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迷走  作者: まほろば
18才4月
11/29

未来に向けて2



気まずい空気であやみと中嶋くんと別れて、私はゆうこちゃんに楽屋に連れて行かれた。

楽屋にはもう人が居なくて、ゆうこちゃんのスペースまで手を引かれるまま後ろを付いて行った。

「就活前から着慣れてないとスーツはみっともないからさ、1着作ってみたんだ」

ゆうこちゃんは紺のスーツを渡してきた。

「細くなった?サイズ変わったんだね。ダイエット?違うね、採寸し直さなきゃ。両手上げて」

ゆうこちゃんの言うまま動いた。

「この前会ったのは去年のショーの時だよね。あれから何があったの?」

「何も無いよ」

1つ言ったら全部言っちゃいそうで、懸命に堪えてぐって唇を噛んだ。

「みずき。言いなさい」

それなのに、ゆうこちゃんに怒った顔で脅されて、採寸されながらぽつぽつと話した。

ゆうこちゃんはいつも優しいけど怒ると怖い。

自分の震える声がみっともなくて、怒ってるゆうこちゃんの顔が見れなかった。

「ふーん。『してあげた』ね、みずきが気にしてなかったから言わなかったけど、それ高校の時もだから」

「…うん、今は分かってる」

ゆうこちゃんの言葉に項垂れる。

堪えても涙が溢れた。

言うのがゆうこちゃんだから、なお痛かった。

「で?広太が何だって?」

ゆうこちゃんの目が怖い。

必死に誤魔化したのに、最後には全部言わされて、年明けに来たことまで言うしかなかった。

「ごめん。私が同窓会で下手に喋ったから」

みるみるゆうこちゃんの顔が変わって何度も頭を下げられて、『違う』と必死に言った。

「今なら分かるんだ。あの時の私が弱過ぎた」

顔を上げたゆうこちゃんに頷いた。

「脅されても開けなきゃ済んだんだよ。あの時はまだ母親が大切で、これがバレたら母親に捨てられる、とか本気で思ってたから。母親が居なければ生きていけないとか、思い込んでた」

ここまで話した開き直りと、ゆうこちゃんだけには、の気持ちが私に見も知らぬ弟の話をさせた。



「父親が違う弟か…、こっちから捨てちゃいなよ」

ゆうこちゃんはあっさり言った。

「私に言えるって事はもう消化できてるんだからさ」

「出来てるのかな…」

「出来てなきゃみずきは言えないでしょ」

「…うん」

ゆうこちゃんが改まった感じで見てきた。

「この前の時さ、みずきは中嶋くんが好きなのかな?とか思ってたんだよ」

「うん、あの時までは憧れてた。何でも頼れるお兄さんみたいで、困ったら助けてくれるって」

ゆうこちゃんに呆れられそうだけど、みゆきの話に泣いた時の話をした。

「そっか、その時隠してくれたのか」

ゆうこちゃんはうんうんと聞いてくれた。

「自立する道を探さなきゃね」

「うん」

「資格は?何か無いと不利だよ」

取れた資格と今から取ろうとしてる資格の話をゆうこちゃんにしたら、肩をポンポン叩かれた。

「みずきがねぇ、成長したね。何か凄く嬉しいよ」

ゆうこちゃんの話を聞いていて、中嶋くんの話を思い出していた。

中嶋くんは受けるなら商社と言っていた。

私も自分の力試しに商社以外の大手を受けてみたい。

落ちるの前提で受けるなんて、今までの私じゃな考える事もしなかった。

ゆうこちゃんと話していたら、やる気って言うか『チャレンジ』って言葉が自然に浮かんできた。

「受からなくても、大手も1つ受けてみようかな」

バイト先からもし就活に失敗したら社員で雇うって言われてるから、冒険してみたい気持ちもあった。

「1つじゃなくてさ、スーツの数だけ受けてみなよ。『日経TEST』も受かったんでしょ?」

「1つじゃ受かったって言えるのかな?」

「いくつもあるの?」

「うん」

「そうか『MOS』と同じ感じ?」

「うん、『TOEIC』と違って年に何回も試験を受けられるところは『日経TEST』と同じかな。ゆうこちゃん『MOS』受けたの?」

「受けたよ。この先使える物だけだけどね。みずきの話に出た『日経TEST』私も調べて受けてみようかな」

「うん」

「みずきのも資格として書けるんだよね?」

「うん、卒業まで他のも受けられるだけ受けるつもりだよ。あのさ、数だけって何着作るつもりなの?」

「5着かな。夏休みが終わったら卒業製作に掛かりきりになるからさ、その前にさくさく作るよ」

就活のスーツと普段着る服を作って貰う約束をして、ゆうこちゃんと別れた。



やっぱり夏休みもバイトに明け暮れた。

ただ、スーツに慣れるために出掛ける時はスーツを着るように意識した。

バイト先にまでスーツで行って笑われたけど、慣れるのが目的だから続けた。

「9月から就活を始めるのでバイトは辞めます」

最悪1ヶ月の給料を貰えない覚悟で言った。

脅されるの覚悟だったのに、逆に誉められた。

「良く辞めずに来たな。偉かったぞ」

「次の日には来なくなる。ってみんな思ってたのに頑張ったよな」

背中をドンドン叩かれて、怖くて『辞める』と言えなかった、とは言えなかった。

夏休みの終わりに、ゆうこちゃんから服を貰った。

代金が凄く安くて、ゆうこちゃんが材料費だけで作ってくれたのが言われなくても分かった。

「ありがとう」

「服を誉められたらちゃんと私に教えてね」

「うん」

「着ていて不便なところがあったらそれもね。みずきの事だから言いにくいからって黙るだろうけど、言ってくれなきゃ直せないし次に繋げられないから」

あ…。

思わず口に手を当てた。

そうなんだ。

「クレームのあったところはどうすれば着やすくなるか考えるじゃない。クレームは大切なんだよ」

ゆうこちゃんに言われて気が付いた。

社会人になったら、そんな考えも持たなきゃいけないんだ、って改めて感じた。

「後ね、面接の講習もあるから受けなよ」

「面接の?高校で受けた疑似面接みたいな感じ?」

「もっと本格的だと思うよ。私も受けたよ」

「どうだった?」

「ためになる」

「ゆうこちゃんが教えてよ」

「駄目だよ。1人1人チェックして教えるから私のは参考にならないよ。それに他に教えない約束だし」

ゆうこちゃんから紹介されて急いで受けた。

疑似面接の前に動作から直された。

歩き方から注意されて、座り方立ち方まで細かくチェックしながら直された。

面接も、いくつかのパターンで教えられる。

終わった時に、他には教えないよう言われた。

「人各々アピールする点が違います。あなたに教えたものはあなたの面接だけに効果があるからですよ」

言われて納得してしまった。

「もし、不安になったら、面接の前日に来て下さい」

先生が最終チェックをしてくれると言った。



成果を見たい。

ゆうこちゃんに誘われて、夏休みの最後の日に駅前のコーヒーショップで待ち合わせた。

ゆうこちゃんに作って貰った服を着て玄関を出たら、目の前に広太がいた。

驚きで息が詰まった。

思わず玄関に鍵を掛けて、掛けた鍵を服のポケットに押し込んでいた。

後から何回考えても不思議だけど、何故か鍵を掛けなきゃ、ってあの時は無意識に思っていた。

きっとそれが良かったのかな。

「みずき」

広太の顔に安堵が見えてた。

洗濯してないのか着てる服も汚れていた。

「外で話そう」

「部屋の中で話そうぜ」

広太の態度が横柄になった。

「嫌だよ」

「ここで暴れても良いんだな」

弱い者は威圧して言いなりにさせる。

思い出せば、広太は昔からそうだった。

広太は変わってないんだ…って思ったら、それまで広太に持っていた怯えとか恐怖は消えないけど、自分でも抵抗できるって気持ちに変わっていた。

「良いよ。また警察呼ばれたきゃね」

「何を」

広太が怒った顔で左の手首を掴んできた。

「離して。離さないなら悲鳴あげるよ」

「鍵を寄越せっ」

「嫌っ」

その場で力任せに壁に押し付けられる。

「人を呼ぶからっ」

「呼べるものなら呼んでみろ」

叫ぼうとしたら隣のドアが開いた。

広太が怯んだ隙に手を取り返して階段に走った。

通りに出たら広太も強引な態度は取れない。

そのまま待ち合わせまで走った。

普段走らないから途中で心臓が破裂しそうだったけど止まらなかった。

駆け込んだ店にゆうこちゃんはまだ来てなかった。

後ろを見たら広太も店に入ってきた。

ゆうこちゃんが来るまで時間を稼がなきゃ。

咄嗟に思った。

自分の分のアイスコーヒーだけ頼んで席に着く。

広太は水を持って前に座った。




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