなかった。
岡島さんは完全に塞ぎこんでしまったようで、同じゼミの女性陣が慰めていた。
一方で僕は玖木教授の晩酌につき合っていた。申し訳なくて、とても岡島さんに声をかけれる気分にはなれなかったのだ。
「鈴木くん、神名村に来てどうですか?」
玖木教授は細身の体格で、身長も高いせいかよけいに細く感じさせる。そのせいか頼りない印象をまわりにあたえるヒトだった。字を書くときに手を震わせながら書く癖がそれをより助長しているのだろう。
実際は腰が低く、虫も殺しそうにないヒトだ。その一方で、女性遍歴に関してはあまりいい噂を聞かない。何せ玖木教授とは変わった人物であるというのが一般的な見識だった。
「のどかでいいところだと思いますよ。僕も地方の出身なんで、こういうところは自然と落ち着くんです」
「そうですか。ところで鈴木くん、資料館にはもう行きましたか?」
「はい。そこで『妖姫伝説』の話も聞かせてもらいました」
僕は教授に昨日聞いた物語をかいつまんで、途中で自分の解釈なども織り交ぜながら話した。
玖木教授は適度にアルコールを摂取しながら、僕の話に耳をかたむけてくれていた。
「それはいい話を聞いてきましたね。では、私も勉強熱心な君に話をひとつしましょう。
この村は、神さまの《かみ》、名前の《な》と書いて神名村と呼ぶわけですが、実はそう書くようになったのは最近の話なんですよ。では、昔はどう書いていたかわかりますか?」
いきなり話をふられ、僕は即座に「わかりません」と答えてしまった。
「では、ヒントをさしあげましょう。この村にはある建物がありません」
教授は懐から地図を広げて、僕に手渡す。それを見て、僕は即座にこの村にない建物が思い浮かんだ。それは昨日の田波との会話から、ずっと気になっていたことだ。
「神社がないんですね」
教授は僕の回答に、満足げにうなずいた。
「あとこの村には寺院もないんですよ。実は君の聞いた話には後日談がありましてね。その後も何度か村に違う高僧が出向くんですよ。ところが、ひとり残らず娘に堕落させられ、食われてしまうんです。それでいつしか村には仏も寄りつかなくなったという話です」
「……まさか神も仏もないから神無村だったとか?」
「ええ、正解です」
そう言うと、玖木教授は突然笑いだす。僕はおちょくられたのだろうかと、そんな教授を見ながら首をかしげてしまう。
「つけ加えるとですね。この村に神も仏もないということは、人間を守護してくれる者がいないということなんです。つまり穢れがあっても祓われることなく、時を過ごしていくわけですね。だから、その穢れが色濃く現れる夜などはあまり外出を控えるほうがいいでしょう」
笑いだしたかと思えば、いきなり睨むような視線を僕に向けてくる。僕は玖木教授のその瞳に言い知れぬ何かを感じ、返答に詰まってしまった。
「――という話を肝試しのまえにすると盛りあがるかもしれませんよ。今夜、やるんでしょう?」
しかし、その後は何事もなかったようにいつもの玖木教授に戻った。
田森と岡島さん、玖木教授と本山千佐子、さまざまな出来事が目の前で起こっていることを理解しながらも、僕はただ見ていることしかできない。
空を見あげると、陽はまだ高かった。




