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迷走  作者: まほろば
21歳12月
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25/29

異動3



海外事業部に異動してからの毎日は忙しくても充実していた。

会話のハンデは泣きそうになるくらいあったけどそれを上回る遣り甲斐があった。

海外事業部だけフレックスタイムが導入されてる理由を今更理解する。

地球には時差がある、と失敗から気付かされたのは苦い経験になった。

そんな中ボーナスの明細が来て驚いた。

夏より更に多くなっていて思わずガッツポーズをした。

ホクホクで契約の書類を作っていたら、今年入ってきた新人2人がひそひそ話してるのが聞こえてきた。

女子短大でもその語学力を認められて海外事業部に配属された2人。

残念だけど今は雑用が仕事だった。

去年の私もきっと同じだった。

彼女たちのように仕事は覚える物じゃなくて教えて貰う物だと思っていたから。

「髪飾り決めたの?」

「迷ってて、着物で付けてみないとやっぱり分からないし…」

「前撮りまで時間無いんだよ、もう決めないと間に合わなくなるから」

髪飾り?

前撮り?

なんの話をしてるのか分からなくて、目はパソコンで耳は会話を聞いていた。

「成人式は戦場なんだからね。決めてかないと」

「え、…ぁ」

思わず声を出していた。

2人に見られたけど打ち見違えた振りで誤魔化した。

…成人式。

「…忘れてた」

声を落として呟いた。

今年だったんだ…。

悔しい思いが押し寄せてきて、唇を噛んでいなかったら叫びそうだった。

人生でたった1度の成人式。

出来なかった悔しさが母親への憎悪を膨らませた。

普通の家なら母親が用意して…考えたら悲しくなって目の奥が痛かった。



落ち込む事も多かったけど良い事もあった。

それは営業より時間の余裕がある事。

ほとんど毎日定時で終わるから教習所に行く時間ががっつり取れたし、資格の勉強をする時間に困らなくなった。

主任の新年度を匂わせる話から年度内にどれかは『物にしろ』『形にしろ』何だと思う。

社内のは自信がないので外の資格に絞り勉強を始めた。

試験の日程を年間の手帳に書いていてふと、思った。

手帳に『TOEIC』『日経…』『MO…』と大まかに試験日を書き込んでいくと、受けやすい波が見えてきて空白の2ヶ所に社内の講習を組ませれば年間の表が出来た。

年によって日程に多少のずれはあるとおもうけど、これはこれからもずっと使える気がして小さくガッツポーズが出た。

「あ~会社に染まりきってるわ」

つい独り言が口から出た。

入社して約2年、何も分からないところからよくここまで頑張ったと思う。

何度『辞めたい』と思ったか数えきれない。

それをその度に誰かが助けてくれた。

そこまで考えて、あれから賢也と連絡を取ってない事実に冷や汗が出た。

怒ってるかな…。

恐々ラインを入れた。

『ごめん』

『突然なんだ』

『音信不通してて、ごめん』

『何とかなってるようだな』

『うん』

『困ったら掛けてこい』

『うん、ありがとう』

短いやり取りだったけど、友達を失わなくて良かったと思った。



年末にゆうこちゃんが来て服を入れ換えてくれた。

「みずき、転職の話なんだけど…」

「無しにしようよ。私も仕事が面白くなってきた所なの」

「そうじゃなくて…」

ゆうこちゃんは言いにくそうに話始めた。

「春に今の会社を辞めて、先輩の所に移るの」

「え?そうなんだ」

ゆうこちゃんは見返す無意味さに気が付いた、と言った。

「でね、お金無くて事務員雇えなくて…」

ゆうこちゃんの言いたい事は伝わってきた。

「私は気にしないで、今が楽しいし」

「良かった。みずきの紹介のお客様はそっくり持っていきたいの、よろしく」

これで安心、な顔してるゆうこちゃんに慌てて言った。

「部所変わったから頼まれても期待に添えないよ」

「嘘…」

「異動したって教えたじゃん」

その後の無理な無茶振りは無かったからそこで終われた。

「ゆうこちゃん、成人式した?」

内心気になってた話題を振った。

「式には行ったよ。着物は着なかったけどね。あ、みずきの姿無くておばさんに聞いたら風邪引いて寝てるって言ってたね。残念だったねー」

「お母さんが?」

もう泣きそうだった。

式の案内の葉書も、きっとお母さんが捨てたんだ。

「そうそう、みずきさぁ。いつ名字変わったの?電話した時おじさんが出てビックリしたよ、弟の話の時教えてくれたら良いのに」

「…変わってないよ」

聞こえなかったのかゆうこちゃんは耳に手を当てた。

「変わってない。お母さんは変わったのかもね」

平気な顔して言ったはずなのに、ゆうこちゃんの顔が歪んだ。

「…知らなかったの」

ゆうこちゃんも分かったんだと思う。

泣けない私の代わりに泣いてくれた。



年が明けて、担当を1つ持たせて貰えた。

言葉の関係で国で担当を置いていて、アメリカとか市場が大きいところは数人でカバーしているそうだ。

そんな中で私の担当はイギリスの古くからある大手だった。

電話、メール、相手の生活時間に合わせた商談は無理があって、半月でふらふらだった。

主任に社内の保健室に連れていかれこんこんと言い含められた。

「全部を背負い込むな」

「でも…」

「お前が居なくても会社は回る。現に今もお前の穴を他の担当が埋めている」

頭をバットで殴られた気がした。

気持ちが『私が』『私が』に向かっていて『私がいなければ』何も出来ない錯覚を私に植え付けていた。

「1ヶ月お前をあちこちのヘルプに着けた意味を考えてみろ」

「…それは」

先を言い淀んだ。

「雑用が欲しいならあの新人で十分だ。お前にはこの空気に馴染んでもっと顧客の懐に飛び込んだ商談をさせる」

「…え?」

「来週、来日するからそれでお前も分かるだろう」

何が分かるのか分からなかったけど、3日の休暇を貰って『旅行にでも行け』と追い出された。

言われたまま何時かは行きたかった高山に行った。

行った当日は楽しかった。

でも翌日には仕事が頭の中を占めて落ち着かなくなっていた。

我慢できなくて夕方電話したら『ゆっくり楽しんでこい』とか気楽に言われた。



必要とされてない不安を抱いて戻った会社に来客があった。

お茶出しを頼まれて、会話に不安になりながら応接室に向かった。

「ミッズーキ?」

白人のおじいさんに怪しい日本語で名前を呼ばれた。

「イエス」

営業スマイルで答えると手を掴まれてブンブン振られた。

驚いてる私にお構い無しに私の担当してる会社と担当者の名前を大きなリアクションで連呼し始めた。

それでやっと分かった。

「ようこそお越しくださいました」

掴まれていた手を握り返し歓迎の言葉を口にした。

片言の会話で契約に来た事、私をビックリさせたかったから内緒にしていた事、会うのを楽しみにしていた事などを手振りを交えて話した。

「仕事のパートナーとは友達になりたい」

片言で私に会うために来たと言われたらそれがリップサービスでも自分も誠意を返そうと真摯に思った。

言葉は習うより慣れろ、って事を実感した。

二泊三日の短い時間だけとパソコンの中の人が目の前にいて、話して笑ってるのを見ていたら身構えていた自分が可笑しくなってしまった。

私なりで担当を勤めさせて貰おう。



「肩の力は抜けたか?」

「はい」

見送りに同行した主任が聞いてきた。

翌日もう一件担当が増えた。

国は隣同士なので言語は同じに思えた。

出来ない事、分からない事、周りに頼る事を覚えたら顧客への接し方も自然体になって海外事業部の中で浮いてた感じが無くなった。

「来月海外出張があるからな。パスポートを取っておけ」

「えっ」

いきなり主任に言われても取り方すら分からない。

3月の最終週から4月の頭まで10日の予定らしく急げと言われた。

「人事に行ってこい」

呆れた顔の主任に言われ行ってみれば書類を揃えれば申請の代行は人事でしてくれると言われた。

飛行機のチケットも人事なのは不思議だったけど、万一の事故の手配は人事になるので決まり事になっているそうだ。

出張前に『TOEIC』を受けた。

前月『日経』を受けて合格していたので『TOEIC』は下がってる気がして不安だったけど750近く取れていて胸を撫で下ろした。

結果を会社に出して直ぐに10日の出張だった。

帰国すると今年の入社式は終わっていた。




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