81 エピローグ
響の部屋で凪乃とのビデオ通話を切ったあとの三人が元の位置に戻り、都がローテーブルの対面に座る形で残りの二人が並んで座っている。
都は目的も果たして充足感に包まれてもいいのだが、先程のやり取りもあってか放心に近い状態になっていた。
「いやぁ~。あぁ~」
「どうしたの、姉さん」
「両親に恋人を紹介かぁ……。あれぇ、私ってなんでこうなったんだろぉ……。なんか、おかしい気がするぅ……。こう、スピード感がぁ……」
都は先程までの勢いが冷めたのだろう。
冷静になって自分の立場を振り返りだした。
「姉さんの方は決定で、私は仮決定という感じで、母さんにもメッセージで報告しておこうね。連絡って大事だし」
「報連相ってヤツだぁ。逃げられないヤツだぁ……」
「そう、姉さんに欠けてるものだよ」
先程凪乃にも怒られていたが、絶縁状態だった都に言うと重さが違った。
響はスマホのメッセージで、母親に対して先程のやり取りを連絡しているようであった。
「花菜? どうしたの。難しい顔して」
「響ちゃん、どうしよう……。さっきはあんなこと言ったけど、絶対お母さん付いてくる……。付いてこないにしても、絶対ご挨拶するよ……」
花菜は深刻な顔で、響へ母親の行動予測を語っていく。
「なんで? 確かに相原家って、少し過保護だけど……」
「そういうのじゃなくて、響ちゃん気付いて……。あなたの恋人の母親は、あなたと同郷なの……」
花菜の母親と響の家族は、元々狭い村社会の住人である。
響の母親が都を産んでいるということは年の頃は違うだろうが、面識はあるに違いなかった。
「あっ……そっかお母様って、あのお婆様の娘さんってことだもんね……。よかった……私まだ自分の育った土地がド田舎だって悪口言ってなくて……」
あの響すら、花菜の母親と和気あいあいとしてうっかり失念していたようである。
「そっかぁ、はなちゃんって母方の地元の子だよねぇ。苗字違うもんねぇ」
「絶対に響ちゃんのご両親と知り合いだよぉ……。それに、きっとお母さんもう気付いてるよぉ……!」
母親の茶目っ気どころではない性格を知ってしまった花菜は、芳川家の両親に関して気付いているであろうことを確信してしまう。
「両親の仲がいいのは、別にいいことなのではぁ?」
「でも、お姉さんはともかくご両親に私が響ちゃんを誑かした悪女だってバレちゃうよ! きっと私、恨まれてるよ! もっと仲よくなってから、そっと知らせたかった……!」
「悪女って自分で言わなくてもぉ……悪かったよぉ……」
先程都に悪女呼ばわりされたのを気にしているのか、花菜は殊更強調した。
だが、実際いきなり知られること自体ハードルが高いと感じているのは本当のところであった。
「でもそっか、確かに父さんと母さんはどう思ってるか分からないね……」
「大丈夫だよぉ。今の響実際に見たら、父さんと母さんなんて泣いて喜ぶってぇ~。花菜さんに感謝こそすれ、恨みなんてそんなぁ~」
都はこう言ってくれているが、花菜視点からしたらとんだマッチポンプにしか見えない。
「だそうだから、きっと大丈夫だよ。でも、姉さんの言うことだから……。まぁ、話半分かな。なにがあっても、花菜は私が守るから。安心して」
「おいおい、姉の信用度よぉ~」
響からの力強い言葉を貰う。
花菜もそれを聞いて、心強さを胸に抱いた。
ただし、実姉への信用度は無いようだった。
「私もはなちゃん……花菜がどう思われてるかなんて知らないしね。それ以上に父さんと母さんのことなんて、なんにも分からないからね」
「さらりと親不孝発言かよぉ……」
確かに響は数年両親とまともなコミュニケーションを行っていない。
言葉通りの意味で、なにも分かってはいないのだろうことが花菜にも伝わった。
「これから知っていけばいいよ。これはそういうための一歩なんだ」
「響、あんた変わったねぇ……」
「花菜のためにも、変わらなきゃ」
愛しい人が自分のために、よりよい方向に変わろうとしている。
それは花菜にとって、なににも変え難いほどの勇気をくれた。
「響ちゃん……。嬉しいけど、傍から見てると凄いスピード感だよ? 無理しないでね……」
「ありがとう、花菜」
響と花菜は付き合いだしてから数日。
お互い認識し合ってからでもひと月程度である。
それを考えると、響の変わりようはある種異様であった。
花菜が少し不安に感じるのも無理はないのかもしれない。
「そういえばなんだけどさ」
「なぁに?」
「姉さんと花菜って、どうやって知り合ったの? 接点無いよね? どうして私と花菜の交際がバレたかっていうのの方が正しいか」
響が以前から気になっていたであろう当然の疑問を聞いてきた。
すべての問題が解決した今というタイミングだからであろう。
「おっとぉ~」
「それは……」
花菜と都はいたたまれずに視線を交わす。
「響ぃ、怒らない?」
「ねぇ響ちゃん、怒らない?」
花菜と都の両名が、響に事前確認を行う。
事前に確認しないと、とてもではないが確認が憚られたためである。
「どうしたの……。花菜まで……」
そんな二人のやり取りを、響はきょとんとした表情で眺めた。
「怒らなかったら、私のお胸でお顔ギューッてしてあげる」
「はぁ⁉ 全然怒らないけど!」
響は降って湧いた幸福に、思わず即断即決する。
あまりの事態に、少し怒りまで滲んでいた。
怒らないのではなかったのだろうか。
ともかく響としては、他にどんな選択肢があろうと迷う余地が見当たらないのかもしれない。
「言質取りましたよ、都さん!」
花菜は意気揚々と都へとパスを回す。
「響のスマホのロック解除してぇ、勝手に写真とメッセージ盗み見ちゃったぁ。てへぇ☆ ごめりんこぉ☆」
花菜からの勢いそのままに、都は重大な罪を極力軽めに流そうとしているのか畏まらなかった。
だが、これは逆にダメではないかと花菜ですら思ってしまう。
あの相原花菜でもってして、少しイラッとしたのだから。
思わず大丈夫だろうかと響の方へと視線を向ける。
「姉さっ……きっ……ぐっ……! …………。今回はそれが元で丸く収まった訳だし、水に流そう……。この様子だと、花菜も知ってたみたいだし。ただし、二度目はないよ……?」
だが、なんと響は耐えきっていた。
響にとって十重二十重の苦難があったであろう。
それを乗り越えたのだ。
「すげぇ! 花菜さんすげぇ!」
響の偉業を見届けた都は、それの立役者である花菜を絶賛した。
花菜がいなければ、この告白により都は響からどんな目にあわされていたか分かったものではない。
都は響と物理的な喧嘩を恐れていたが、実際手が出てもおかしくないレベルであった。
花菜の助力がなければ、都は話さなかっただろう。
「花菜ぁ~」
「はぁい、響ちゃん」
響はふにゃふにゃな笑顔で花菜の胸へと飛び込んでいく。
花菜も恥ずかしいながらも、それを拒むことをせずに受け入れる。
これは頑張った響へのご褒美なのだから。
「ギュってして、頭も撫でて~」
「我慢できてえらい! いい子~」
響からの要望通り、花菜は胸元で包むようにしてギュッと抱きしめてあげた。
頭もよしよしするように何度も撫でてあげる。
その度に響が幸せで気持ちよさそうな顔をするので、花菜は恥ずかしいながらも嬉しくなった。
撫でるのも響の髪が綺麗なのもあって、手に心地よい。
「花菜大好き……」
「私も響ちゃんのことが大好きだよ……」
「あ、後じゃなくて今なんだぁ……。実姉に見せつけていくストロングスタイルなんだぁ……」
取り残された都は、実妹とその恋人のイチャイチャを見させられてなんとも言えない表情になっていた。
そんな都の呼びかけに応えることなく、二人は睦合っていた。
そこには二人だけの世界があった。
都は帰ってもいいかと考えているかもしれないが、ここは我慢してもらうことにする。
これぐらい、今までの贖罪であっていいのではないのだろうかと花菜は思った。
響とのスキンシップは、花菜のキャパシティ内であればやはり幸せであった。
胸元で響も幸せそうである。
頬ずりしながら花菜の胸の感触を確かめ、明らかに息を深く吸い込んで香りまで堪能し始めた。
流石に花菜の中でくすぐったさや恥ずかしさが勝ろうとしたのだが、頑張った響へのご褒美なのでグッと堪える。
都が勝手にスマホを弄ったのを怒らなかったのもそうだが、自分のために家族と仲直りしてくれた響に対して花菜は本当に感謝していた。
周りに認めさせるという約束を、実行してくれている。
それが本当に嬉しかったのだ。
響が二人なら幸せは二倍と言っていたが、二倍などでは収まらない。
花菜はこんな幸せを知らない。
愛しい人の体温を感じる、幸せな時間。
恋人の甘い香りに包まれて、夢見心地でいられる。
鼓動は跳ねるのに、心には温かい気持ちが溢れて止まらない。
花菜は響の髪を撫でつけながら、このときがいつまでも続けばいいと感じていた。
なにせ帰ったら待っているのは両親との家族会議なのだから。
花菜はなんとしても、この時間を引き延ばしたかった。
心から神に祈った。
花に嵐が待っている。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
まだまだ及ばない文章ではありますが、引き続きつらつらと三章も書き続けたいと思います。
どうしても文章量の目測や前後の整合性など不慣れというか下手で、投稿がこういった形になって申し訳ありません。
幾度となく読み返しても、修正箇所や気付きが出てくる出てくる、出てくるんです。
頻繁に投稿されている方々は凄いなぁと……。
こうして後書きを書いているときも、次回の三章夏休み編がどこまで行くのか分からない恐怖に駆られています。




