再会3
「今から立て直すぞ。各自、自分の顧客を確認しろ。今年入った奴の顧客は1度引き上げる。前任がサポートに回ってくれ」
言うのは簡単だけど動くのは大変だった。
今持ってる顧客に足されるのだからみんなの顔が変わった。
「今年の6人は顧客データを戻せ」
しおしおと戻す者、不貞腐れる者、中嶋くんはどちらでも無かった。
「俺は顧客と上手くいっている」
出すのを拒む相手から無理に取り上げるのも大人げないので、パソコンで管理してる各社のデータを月別のグラフにして出した。
「パソコン上手くなったな」
同期が声を掛けてくる。
「鬼主任に鍛えられてるから」
「俺が代わりたいよ」
「代わる?スパルタだよ。今回だって聞いたのは前日で『明日から営業行け』だもの」
「あの人なら有り得るな」
同期の顔が引き吊った。
「それも可愛がられてる証拠だ」
主任の一声に周りが頷いた。
納得いかないけど今はみんなの持ち上がった気分を下げたくなかった。
月別にすると危険な社は一目で分かった。
これが全部契約更新を蹴ったら…沈黙が事の重大さを表していた。
中に自慢していた中嶋くんの顧客も2社入っていた。
「中嶋」
主任がデータを出すよう促した。
信じられない顔の中嶋くんは抵抗しないで手放した。
「ここまで分からなかったとはな」
主任の1人がため息を付いて別の1人は壁のグラフを見た。
打ち出したグラフと壁のグラフは明らかに違っていた。
誰が操作していたのか、確かめなくても明白だった。
「問題はこの12社だな。顔が利く奴は居るか」
ちらほらと手と社名が上がる。
担当が辞めて引き継ぎしてなかった所もあって深いため息が流れた。
「こことここ。誰か居ないか」
そう言いながら主任は私を見ていた。
「ここはみずきの顧客だったな」
「取り戻せるか自信はありませんが」
前置きして3社を引き受けた。
「この1社は難関だぞ」
「前に主任と回ってましたからその線から攻めてみます」
主任が苦労してまとめた営業だったのに。
その思いが課長を睨ませた。
好きにさせていた部長も同罪だと思った。
「回れる奴は今からアポイント取れよ」
その日はもう主任は帰っていたので翌朝報告した。
昨日出した表を見せて、自分の受け持ちと攻略法を話した。
「ここは諦めろ。ごねたら引かん」
「分かってますが、雪崩式になるのが予測できてやれるだけやってみようと思ってます」
主任は大きなため息を付いて言った。
「孫から攻めてみろ、春に産まれたはずだ」
「ありがとうございます」
後から、『去年地位の下の主任に良いようにされたのが悔しかった』って課長が専務に話したそうだ。
それを聞いて、主任から『配慮が足りなかった』って言葉が出て驚きだった。
切羽詰まった現状が『新人だから』『社会人1年生だから』って遠慮や甘えを振り払った。
新人は1人づつ主任とベテランに付かされた。
体制を変えて慌ただしく1週間が過ぎた。
営業は今も戦争だった。
なのに、昨日から中嶋くんが私に付いた。
どんなに教えようとしても中嶋くんは私より出来ると譲らなくて、もっと仕事らしい仕事がしたいと聞かないらしかった。
「お前に任せる」
主任はあっさり中嶋くんを見離した。
中嶋くんが焦っているのも分かる。
今まで受験も就活も挫折なしにきた中嶋くんだから、会社でも中心になれると思ったんだと思う。
でも会社はそんなに甘くない。
今までみたいに同じ歳の集まりじゃないから、絶対越せない壁が何段も待ち構えてる。
それを認めたくないから足掻く。
学生の時のプライドを捨てられない。
そんな中嶋くんを分かっていても見てるしかなかった。
何を言っても私は中嶋くんより下だから馬鹿にされるだけだから。
きっと、私と中嶋くんが違うのは、私がマイナスからスタートした事だと思う。
今は少し余裕も出来たけど、生活のために働いているのは変わらない。
中嶋くんは会社を辞めても親に助けられて生活していけるはず。
私と中嶋くんは最初から立ってる場所が違うんだ。
「何処へ行くんだ」
「今話し掛けないで」
やっと免許を取ったのにその後海外が多かったからまともに運転した事が無かった。
それが中嶋くんが免許を持ってなかったから私の運転になってしまった。
慣れない社用車の運転で緊張でガチガチなのに、こんなんで話しなんてしたら事故るの確実だった。
それでも中嶋くんは話し掛けてくる。
「運転もまともに出来ないのか」
この常識の無さは一生治らない気がした。
「事故って死にたい?なら喋ってなよ」
信号で止まった時に冷たく言った。
信号が変わり掛けてスマホが鳴った。
のろのろ端に寄せる。
鳴り止まないスマホに中嶋くんが手を伸ばした。
「取らないでっ、顧客だから私が出る!」
思わずきつい口調になったので中嶋くんも手を引っ込めた。
やっと車を横に寄せて電話を取る。
早口に飛び込んでくる声に答えながらメモ書きした。
助手席の中嶋くんが卯論気に私を見ていて電話が終わるのを待っていた。
電話を切って走り書きの要点だけ書き直してるのに中嶋くんが横から邪魔してくる。
「どこからの電話だ?」
「だから顧客」
「英語だったぞ」
「だから?」
上から目線で話してくる中嶋くんにうんざりだった。
「派遣に顧客持たせるのか。大手も落ちたな」
好き勝手言う中嶋くんに言い返すのも馬鹿らしくなった。
初日の話を聞いてなかったのだろうか。
着いた会社に中嶋くんの顔が険しくなった。
中嶋くんが契約を切られた会社だったから。
「ここに何の用だ」
「再契約の交渉」
中嶋くんが怒った顔で睨んできた。
「車の中で待つ?一緒に行く?どちらでも良いよ。ただし、来るなら黙ってて」
言っても聞かないだろうと思っても言うだけは言った。
「アポイントは取れたのか」
「取れたから着てる」
「俺も行く」
受付で名前を言って応接室に通される。
中嶋くんは待たされて苛々してたけど私は試されてると分かってた。
30分も待たされてからゆっくり担当が入ってきた。
「お待たせした」
口先だけと分かる態度で謝って椅子を勧めてきた。
「こんな形でまた会うとは残念だよ」
「私もそう思います」
「今日は謝罪でもさせるつもりかな」
視線が隣に座っている中嶋くんに向いた。
「いえ、気持ちのこもらない謝罪は怒りに油を注ぎますから」
「で?」
「見せるために連れてきました」
その場の空気を理解してないのは中嶋くんだけで、奇跡は起こらない。
「改めまして」
両手で名刺を出した。
受け取って貰えればまだ一縷の希望はある。
一拍空けて名刺は私の手を離れた。
「沢くんに付いて行ったか」
「異動の辞令が出まして」
主任に付いて行ったと誤解されるのは嫌だった。
「辞令が出たら営業に戻るのかな」
「はい」
腹の探り会う沈黙。
「ここへ君を寄越したのは沢くんかい」
「いえ、私が自分で任せて欲しいと言いました。沢からはお孫さんで攻めろとアドバイスを受けました」
「なるほどね」
頷く顔に資料を数枚広げた。
「御社のプレゼンに参加させて頂けませんでしょうか」
「耳が早いな」
「私なら更新継続をせず次を選ぶので、伺わせて頂きました」
見返してくる目を真っ直ぐ見返しながらも、胃はきりきり痛んでいた。
「そこまでする理由を知りたいな」
「私は沢の下で何度もここへ付いてきました。沢がどれ程の思いで御社との縁を結んだか見てきました。微力ですが私が結び直したい気持ちも正直あります」
相手が小さく頷くのを見て続けた。
「私が営業に携われない今安易なお約束は出来ません」
「だからプレゼンに参加させろ、か」
相手の視線の意味が変わった。
「大手がうちのような中堅にプレゼンすると知れたら笑い者になるぞ。落ちたらなおさらだ」
「承知しています」
「おいっ!みずきっ!」
横からグン、と中嶋くんが私の腕を掴んで引っ張った。
「何勝手に決めてんだよっ!こんな勝手な事されたら俺でも庇いきれないぞっ」
相手がポカンと中嶋くんを見て、次に肩を揺らして笑いを堪えていた。
「面白い物を見せて貰った礼に参加を許そう」
「ありがとうございます」
深く頭を下げた。
「みずきっ!」
なおも言おうとする中嶋くんの二の腕を力一杯握った。
「う、…」
「本日はこれにて失礼致します」




