会社
クリスマスまで残り1週間くらいの時、会社の帰りに賢也にばったり会った。
通り過ぎてから『あれ?』何か見覚えが…、って感じで振り返ると賢也だった。
賢也も同じで振り返っていた。
「…賢也?」
「みずきか?」
そんな確認にどちらからともなく笑っていた。
「コーヒー飲むか?」
「うん」
近くのコーヒーショップで互いの近況を話した。
どっちも普段から無口だから会話がブツブツ切れる。
逆にその喋り慣れない間が自分たちらしいと思えた。
「会社はどうだ?」
「最初の3日で躓いて、毎日辞めたいと思ってた」
賢也はブツブツの私の話を我慢して聞いてくれた。
「何処に勤めてるんだ?」
言い掛けて…言えなかった。
賢也があやみに話したら中嶋くんに知られてしまう。
迷っていたら賢也から言ってきた。
「言えないのはあやみと関係有りか?」
驚いて賢也を見返してしまった。
態度で肯定してしまったと気付いてももう遅い。
「文化祭のかなり後にあやみが連絡してきて、みずきと喧嘩した話をしていた」
「…今も連絡取り合ってるの?」
おずおずと知りたい事を聞いてみた。
「その後は来てない。俺が仲立ちを断ったから掛けにくいんだろう」
肩をすくめて言う賢也に、私との仲立ちなのか聞いたら頷かれた。
「みずきの同期とあやみが付き合い始めたのか?」
「付き合ってるんだと思う。気まずくなって一年近く連絡してないから今は分からないけど…」
言い辛くてつい横を向いてしまう。
視界の隅に賢也を盗み見てる顔が2人見えた。
「あやみとはこのままフェードアウトで良いさ」
賢也は自分はそうすると言った。
きっと顔に出てたんだと思う。
まさこに味方するあやみにうんざりしていたから仲立ちはきっぱり断った、と賢也が言った。
「まさこの味方なんだ…」
「高校時代はあやみに助けられていたからな、まさこの事が無かったらまだ付き合ってただろうな」
賢也が思い出を話すように言うから、私も頷いた。
「あやみにとって…私は手の掛かる子供なんだよ」
「それは俺も同じだ。みずきより頼ってたかもな」
賢也に頷きながら、気持ちを口にした。
「今はもう友達に戻れないけど…あやみには感謝してるの。あやみが居なかったら…高校で潰れてた…」
「それは俺もだ。強がってても独りは怖かった。みずきと同じだ」
お互い不器用だから顔を見合わせて苦笑いになった。
「たまに飲まないか。お前かなりストレス溜めてるんだろ。顔色悪いぞ」
賢也に言われたくない事を言われて顔が歪んだ。
「学生と社会人の壁にぶち当たってるんだろ。俺も今似たようなもんだからな」
賢也が大きなため息を付いて続けた。
「俺は将来音の世界に行きたい」
「歌手になるの?」
思った事がそのまま口から出た。
「まさか。俺は作る方」
そのためにバイトを始めたと言った。
「バイトから入って、大学卒業したら社員になる」
真っ直ぐ道を決めている賢也を凄いと思った。
じっと見ていた私に賢也が顔の前で手を振った。
「そんな良いもんじゃない。煮詰まると理不尽な八つ当たりが飛んできたりで何回も辞めようと思ったさ」
「…え?」
賢也の言った『理不尽な八つ当たり』がそのまま自分の事のように思えて、喉に言葉が詰まった。
「最近やっと『怒ってる方にも余裕がない』んだって思えるようになった。だからじゃないけど、みずきが一杯一杯なのは見て直ぐ分かったよ」
賢也が気まずそうに横を向いた。
「こんなに喋ったの初めてだ」
「…ありがとう」
賢也が自分のために言ってくれたんだと思ったら涙が出て来て、何度も何度もお礼を言った。
「愚痴聞けるからまたに飲もう」
「うん」
別れ際に、携帯を1度解約して新規にした話が出た。
理由は言わなかったけど分かる気がした。
私もそうだから。
番号からラインを申請して賢也と友達になった。
賢也と会った偶然が私を救ってくれた気がする。
追い詰められていた気持ちに出口が見えたような感じで、信じられないくらい軽くなった。
お正月休みの30日に会って晩御飯を食べた。
賢也は飲めるみたいだけど私は飲んだ事が無いのでお酒は遠慮した。
お財布に優しい店で夕飯にして、コーヒーショップに移動してまた話した。
互いに愚痴を言ったり聞いたりして時間はあっという間に過ぎた。
職種が違うから聞いてもアドバイスは出来ないけど、聞いて貰えるだけで気持ちは全然違った。
それは賢也も同じだったと思う。
途中賢也へ集まる視線を感じながらも、気付かない振りでお喋りを続けた。
「悪い。嫌な思いさせる」
賢也が声を落として言った。
賢也にもモテる自覚は有るみたい。
「全然、友達がモテるのは嬉しいよ」
素直に感想を言った。
「まさこも最初そう言ったんだ」
見てくる女性に挑むような目を向けて、賢也は大きくため息を付いた。
「聞きにくいけど、まさことは今どうなってるの?」
「完全に別れた。まさこから『性格悪くてこっちから振った』って言いふらされて友人何人も失った」
「そうなんだ…大学で会う?」
「選択が違うから3年になったら顔も見なくなった」
「良かったね」
本心だった。
賢也は不器用だからまさこに会うのが辛いだろう。
「外身じゃなくて中身の賢也を好きになってくれる人が早く現れると良いね」
「居る気がしない」
「賢也に彼女が出来たら私にも素敵な人が現れる気がする」
冗談の感じで言った。
話してみると健也は私と同じで寂しがり屋に思えたから。
「ならみずきが付き合いか?」
「無理、まさこがナイフ持って特攻してきそうだもの」
「思い出させるなよ」
健也は大袈裟に頭を抱えて見せたあと笑い出した。
賢也と次を約束しないで別れた。
煮詰まったら連絡が来る。
別れる頃にはそんな同士みたいな関係になってた。
年が明けた4日にゆうこちゃんが来てくれた。
1年着たスーツを入れ替えようと言われて焦った。
「そんなお金無いよ」
「型崩れしてるのは捨てなきゃ駄目だよ」
ゆうこちゃんはクローゼットを開けて1着1着見て、スーツを3着と普段着を2着袋に入れた。
「捨てたのは今月中に補充するよ」
「え?捨てちゃうの?まだ着られるよ」
「駄目。心配しないで原価で作るから」
ゆうこちゃんは独り決めして近況に話を変えた。
「そっか企画かぁ。みずきの1番苦手な分野だね」
「うん…、奇抜な発想とかインスピレーションとか言われても私じゃ何も浮かばないし…」
賢也にも言った愚痴がまた口から出た。
「まだ1年目だよ。仕事には慣れたの?お茶出しで慌てなくなった?」
「まだ、お客様から急に知らない事を聞かれると頭真っ白になってテンパる」
脱力して言ったらゆうこちゃん笑われた。
「私よりゆうこちゃんは?」
「今は雑用係だよ。覚える事一杯だしめちゃくちゃ忙しいし1日が50時間くらい欲しいよ」
「充実してるんだね。羨ましいな…」
下を向いて言ったらゆうこちゃんが肩を押してきた。
「私を羨む前に自分の知識を増やしなよ。知らない事を聞かれるって恥ずかしくないの?」
「…え?」
「それって勉強してれば答えられたんじゃないの?」
ゆうこちゃんの言葉がグサグサと刺さる。
「お茶汲みだからって手を抜いてるみたいだけど、自分が貰うお給料の分会社に貢献してから言いなよ」
何も言い返せなかった。
「給料泥棒になったら駄目だよ」
ゆうこちゃんの言葉に下を向いた。
「…ごめん、言い過ぎた」
ゆうこちゃんが困った顔で謝ってくる。
悪いのは私なのに涙を堪えるだけで精一杯で、小さく左右に顔を振るしか出来なかった。
「資格取りなよ、社内の資格も有るんじゃないの?資格って自信に繋がるからさ」
意味が分からないで見返したら、私が知らなかった事にゆうこちゃんの方が驚いていた。
「会社でさ昇給するための資格があるはずだよ」
「昇給?」
おうむ返しに聞き返した。
「その資格があると基本給が上がるとか役職が付くとかするの。みずきの会社大きいから絶対あるよ」
調べてみると強引に約束させられて、中断していた資格の勉強もだよ、と言われてしまった。
「資格は取っておいて邪魔にならないから取りなよ」
「…うん」