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迷走  作者: まほろば
22才9月
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26/29

再会



それからの半年近くは出張ばかりだった。

担当の顧客も増え、こちらから挨拶に回ったり新規の契約を取り付けたり忙しいけど充実していた。

月の20日は海外で、5日は来日してる顧客の接待と自分の部屋には空気の入れ換えに帰るだけの生活を続けた。

この頃やっと部所で一人前に扱われるようになった気がしてた。

私が言うより先に『おはよう』と声が掛けられる。

社会人になってようやく新人から抜け出せた気持ちだった。

そんな矢先の出来事。

「明日から1ヶ月総務に出向頼む。それが終わったら営業で新人に仕事教えてこい」

9月の終わり、主任にさらりと言われた。

「え?私ミスをしましたか?」

困惑して聞き返した。

「そうじゃない。今年の新人は総務に多くてな、うちの書類が滞っている」

「何故私何ですか?」

「お前しか手(て)空(すき)が居ないだろ」

主任がぐるりと見回した。

仕事に一区切りが付いてるのは私だけで、だから動けるのも私だけだった。

言われれば確かにそうだから不本意でも反論も出来なかった。

「今年の営業もあくの強い新人が多くてな手を焼いている」

主任が去年営業に居たのはだからだったと今になって聞かされた。



「うちも個性派の集団だからな、営業に出せるのは俺かお前くらいだ。俺は11月の契約が終わるまで掛け持ちは無理だからお前を行かせる」

何か嫌な予感のする言葉をさらりと言われた気がした。

掛け持ち?

主任の顔を見たらニヤリと笑われた。

「良い勘だ。自分の顧客管理をしながらの出向になる」

主任のスパルタにも慣れたつもりだったけどまだ甘かったみたい。

「総務と営業をさくさく終わらせろ。来春の契約更新に支障をきたすなよ」

もう文句も出なかった。

更新の3月まで5ヶ月しかない、更新前の調整もある。

総務と営業に使えるのは4ヶ月だった。

「公示時間ありですか」

「いや、総務が終わったらその日から営業に回れ。出向だが席は海外事業部から動かない。課長以上には通達が出ている」

「分かりました。昼から総務に回りますので席を開けておいて貰えますか」

「相変わらずフットワークが軽いな」

「終わったら長期休暇を申請しますから判を押してください」

これくらい言っても良いだろう。



午前中に任せられる仕事は仲間に振って、身軽になってから総務に向かった。

制服のある総務にスーツ姿の私が混じるのは悪目立ちしたけど仕方無かった。

行ってみて分かったけど、うちの経費の清算を担当していた2人が続いて寿退社したらしい。

ノウハウは残してくれたけど使いこなせる人が居なかった。

今までどうしていたのか不思議だった。

同期が居たので聞いてみれば、退社する時は次を育ててからが暗黙のルールだったらしい。

それが今回は徹底されなかった。

海外出張は総務から航空チケットと仮予算の現金を貰って行くんだけど、仮予算はホテル代だけだから当然足りない。

接待がある時は精算するまで立て替えになったりもするから総務で滞るとかなり痛い。

海外事業部からの請求を円計算にして持ち出し分を戻してくれるんだけど慣れなければ時間は掛かるし間違った金額で戻ってくる。

立て替える金額が大きいのもあって、精算の仕方を総務の新人に『教えてこい』と主任は言ってるわけで、暗に対応が遅い総務に圧を掛けろって事だと思う。

主任の事だから心の中で『うちに喧嘩売るなら買うぞ』くらい思ってる。

大事になる前に身軽な私が動きます。



新人3人に2日教えてみたけど良い反応は返って来なかった。

のろのろ教える時間が勿体無くて、総務の部課長に人選を任せて貰えるか交渉する。

確実に営業に時間を食われるから、総務に割く時間を短縮したかった。

「言うだけの仕事はするんだろうな」

総務の部長の威圧的な物言いに『はい』と答えるしかなくて、邪魔にならないよう気を配って総務の中を歩いた。

3周目で5人に絞る。

男性3人に女性が2人、自分より年下に教えられて反発しないか心配してたけど杞憂だった。

「沢の下に居るんだって?」

主任の名前が出て不思議だったけど、同期だって教えられた。

「はい」

「スパルタだろ」

「はは…主任は鬼ですから」

緊張も解けて5人をその日から教えた。

せめて1人だけでも物にしたいと思ったら3人も素質が見えた。

1週間3人と意思の疎通と仕事の手順を確かめ合って各々にノウハウのコピーを持たせ実際に処理をしてみた。

「これで始動してみましょう」

これで来週には営業に行ける、と思っていたら中嶋くんが総務の窓口にいた。



驚きで見ていたまま固まってしまう。

頭の中は『何故何故どうして』だった。

考えたら直ぐ分かる事が、その時の私には分からなかった。

それだけ会いたくない人だったから。

部外者は来れない総務に来るんだからこの会社を受けて受かったのに、そんな事すら話し掛けられてか気が付いた。

「みずき?みずきじゃないか」

立ち尽くしてた私に気付いて中嶋くんが近付いてきた。

「何でここにいるんだ?」

驚きすぎて返事も出来ない。

呆然としているうちにポンポンと言葉を投げ付けられた。

「制服じゃないな。派遣か?短大じゃそれが限界か」

コピーを手に3人もポカンと中嶋くんを見ていた。

スーツの社章を見れば派遣じゃないと分かるはずなのに、相手が見下してる私だからその考えは無いらしかった。

「これからたまに来るから」

中嶋くんは『営業』だと言って総務を後にした。

「何ですかあれ」

3人のうちの1人が呆れた口調で言った。

引き吊った顔を戻せなくて、ありのままに答えた。

「大学の同期」

短大と4年制の違いがある話もした。

「会社では2年先輩になるのにあの態度か」

「聞いてたら『派遣』とか馬鹿言ってたな」

「確かに小さめだけど」

3人に笑われてその場は終わった。

私はそれでは終われなかった。



主任に営業に行けない話をした。

「見下されていた相手ね」

主任は『だから?』で済ませた。

「私が行けばトラブルになります」

必死に昔の話をしても主任は平気な顔をした。

「同じ会社なら今逃げ隠れしても何時かは分かるだろう」

「それまでには心の準備も出来ます」

言いながら気持ちは『退職』に決まっていた。

他でどれだけ通用するか分からないけど、中嶋くんの居るここに居るのは嫌だった。

「総務は片付いたようだな」

「1人を海外事業部に異動可能なら効率は格段に上がると思います」

言いながら自分が海外事業部の事務をしようか、と思い立っていた。

それなら営業に行かなくて済む。

その前に『退職届』を出そうと決めていた。

「2日で総務の方を付けろ」

「はい」

やり残しては行けないから頷いた。

退職届を出すのは…人事?

然り気無く総務の課長に聞いたらやはり人事らしい。

終業時間になってロッカーに入れてあった鞄から『退職届』を出したらしわしわだった。

書き直して、明日出そう。

その日の帰りに求人案内を買ってきて探した。

本よりハロワの方が良いかもいれない。

資格で途中入社枠を探す方が何処かで拾って貰える気がする。

今になって、ゆうこちゃんについていけば良かった、とか都合の良い考えが頭をぐるぐる回った。



翌朝人事の窓口に『退職届』を出した。

「保険証などの返却は此処でしょうか?」

「係りの者から受けとるか戻すか連絡をお待ちください」 

「…え?直ぐじゃないんですか?どのくらい掛かるんでしょう」

噛みながら聞いてしまった。

その時は『戻す』『差し戻し』の単語が綺麗に抜けていた。

退職届が受理されない、とかあるなんて思ってなかったから。

「1ヶ月は見てください。支店の退職も扱ってますので時間が掛かります。受理されれば、受理から3ヶ月後の月末に退職になります」

「…最短で4ヶ月ですか」

その場にしゃがみこみそうだった。

残ってる有給全部使っても1ヶ月にもならない、どうしよう。

頭の中は迷路で、必死に逃げ道を探していた。

この時にはもう主任が手回ししてて、私の『退職届』は『保留』の箱に入れられていた。

私の前では関心の無い素振りだったけど、中嶋くんの情報を人事に調べさせていたらしい。





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