46 そういう約束なのだから
「ただいま」
花菜は自宅の玄関を開けて帰宅の挨拶をするが、今日は母の帰りが遅い日だっただろうか返事は返ってこない。
二階の自分の部屋へと向かっていく花菜の心は、自分でも驚く程冷静だった。
響に言われた言葉が心にずっと引っ掛かっていた。
いや、心の真ん中に錘のように乗っていた。
「…………」
花菜は響のことを好きだと認めている。
告白などされたのなら、晴れて両想い。
通常であれば心躍るか、かき乱されるはずである。
だが、相原花菜の心は揺るいでいない。
花菜は制服を脱いで着替え終わると、勉強机に向かって座った。
レシピを纏めたノートを鞄から取り出すと、パラパラと開く。
自分のレシピノートとは別に、響用に纏めた簡単な一人暮らし用レシピノートである。
(今日はこのレシピ教えてあげられなかったから、今度教えてあげないと……)
教えるのに併せてコピーも渡している。
勤勉で器用な響ならレシピさえあれば、一通り教えさえすればコツを掴んで一人でできるだろうと考える。
(まだ……時間はある……)
調理部を休み続けるわけにはいかないが、夏休みもある。
調理部も毎日あるわけでもないし、毎日遅くまでやらなければならないわけでもない。
響に花菜の持っているものをすべてとまではいかないが、伝えることはできるだろう。
短い間だが、響の好みも少しずつだが分かってきている。
花菜はなにか書き足せる物はないか思案する。
既存のレシピノートを参考にしようと本棚へと手を伸ばそうとしたそのとき、机に置いてあったスマホが通知音を鳴らし振動する。
画面が点灯し、メッセージの受信を告げている。
花菜はスマホを手に取って、メッセージを確認する。
《花菜、明日も来てくれるよね?》
響からの言葉を見て、花菜はフッと笑う。
《なに当たり前のことを言っての? 行くに決まってるよ》
そう返すと、直ぐに既読が付いた。
花菜が返信するまで、響はずっとスマホを見詰めていたのだろうか。
《そう、よかった》
響から安心したような返信が返ってくる。
(だって、そういう約束だから……)
相原花菜は、芳川響に秘密を守るために強要されているのだから。
自分が女性のことが好きだなどと知られたら、学校でどうなるか分かったものではないと考えている。
このことは親にも知られていない。
知られたくなどなかった。
(響ちゃん……)
ただ、それ以上に響の願いを叶えたいと思っている。
今日、響が願ったことを除いては。
相原花菜はあの日……芳川響に見付からなければ、一生関わりを持とうなどと思わなかったのだから。




