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花の音  作者: 高山之信
うたかたの恋
46/58

46 そういう約束なのだから

「ただいま」

花菜は自宅の玄関を開けて帰宅の挨拶(あいさつ)をするが、今日は母の帰りが遅い日だっただろうか返事は返ってこない。


二階の自分の部屋へと向かっていく花菜の心は、自分でも驚く程冷静だった。

響に言われた言葉が心にずっと引っ掛かっていた。

いや、心の真ん中に(おもり)のように乗っていた。


「…………」


花菜は響のことを好きだと認めている。

告白などされたのなら、晴れて両想い。

通常であれば心躍るか、かき乱されるはずである。

だが、相原花菜の心は揺るいでいない。


花菜は制服を脱いで着替え終わると、勉強机に向かって座った。

レシピを(まと)めたノートを鞄から取り出すと、パラパラと開く。

自分のレシピノートとは別に、響用に纏めた簡単な一人暮らし用レシピノートである。


(今日はこのレシピ教えてあげられなかったから、今度教えてあげないと……)

教えるのに(あわ)せてコピーも渡している。

勤勉で器用な響ならレシピさえあれば、一通り教えさえすればコツを掴んで一人でできるだろうと考える。


(まだ……時間はある……)

調理部を休み続けるわけにはいかないが、夏休みもある。

調理部も毎日あるわけでもないし、毎日遅くまでやらなければならないわけでもない。

響に花菜の持っているものをすべてとまではいかないが、伝えることはできるだろう。

短い間だが、響の好みも少しずつだが分かってきている。


花菜はなにか書き足せる物はないか思案する。

既存のレシピノートを参考にしようと本棚へと手を伸ばそうとしたそのとき、机に置いてあったスマホが通知音を鳴らし振動する。

画面が点灯し、メッセージの受信を告げている。

花菜はスマホを手に取って、メッセージを確認する。


《花菜、明日も来てくれるよね?》

響からの言葉を見て、花菜はフッと笑う。


《なに当たり前のことを言っての? 行くに決まってるよ》

そう返すと、直ぐに既読が付いた。

花菜が返信するまで、響はずっとスマホを見詰めていたのだろうか。


《そう、よかった》

響から安心したような返信が返ってくる。


(だって、そういう約束だから……)

相原花菜は、芳川響に秘密を守るために強要されているのだから。

自分が女性のことが好きだなどと知られたら、学校でどうなるか分かったものではないと考えている。

このことは親にも知られていない。

知られたくなどなかった。


(響ちゃん……)

ただ、それ以上に響の願いを叶えたいと思っている。

今日、響が願ったことを除いては。

相原花菜はあの日……芳川響に見付からなければ、一生関わりを持とうなどと思わなかったのだから。

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