仕事2
9月になって担当が2社増えた。
1社の人は担当が私だと分かると無理難題を言うようになった。
「担当が新人の女子社員に変わったんで舐められたな」
主任にそう笑われてやっと気が付いた。
女だから?
新人だから?
考え始めてしまうと地味にきつかった。
「契約欲しいんだろ?儲けを俺にも回すならサインしてやるよ」
最初の引き継ぎの挨拶の時前任から『癖のある担当だから』って情報を貰えてたけど、この人は人を見て態度を変えるんだって思ったら強気になれた。
「如何程をご希望ですか?私はまだ入社2年目なのでリベートを出せる立場に居ないので帰ったら主任にこんな話があったって伝えさせていただきます」
なんて惚けて切り返す余裕があった。
本当に金額を提示してきたら主任にありのまま話す覚悟をしてた。
「うちから切られても良いんだな」
横目で見てくる担当に負けずに笑った。
「それでしたらこちらもプレゼンで決めさせていただきます」
同じ系列の売り込みは数社から来ている。
当然利益の高い所と契約するのが本当だけど、担当の人柄とか相手の会社の誠意とか『信頼』が利益に加味される。
脅すなら脅しで返す気持ちになった。
自分では自覚してなかったけど…ゆうこちゃんに言われた事で自棄になってたのかも。
帰社して主任に怒られた。
「営業がそれくらい流せないでどうする」
主任の言う事は正当過ぎてひねくれてる私は素直に謝れなかった。
「気の弱いみずきが言い返すくらい相手の態度にも問題があったんだろうがな」
主任の言葉にハッとした。
我慢できないほどじゃなかったし何時もなら流せるくらいだった。
…八つ当たりだ。
相手に私を見下す気持ちがあっても、八つ当たりしていい訳じゃない。
自己嫌悪で下を向いていたら主任の声が聞こえた。
「仕入れ先を変える」
「…え、…」
「2人前の担当が猛プッシュしたんであの会社で固定だったんだが、慣れが出たな」
主任は数社のプレゼンで決めると言って部長に話してしまって、慌てる私をかやの外に新規の参入がたった1週間で決まってしまった。
「担当はお前だ」
苦い気持ちを隠して初顔合わせに望んだ。
仕入れ先を変えた経緯は相手先にも流れていたらしく私が担当だと知ると腫れ物を触るみたいな空気がその場に流れた。
相手の担当は50歳くらいの方で明らかにがっかりしていた。
主任からは同行しても座っているだけだ、と最初から言われている。
名刺交換になって、相手方は迷わず主任に向き直った。
主任が動かないので渋々私に名刺を渡してくる。
悔しさを隠して名刺を交換した。
頭の中を『身から出た錆』の諺が占めていた。
主任は部屋を出るまで一言も話さなかったのに、廊下に出るとき振り返った。
「とても残念ですが担当を変えましょう」
相手は明らかにホッとした顔をした。
悔しさに息が詰まる。
自分の未熟さから担当を外されるより、自業自得な現実がずきずきと心に刺さった。
「御社の誠意に弊社も誠意で返したつもりでしたが」
翌日改めての顔合わせになった。
私の後任は主任が今教えている同期だった。
苦い思いが2度としない決意を私に固めさせる。
同期の彼を深いお辞儀で送り出した。
新しく任されたもう1つの担当は無口な父親と同年代に見える人だった。
初めの挨拶の時は前任も一緒だったからすんなり会えたけど私1人になったら何度アポを取って行っても居なくて、無駄足が10日続いた。
1つ目を自分の自滅で同期に丸投げした形だからここもトラブルだ何て言えなくて焦りが焦りを呼んでいた。
何時なら居るのか何回目かでやっと捕まえた担当に電話で聞いたら『夜なら』って気のない返事が返ってきた。
切れた受話器を睨んでいた所に主任が来て、苛立ちながら電話の会話を伝えた。
「それはお前の会社の金で『俺を接待をしろ』って言ってるんだ」
「接待の催促ですか」
呆れて聞き返したら主任に笑われた。
直ぐに何時も使ってる店に予約を入れて先方に伝えたら断られた。
「店と日時はこっちで指定する」
決め付ける言い方にムッとしていたら前任者が通り掛かって『甘く見られたな』と嫌味を言ってきた。
「予約の確認をしておけ。予算オーバー分は自腹になるぞ」
嫌味にムッとしていたら思わぬアドバイスも飛んできた。
掛けてみると1人10万以上の料理が予約されていて私では決断出来なくて主任の席に飛んで行き短く内容を話して電話を変わって貰った。
「これ以上無理難題を言ってくるようなら切り上げて帰ってこい」
「…ぇ」
「上も打ち切りを検討してる所だ」
主任の『利益を産まない契約は意味がない』の言葉がズンと胸に重かった。
私は新しく任された2社を上が契約切りを検討していたのを知らなかった。
新人の私に任せて相手がボロを出してくれれば切る口実になる。
その思惑で主任が私に担当させた。
後からそれを知った時、もう笑うしかなかった。
接待の当日は気が重いのに追い討ちを掛けるような雨だった。
出掛けに女子社員が顧客からのクレームで担当から外された。
そのズンと落ち込んだ表情を見たらとても他人事とは思えなかった。
そして、気が付いた。
本当に他人事じゃ無いって。
新人の私でも寛容に接してくれる自分の担当の方々に感謝した。
改まった気持ちで社を出た。
先に着いて待っていると不機嫌な顔の担当者が中居さんに案内されてきた。
「予約と部屋が違うようだが」
挨拶も無しにいきなり言われた。
「接待の経費には限度がありますので」
相手に言い負けないよう必死だった。
ここも駄目になったら新しい顧客は持たせて貰えないかもしれない。
そんな恐怖が私を弱くさせていた。
「契約取りたいんだよな」
横目で私を見て上座に座る。
うちから見ると相手は子会社になるのに、この態度はありなんだろうか。
何か納得できない気持ちを堪えて料理を運んで貰うともっと不機嫌な顔になる。
「何だこれは」
相手は私と仲居さんを睨んで言った。
「接待の予算は決められていますので」
「新人の癖にその言い草は何だ。契約を取れなくても良いんだな」
威圧的な口調に体が固くなった。
主任は『切る』と言ってるのに女子社員2人の顔が浮かんできて、顧客を取り上げられる恐怖が勝って私を言い返せなくした。
「まあいい」
担当は仲居さんに料理を全部持ってくるように言った。
仲居さんは1度警戒する顔で担当を見てから『承知しました』と下がっていった。
担当は机に料理が並び終わるまで腕を組んで私を睨み付けていた。
仲居さんが並び終えると不機嫌な顔で言った。
「商談の話があるから呼ぶまでこの部屋には近付かないように」
仲居さんが居なくなると担当の人は私の顔から下を見てニヤリと笑った。
「顔は泥臭いが体付きはまあまあだな」
相手の言っている意味が分からなかった。
一拍あけて頭が意味を理解した。
その時の衝撃は言葉にならない。
まるで舐め回すような視線に嫌悪感が沸き上がって、最後に見た薄汚れた広太と目の前の担当がだぶった。
ネクタイを右手で左右に緩めながら立ち上がると私に近付いてきて横から私を見下ろしてきた。
「何だ、お前もその気にのか」
担当の口許を歪めた笑い方にゾッとする。
本能が『逃げなきゃ』って教えるのに体は動かなかった。
それからは一瞬だった。
担当側の肩を掴まれ押し倒された。
思わず重い机の縁を掴もうとした手が宙を足掻いた。
どっちがぶつかったのか分からないけど机の上の物が倒れて派手に音を立てた。
「嫌ーー!!」
上からおおい被さってくる担当を押し退けようと腕を突っぱねて叫んだ。
自分でもびっくりするくらいの声が出て組敷かれないよう体を捻ろうとしたけど担当が重くて思うようにはいかなかった。
私は、冷静だった。
広太との過去が私に叫ばせたのかもしれないけど、頭の中の『2度とは繰り返さない』って決心が叫ばせたのかも。
担当が驚いた顔で私の口を塞ぎに来る。
私は顔を激しく振って手を避けながら大声を上げた。
「助けてーーー!」
「静かにしろっ!!」
暴れて拒みながら廊下を近付いてくる複数の足音を冷静に聞いている私がいて、襖が開いた時『終わった』って思った。




