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迷走  作者: まほろば
19才4月
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16/29

社会人の壁



緊張から始まった社会人生活は毎日が『辞めたい』、『会社に行きたくない』で埋まった3ヶ月だった。

新入社員は32人。

院が3人、大学が20人、短大が6人、残り3人は高専と転職者だと聞いた。

中で女性は6人。

4人は大卒、短大ら2人だった。

男子の短大?と不思議に思っていたら、大学の資格も取れる専門学校だと後から知った。

初めの半月はただただ挨拶させられた。

「声が小さい!それが90度か!」

「気持ちがこもってない!」

初めの3日で『辞めたい』と思った。

後になったらそんな人ばかりじゃない、って思えるようになったけど、その時は中嶋くんの集団に囲まれて見下されてる、としか感じられなかった。

自信家の集団の中で自分だけが場違いで浮いて映る。

それに社員の陰湿な対応が加わって最悪だった。

次の1ヶ月は書類の作成だった。

パソコンが苦手な私には地獄だった。

ねちねちと重箱の隅をつつくって前に本で読んだけど、現実世界でそれを体感した気持ちだった。

それなりに図太くなったつもりでいたのがあっさり潰された。

次の半月は契約書の作成でその次の半月は顧客を想定しての接客だった。

研修の担当の皮肉な教え方に1ヶ月で2人辞めた。

2か月目に3人。

そうなってやっと会社側が動いて新人研修を受け持つ社員が変わった。

新人研修で5人も辞めたのは初めてだそうで、多少の行き過ぎはあったろうがそれくらいで辞めるのは社会人の自覚が足りない、とか人事の課長が言ったらまた2人辞めた。

辞めた人のうちの半分はもっと待遇の良い会社に転職していて、残っている中にも転職を視野に入れている人が2人も居た。

それを私が知っているのは入社式の後の集まりで新人研修参加者でグループラインを造ったからだ。



「就活の時に数社から内定を貰ってるから、この会社に固執する気持ちはない」

辞めたうちの1人がグループラインに自分のその後として書いたから分かった事だけど正直驚いた。

他のメンバーも誘発されて本音を書き出した。

「自分を正しく評価してくれない会社には居る必要を認めない」

そんな強気な発言が出来るのは実力があるからだ。

私は研修に付いていくのがやっとでそんな余裕はまるで無く、辞めたら食べていけない現実が『辞表』を書いても出させなかった。

バイト先に再就職も考えたけど、それにはまた引っ越さなければならなくて。

手取り13万の給料ではそんなお金は出せないから苦しくても今を維持するしか道は無かった。

新しい環境と人間関係に揉みくちゃにされて、毎日の課題をこなすのが精一杯で追い込まれてた。

それに輪を掛けて、自分だけ付いていけない焦りが自分で自分を追い込んでもいたと思う。

同期の中に友達が出来てたら違ったかもしれない。

軽く朝や帰りの挨拶は出来ても友達になれる人は居なくて、私だけが孤独だった。

寂しい。

そんな弱音を吐ける人もその頃の私には居なくて、卑屈で病んでた。

その時は気付かなかったけど後になってそう思う。



ゆうこちゃんからのパワフルなラインに泣き言は書けなくて、ともちゃんの泣き言一色のラインにも弱音は書けなかった。

ともちゃんに1回だけ『私も辛い』って書いたら連打で『辛い』『辛い』『辛い』って画面の上から下まで埋まってもまだ足りないくらい来た。

早朝から原稿受け取りに行かされたとか、仕事が終わらなくて終電乗り損ねたとか、ともちゃんのラインは気が滅入って段々開かなくなった。

接客の後は半月マナーだった。

ドアの開け閉め、廊下ですれ違う時の黙礼とかも細かくチェックされた。

女子だけお茶くみとお茶出しをしつこいくらいやらされた。

「どの角度でお茶を出すのが綺麗に見えるのか研究しろ」

にやにやしながら言われて、1人が『男子は出さないんですか』って怒って聞いたら呆れた顔で笑われて言い返された。

「男が運んできて何が楽しいよ。昔はなスカートの中が見えるよう屈んで茶を出したもんだ。今はセクハラとか言って給料だけぼったくっていきやがる」

彼女は怒って研修担当のチーフに苦情を言ったけど取り合って貰えず逆に『完璧にお茶を出せれば言われなくなる』とダメ出しされていた。

彼女への会社の対応を見て、新人社員は嫌でも変わった。

グループラインに『給料分は働く』『夏は少ないから冬のボーナス入ったら転職する』そんな書き込みが一気にあった。

熱が冷めた。

同期をそうとしか表現できない。

その中に私もいた。



研修は6ヶ月と聞いていたのに、半分の3ヶ月でバラバラな部所に分けられた。

私は総務で私を含めて3人が回された。

半月毎に総務、営業、企画、秘書と受付、海外事業部を回されるらしい。

最終は1番適した場所に配属されるそうだ。

7月に入って直ぐボーナスの代わりの『寸志』7万円が給料とは別に支給された。

その少し後、ともちゃんから会社を辞めたとラインが来た。

『みずきは元気?』

返事に迷った。

本当の事を書けば今すぐでも辞めたくなるのが分かってたから。

元気とは書けないから自分なりに書いた。

『生活に追われてる。仕事終わって帰って寝て起きてまた仕事に行く。毎日その繰り返し』

ともちゃんから直ぐに返事が来た。

『辛くないの?辞めないの?』

言葉に迷う。

でも書こうと思った。

『入社3日目から辞めたいと思った。辞めたら食べていけない』

『ご両親は?』

『頼らない』

「頼れるなら初めからSOS出してるよ…」

スマホに向かって独り言を呟いた。

ともちゃんからのラインはそこで途切れた。



総務はパソコンに苦しみ、営業は体育会系のスパルタに四苦八苦して、企画では頭が固いと笑われた。

秘書と受付では女性社会の洗礼を浴びた。

同時に配属された男性は丁重に教えられ女性不信になりそうだとグループラインに書いていた。

海外事業部は最もハードで最低英会話が出来ないと勤まらない部所だった。

私が必死に覚えた英会話は名前だけのお飾りだと思い知らされる。

早口の喋りに飲まれて単語すら理解できない。

何度怒鳴られたか数えきれなかった。

頭の中が飽和状態で言われた事をこなすだけで精一杯な日が際限なく続いた。

後から思い出してもこの3ヶ月の記憶は斑に消えてる。

帰りにスーパーに寄った記憶も料理を作った記憶も数えるほどしか無くて、洗濯してアイロン掛けた記憶はもっと少なかった。

よろよろだけど乗り切った自分を誉めてあげたい。

最後の半月は徹底的にマナーを、直された。

5ヶ月半のこれでもかって詰め込まれる研修がマナーの基本を忘れさてた。

社内での挨拶から始まり来客の案内にお茶の出し方まで全て直される。

これからも3ヶ月に1度はお復習(さらい)があるそうだ。



研修が終わって、新入社員で残ってるのは20人。

驚きの数字だった。

会社でも予測外だと慌てたらしくうちを辞めて他社で働く同期を引き抜こうとしてばっさり断られ、そこでやっと研修担当の社員の愚行が表に出た。

社員は切り捨ててももう情報は流れてる。

会社の対応は後手後手に回って逆に新人と社員数人を引き抜かれた。

そのごたごたの中で各々配属される部署が決まった。

本社に残るのは8人で、8人は支店への辞令が降りた。

私が配属されはのは本社の企画部。

研修の時に言われた『頭が固い』がずっと記憶から消えなくて、自分のくじ運の無さにがっくりした。

お茶くみにコピー、書類の整理と腰掛けと呼ばれる仕事が私の担当になった。

きっとそのために私を本社に残したのかも。

朝の机ふきから始まってお茶出し、その後は言われた仕事をこなす毎日。

単調だけど研修の時と比べたら信じられないくらい楽だった。

気が付けば12月になっていて初めてのボーナスの明細を渡された。

給料2ヶ月分。

それまで張り詰めていた気持ちが急に緩んだ。

お金に余裕があるってこんなに気持ちを楽にしてくれるんだ、と痛感した。

明細を見ていたら、お金を稼ぐ大変さが身に染みてきて自分が不幸に思えて仕方無かった。

両親が離婚さえしなければ…たらればが浮かぶ。

気持ちの切り替えが出来ないうちに街はクリスマス1色に変わっていった。





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