未来に向けて
4月になって、学年が上がったら自然に中嶋くんと重なる講義も減った。
たまに目が合う。
互いに会釈して、会話無く終わる。
そんな間柄に落ち着いていた。
不思議と2年になって話し掛けられるようになった。
受ける講義の選択が増えて一緒になる顔ぶれも変わったからだと思う。
勇気を出して、自分から朝の挨拶をした。
「お、おはよう」
「おはよ」
胃が痛くなるほど緊張して声を掛けたのにあっさり返されてしまって、拍子抜けって言うか…今まで何で出来ないと思い込んでいたのか、そう思ったら体から力が抜けてしまって、脱力してしまった。
少しずつ緊張しないで挨拶も出来るようになって、自分から話し掛けられるようになると世界が広くなった感じがして嬉しかった。
そんな5月の連休に母親から連絡があった。
何時振りか思い出せないくらい母親の存在は遠くて、何を言われても驚かない自信があった。
「元気にしてた?」
「うん」
親子なのに会話もぎこちなくて、懐かしさも無い。
「卒業後の進路は決めてるの?」
「就職するつもり。秋から就活始めるよ」
「そう」
母親がホッとしたのが電話を通して伝わってくる。
「もう1年だけ養ってね」
抵抗無くするりと言えた。
「分かってるわ。就職したらなんだけど…」
母親の言いにくそうな感じから先に言った。
「卒業したらここも出るよ。もしかしたら新しい部屋を借りる時保証人頼むかもだけど、無理なら言って」
「無理ならどうするの?」
母親の明らかにホットしてる声が心に痛い。
それを隠して明るく言った。
「保証人何とか、ってあるんだって。お金払うと保証人を引き受けて貰えるの」
今年卒業するバイト仲間から聞いて、もしこの部屋を出されて保証人も断られたら頼もうと思っていた。
「そのお金は出すわ」
「ありがとう」
諦めを隠してお礼を言った。
「卒業の時にまとめた額を渡すから、それから先は1人で出来るわよね」
「うん、出来るよ」
私が物分かりの良い子供を演じてるからなのか、母親から驚く話が出た。
「実はね、来年の春から長男を私立の幼稚園に入れたいの。かなり掛かるからあなたまでは…」
後を濁す母親に憎しみすら覚える。
「産まれたの知らなかった」
「話してなかった?」
この電話も1年半ぶりだとは言えなかった。
前回は大学進学と学費の相談だった。
思い出したら、この部屋に移ってからこれが2回目の電話だった。
「お母さん、今は幸せ?」
「幸せよ」
「…良かった」
泣きたいのを堪えて言った。
次に母親の声を聞く時が親子としての最後の会話だと思うと、電話を切った後泣き寝入りするまで泣いた。
私は孤独だ。
言葉にしたら立ち直れそうもなくて、温かい他人の手が欲しかった。
誰でも良い、側に居てくれるなら広太でも長谷川くんでも構わない、そんなところまで追い込まれていた。
自分勝手で都合の良い話だと思いながらも、襲ってくる寂しさと寒さは誤魔化せなかった。
母は弟が可愛いんだ。
そう思うと見た事も無い弟が憎かった。
胸の中の消えない憎しみをもて余しても捨てられる場所もなくて、逃げるように田舎へ戻った。
8年ぶりに見る祖父母に涙が出た。
連絡もしないで訪ねたのに温かく迎え入れてくれて、たくさんご馳走を作ってくれた。
母方の親戚や近所の親戚も集まってくれて久し振りにいとことも話した。
母方の祖父母が亡くなったのをその時知った。
葬式には母1人来たそうだ。
父は今も同じ会社に勤めていて、独り身だと教えられた。
「たまには訪ねてやれ」
祖父から父の連絡先を手渡されても、もう顔も思い出せない父を訪ねる気持ちにはなれなかった。
「一晩ゆっくりして行くといい」
祖父の言葉に甘えて遅くまでみんなで話した。
何年も話さなかったのに自然に口から同じ訛りが出ていて、それが泣きたいほど嬉しかった。
叶うならここで暮らしたいとまで思ってしまうほどに。
あれはそんな私への天の助けだったかもしれない。
7月に ファッションショーをするとゆうこちゃんから知らせがきて、おいでと誘われた。
あやみも中嶋くんも呼んだと聞いて、一瞬止めようと思ったけど、ゆうこちゃんに会いたいのが勝った。
あやみと中嶋くんは待ち合わせて先に来ていた。
遅れて1人で来た私を見て、ゆうこちゃんはチラッて2人を見てから勢い良く抱き着いてきた。
「元気してたぁ」
「うん」
ゆうこちゃんのパワーに負けて転びそうになる。
何とか持ち堪えて体制を立て直した。
「今日はお招きありがとう」
あやみがゆうこちゃんに言った。
「来てくれてありがとー」
ゆうこちゃんは私の手をぎゅって握って離さない。
「楽しんで行ってね」
2人をそこに残して、私はゆうこちゃんに引っ張られて楽屋の前に来させられた。
「あの2人付き合ってるの?」
「中嶋くんには彼女がいたはずだけど…分からない」
ゆうこちゃんの質問にあやふやに答えた。
「みずきの同級生でしょ?」
「最近は一緒に居ないから…」
去年からの事を説明するのは難しくて、この場は誤魔化そうって思っていた。
「中嶋くん?」
「うん」
ゆうこちゃんに何故聞き返されたのか分からなくて、疑問符を浮かべながら答えた。
「ふーん。今日は終わった後の片付け無いから、がっつり聞くわ」
「無いの?」
「明日も有るから、今日はショーが終わったらこのまま帰れるの」
「明日もとか言ってなかったよね?」
「明日は業界の人だけ、目立ってスカウトされたらデザイナーへの早道なんだよ」
「なるほど」
納得してたら後ろにあやみと中嶋くんがいた。
ゆうこちゃんには2人が来るの見えたと思うけど、背中を向けてた私はビックリだった。
ゆうこちゃんのショーは綺麗だった。
ゆうこちゃんらしくシンプルでスッキリした服で小物で服の良さを魅せていて、私も着てみたい、とか無謀にも思ってしまっていた。
「どうだった?」
ショーが終わって、走ってきたゆうこちゃんの第一声がそれで思わず笑ってしまった。
少し離れた場所で見ていた2人もゆうこちゃんの後からこっちへ来た。
「素敵だったわ」
あやみがうっとりして感想を言った。
あやみの横に中嶋くんが立って、彼も頷いていた。
「ありがとう。ちょっとお茶しようか」
ゆうこちゃんに誘われてお茶にした。
ゆうこちゃんは丸いテーブルを囲む席を選んだ。
私の右にゆうこちゃん、左にあやみ、自然前に中嶋くんが座った。
「綺麗だったわ。就職があるから頑張ったのね」
「そうだよ。最初に目立たなきゃただ4年制を出たからって業界に入ってきた子に負けるからね」
ゆうこちゃんは意味あり気にあやみと中嶋くんを見てにっこり笑った。
ゆうこちゃんの言い方に棘がある気がして、あやみと中嶋くんを見てしまった。
そう言えば2人は4年制だった、と思い出した。
賢也とまさこも4年制で、佑は弁護士になるって院まで進む道を選んでいた。
そこで、短大を選んだのは私とゆうこちゃんの2人だと今さら気が付いた。
改めて見ると、あやみと中嶋くんが複雑な顔してた。
「中嶋くんは将来何になりたいの?あやみは?」
ゆうこちゃんは『中嶋』を強調して2人に聞いた。
「俺は普通に会社員かな」
「…私も」
「どの業界狙い?」
返事を濁す2人にゆうこちゃんが追い討ちを掛ける。
「俺は商社かな」
「中君なら受かりそう」
中嶋くんの返事にあやみが嬉しそうに返した。
「中嶋くんは商社か、あやみは?」
「私は…無難に事務かな」
「中嶋くんと同じとこ受ければ?」
「受かるならそうしたいけど」
あやみがチラッと中嶋くんを見た。
「2人って付き合ってるの?」
ゆうこちゃんがズバッと聞いた。
「付き合ってないよ、中君彼女いるし…」
あやみの声が沈んだ。
「えー、中嶋くん彼女いるの?ごめん、雰囲気からてっきり付き合ってるって思ったから聞いちゃった」
ゆうこちゃんが焦った感じで謝った。
「ゆうこちゃん、急に中嶋くんって?」
あやみが動揺した顔で聞いてきた。
「みずきが『中嶋くん』て呼んでるのに、紹介された側の私があだ名?の『中君』で呼ぶのは変でしょ」
ゆうこちゃんに睨みながら言われて、あやみと中嶋くんは気まずそうに顔を見合わせていた。




