準備2
迎えた卒業式は静かだった。
来ない人が半分くらい居て、人の少ない会場を見ていたら就活で知り合った友人が研修だと教えてくれた。
「詳しく言うと、研修は来てない半分くらいで残りの半分は専門に進む人って感じだよ」
教えられて納得してしまう。
式の終わりの卒業コンパは更に参加者が少なかった。
「…強制じゃなかったんじゃん」
つい文句が口から出た。
幹事から全員参加だから、って言われて律儀に来た自分に突っ込みを入れる。
こんな性格は社会に出ても治らない気がした。
さっきの友人も来ていて、2人で立食になってるテーブルを回った。
「化粧してるよね」
「うん、入社式までに慣れろって言われて、休みの日でも毎日してるよ」
肩を落として言った。
一式揃える出費は痛かった。
これからはずっとこの出費が続くのかと思ったら、すっぴんのバイト先に就職しても良かった気がした。
最初は掛かるけど、それからは無くなったら買い足す形だからって言われて、何か『うーん』だった。
それに、最初息苦しくて、化粧が苦手だった。
皮膚呼吸出来ないイメージが、息苦しさを感じさせたんだと思う。
「めちゃ綺麗に見えるよ。後で教えてよ」
友人はスマホを出して『赤外線出来る?』って聞いてきた。
初めての操作で彼女に聞きながら連絡先を交換した。
「最新機種だね」
巴さんがスマホを覗き込んでくる。
ちゃんと笑えてるか不安だったけど頷いた。
「みんな『とも』とか『ともちゃん』て呼ぶの、好きな方で呼んで、私も『みずき』って呼ぶね」
「なら…『ともちゃん』で、社会人になるのを機に自分のスマホを持とうと思って」
ゆうこちゃんと考えてた言葉を伝えた。
「うん、私もそうしたよ。ナンバーポータビリティで番号変えなかったからこれから自分で払うって実感ないけどね」
笑うともちゃんに頷き返した。
スマホを買うまで大変だった。
身分証明に保険証を出したけど住んでる住所と保険証の記載の住所が違うから他にも色々取りに部屋と往復した。
「保険証も何時まで使えるか危ないからね、お母さんに聞くの嫌なら会社に聞きなよ。切り替えの仕方とか知らないと今みたいに慌てるよ」
ショックの抜けない頭で会社に掛けて連絡先の変更と保険証の説明を受けた記憶が甦った。
「教えて貰うの何時が良い?家に来てくれたら嬉しいけど」
「え、あ、そうだよね、なら寄せて貰おうかな」
背中を冷や汗が流れる。
ともちゃんに聞かれるまで気付かなかったから。
自分が化粧の講習会で教わったから当然そこでともちゃんにも教えるつもりだった。
だから言われてはっとした。
教室を使わせて貰えるかから考えて無かったから。
こんな所を直さなきゃ。
気付かれないようにため息をついてしまった。
ともちゃんと料理を取り分けながら聞いてみた。
「研修って会社会社で違うの?」
「違うよ。うちの所は先月あったよ。会社が契約してる合宿所で3週間缶詰」
「え?合宿なの?」
思わず大きな声が出た。
「最近は合宿研修が増えたとか聞いてるよ」
「そうなんだ」
不安が声に出てたんだと思う。
ともちゃんに『ドンマイ』と背中を叩かれた。
「研修これから?」
「うん、入社式が終わってからって聞いてる」
「そうなんだ」
「うん」
「その研修で化粧の仕方も教わるよ」
「え?パンフレット送られてきて『この化粧講習に10回通え』だったよ」
「そうなの?だから綺麗なのか。うちなんておばさんが4人だったよ。それも午後から3時間がたった2日」
眉の書き方も教えてくれなくて『家で母親に習った』とともちゃんが言った。
「羨ましぃなぁ」
ともちゃんは私の顔を見て本心から言っているように聞こえた。
「女子社員は社内研修が大半だからな」
後ろから聞きたくない声が聞こえてきて、条件反射で思わず振り返ってしまった。
無意識にため息が出た。
中嶋くんはそんな私じゃなくてともちゃんを見ていた。
「失礼ね。私はきちんと研修受けてきたわよ」
「それはお前の就職先が大手だからだろ」
中嶋くんの言い方に苛付きが生まれる。
私の受かった会社が2流だと言われてる気がして、自分でも卑屈だと思うけど気持ちがモヤモヤした。
「で?みずきはどこに受かったんだ?」
ともちゃんも中嶋くんの言い方で気が付いたのか、一瞬だけ表情を変えた。
中嶋くんには教えたくない、って気持ちが強くて、答えないで話題を変えた。
「どうしてここに?卒業じゃないでしょ」
「知り合いが卒業するから祝いを言いに来たんだよ」
中嶋くんは何も感じてないのか平気で言った。
「みずきも卒業だろ。おめでとう」
「ありがとうございます」
ともちゃんに目配せして、中嶋くんに軽く会釈して別へ行こうとしたら呼び止められた。
「化粧上手くなったな。さっき見付けた時は別人かと思ったよ」
中嶋くんが眩しそうに目を細めて見てきた。
中嶋くんは気付いてないけど、ともちゃんが冷たく横から見てた。
「化粧品屋さんが丁寧に教えてくれたから」
受け流したつもりだけど、これ以上何か言われたら言い返してしまいそうだった。
「中嶋」
そのタイミングで中嶋くんが友達に呼ばれてそっちへ行ったから、ともちゃんと2人『はぁ』と息を吐いた。
「何あれ、随分女子を馬鹿にしてるよね。中嶋くんてあんなキャラだったんだ」
「違うよ、私にだけだよ」
中嶋くんを庇うつもりはないけど、本当の事だから小声でともちゃんに言った。
「え?」
ともちゃんが『意味が分からない』と私を見てきた。
「中嶋くんから見て、私はできの悪い妹みたいな、後輩みたいな者なんだと思う」
「何それ、だからって見下して良いわけないから」
「外から見ても見下されてるって見える?」
ずっと思っていた事を勇気を出して聞いた。
「見えるよ。さっきまでは彼氏にしたいランキング上位だったけど、今は最下位に近いわ」
「大学生活に慣れなくて、友達も出来なくて、いつも中嶋くんに庇われてばかり、いつの間にか中嶋くんの中の私は手の掛かる子供になってたんだと思う」
中嶋くんがそう思うようになったのは、あやみの私への接し方も影響してると思う。
今から訂正、否定しても、固まってしまったイメージはきっと変えられない。
「中嶋くんの中では、これから先も私は見下される存在から変わらないと思う」
「卒業したら同じ会社にならない限り接点無くなるから、ほっときなよ」
「うん、そのつもり」
後味の悪い卒業式を終えて、入社式の前にともちゃんのお宅を訪ねた。
ともちゃんは綺麗に片付いてる一戸建てに両親と兄弟で住んでいて、普通の家族の姿に羨ましさが込み上げてくる。
『妬み』の心を隠してともちゃんに化粧の基礎を教えた。
ともちゃんのお母さんも横で見ていて緊張から動きがぎくしゃくして教え方が少し変だったかも。
「足りない化粧品がいっぱいあるのね」
ともちゃんのがっかりする姿に化粧品選びを手伝う事にした。
ともちゃんのお母さんが車を出してくれたのでアドバイザーのいる店を選んだけど予算より高目の品を進めてくるのでお店を変えて、3人でかしましく選んでいたら今度は教える時間が無くなってしまった。
「早く決めないからよ」
「お母さんだって見てたじゃないの」
「私は運転手だもの」
ともちゃんとお母さんの何気無い会話が羨ましかった。
母親とこんな会話をした事があっただろうか…。
夜になってしまったけどともちゃんのお母さんも混ぜてお化粧の練習をした。
お母さんにも見せたのはともちゃんが迷ったらお母さんが教えるだろうと考えたから。
「みずきさんはどちらに決まったの?」
ともちゃんのお母さんに聞かれて正直に教えた。
「中嶋くんに堂々と言えば良かったのに」
ともちゃんが膨れて言った。
「言ったら『みずきを雇うくらいじゃ』とか言われそうだから最初から中嶋くんには言わないって決めてたんだ」
「その気持ち、凄く分かる。あの空気じゃ私も言わない。でも…中嶋くんも大手狙うんだよね、大手同士でニアミスしそうだね」
「ニアミス?」
聞き返してからその可能性もあるんだと今更気が付いた。
私の方が2年早くても、女子で短大卒と4年の大卒じゃ…ずん、と気が重くなった。




