代理する手
あくる日、僕はまた教会に招かれた。
「ロイ。君は選ばれたのだ。我が教会の誇りだ」
教主様はそう言って、何度も僕の頭を撫でた。
「いや。洗礼を受けた男にこの態度は無礼だな。いかんいかん」
嬉しそうに笑いながら、僕の頭を撫でた右手を、左手でぺしぺしと叩いた。
「ライネルの息子ロイ。君に神学を伝授しよう。神を学ぶのではない。神の振る舞いを学ぶのだ。その代理人として」
シスターたちが僕の服の上に、キラキラした金の織物を羽織らせた。
「神の代理人とはいえ、肉体を授かってから12星がひと回りしただけだ。ロイ。いくつもの悪意が君を襲うだろう」
教主様は目を瞑って首を振った。
「神の振る舞いを学ぶとともにね、ロイ。人間の振る舞いを学んでくるといい。このロンド・グラット教会の代表として」
手を引かれ教会の外に出ると、3頭の白馬に引かれた馬車が教会の前に停まっていた。
傍らに父さんと母さんが立っていた。
「ロイ。たくさんのことを学んでくるんだぞ」
父さんはそう言って、重たい皮の鞄を僕に手渡した。
「おお、ライネル。素晴らしい。マチュの実でなめされた一枚革の黒牛の鞄。そうだ。これは神の代理人に相応しい。よくぞ用意した」
「ありがとうございます、教主様」
父さんと母さんはそう言って、礼拝のときのように地面に跪いた。慌てて僕もならおうとしたが、教主様に手で制された。
「よい、よい。ロイ。地上の両親には神の加護があることだろう」
教主様はそう言って、跪いた父さんたちに聖香を振りまいた。
「今日から毎日、街の教会学校に通うのだ。ロンド・グラット教会の名でね」
***
馬車は街道をみるみる駆けて、畑も丘も抜き去っていった。フェルトで張った椅子なんて初めて見た。
畑を耕す牛車の鍬の上はガタゴトガタゴト揺れたけど、馬車は全然揺れを感じなかった。風だけが滑らかに肌を撫でた。
「おじいさん! なんで馬車は揺れないのー?」
御者台の白髭のおじいさんに僕は問いかけた。
「これは枢機卿。ご機嫌うるわしゅう」
おじいさんは振り向かずに、僕のことをそう呼んだ。
「枢機卿?」
「代理人様が正式に預言者と認められるまでの呼び名でさぁ」
「僕はロイ。ロイでいいよ?」
「そんなわけにゃ参りません。どこで神様が見ておられるか分かりませんで」
僕は不満に思った。呼びにくいし、聞き取りにくい。
「この馬車はですね、街の“異界技師”の力作なんでもんで、捩じった金具で揺れを受け止めてるんですわ」
「異界技師?」
「まあ、お勉強なさることです。街には色んなものが溢れとります」
聞いたことのない言葉だった。
でも、街に色んなものがあるという言葉に僕の胸は高鳴った。
リーナお姉ちゃんも言っていた。街がどんなに素晴らしいか。
笛があり、人がいて、金づちの音、蒸したパンの匂い、水車の軋み。マチュの実の鼻を突く刺激。
リーナお姉ちゃんが歌うように聴かせてくれた。
僕は目を開いて、十字の尖塔がグングン近づいてくるのを見つめた。
「まずは御者台だ! 馬を狙え!」
野太い大人の声がして、おじいさんの身体が炎に包まれた。
幾十もの矢が突き刺さり馬がいななき客台が倒れた。金属の屋根が耳をつんざくような音を立てて破れた。
僕は地面に投げ出された。
硬い土くれで顔をすりむいた。煙の臭いがした。焼いた肉の匂いも。それから追い打つような火の熱気も。
何が起きたのか分からなかった。
ただ、僕はここで死ぬのかもしれないと思って、恐ろしくなった。
死にたくない。
誰か助けて。
父さん。
リーナお姉ちゃん。
僕は脚を焼かれながら祈った。
「やはり死霊術だ! 聖水を!」
今度は水が飛んできた。熱された水が僕の全身に降り注いだ。
潰れた馬車の外で、金属がぶつかり合う音と、大人たちの怒号が聞こえた。
僕は目を閉じる寸前に、矢を生やした黒焦げのおじいさんが立ち上がっているのを見た。




