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花の音  作者: 高山之信
うたかたの恋
27/58

27 響は花菜の髪を乾かしたい

「響ちゃん、お風呂ありがとう……」

風呂上がりの花菜が、扉を開けてこちらへと声を掛けてくる。

目を向けるとと湯上り肌の花菜が目に入った。

なるほど、花菜がボーッとしていた理由が分かる。

肌が火照(ほて)って髪がしっとりと濡れている花菜は、いつもより色っぽく見えた。


響は無頓着(むとんちゃく)なので気付いていないが……実際花菜は好きな人の家のお風呂に入るという重大ミッションをこなしてきたあとなので、それなりの達成感と疲労感とそこはかとないこそばゆさを感じている。


「花菜のパジャマかわいいね」

響はやましい気持ちのように感じられて、それを隠すように花菜のパジャマに目を向け言葉をかける。

それを受けて、花菜の紅潮が増したように感じられた。

淡い黄色のチェック模様のオーソドックスなパジャマは花菜によく似合っている。


「パジャマって全然人に見せないから……なんだか恥ずかしい……」

花菜は人付き合いはあるが、泊りに行くような友人がいるようなタイプではないのだろう。

同時に泊りに来る友人もだ。

ということは、この姿は親族以外では響しか見ていないことになる。

それは響にとって、なんだか優越感のようなものがあった。

また花菜の全身から、自分が使っているボディソープやシャンプーの香りがするというのはなんとも言えない感覚を与えた。


(花菜が私に染まっているような気がする……)

花菜が自分色に染まるのに喜びを感じてしまっている。

これは征服欲に近いのかもしれない。

自分はここまで独占欲が強かっただろうか? と響は自問自答する。

どこか思考回路がおかしいように感じる。


「えっ、じっと見て……私なにか変?」

どうやら思考の海に没して、言葉を発するのを忘れていたらしい。

先程取り(つくろ)った言葉が意味をなさなくなるほど、響は花菜に見惚(みと)れていたことになる。


「いや、全然変じゃないよ。むしろ、かわいいって言ったでしょ。そう! 花菜はかわいい!」

「あ、ありがとう?」

代わりに力強い否定からのかわいい攻めの言葉が口から出てきた。

言われ慣れていないのか、若干の疑問形で答えが返ってくる。

これは慣れさせるために、何度でも言わないといけないかもしれないと考える。

響から見て、花菜はこんなにもかわいいのだから……。


「髪乾かしてあげるから、こっち来なよ」

ドライヤーを構えながら、そう言って手招きする。


「ええっ⁉ じ、自分でできるよぉ……」

「いいから、私がやりたいの」

「う……うん……」

花菜はおずおずと近付いてくる。

響がこういう風に言い出すと、譲らないことを認識してきているのかもしれない。


「お……お願いします……」

花菜はそう言うと、腰を下ろして背中を響に預けてきた。


「はーい、お願いされましたー」

丁寧に花菜の髪を手に取り、ドライヤーの温風を散らしながら当てていく。


「ううーっ……」

少しくすぐったそうな花菜の声が聞こえてくる。


「私は、花菜の髪って好きだな……」

「ええーっ……響ちゃんの髪の方が絶対に綺麗だよ……。私の髪なんて、雨の日に変な癖付いちゃったりするし……」

確かに響は自分の髪が客観的に見て美しいストレートの黒髪とされていることは認識しているが、花菜の少し色素が薄めの柔らかい髪も非常に好ましく思えた。

むしろ、触っていると指先と共に心まで心地よさが伝播(でんぱ)していくように感じる。

ずっと触っていたいような感覚に(おちい)る。


「んっ……」

「どこか熱かった?」

「大丈夫、少しくすぐったかっただけ」

「そっか……なにかあったら言ってね」

髪のケアはしっかりしている方だとは思うのだが、人にドライヤーをかけるのはまた少し勝手が違う。

いつもより、幾分丁寧に花菜の髪を乾かしていく。


「私、美容院以外で髪を乾かしてもらうなんて久しぶり……」

「私は人の髪を乾かすのなんて初めてかも」

姉や母に乾かしてもらうことはあったが、逆はなかったように記憶している。


「ええっ、それでなんで私に?」

「アハハ、なんとなく」

花菜の髪が持っていた水分が段々と少なくなっていく。

この時間が終わってしまうことが惜しく感じた。


(なんの理由もなく、花菜は髪を触るのを許してくれるかな?)

響は自分がなにを考えているのか、少し分からなかった。


(こんな感覚になるのは……花菜だけな気がする……)

花菜は、自分にとってなんなのだろうか。

秘密を共有した仮初の恋人だ。

特別ななにかでは無いはずだ。

便利な関係を持ちだしたのは、響自身であったはずだ。


「はい、終わったよ」

花菜の髪を整えると、響はドライヤーを止めた。


「あ、ありがとう……」

緊張していたのか、少し肩から力を抜いた花菜がおずおずといった感じでこちらを振り返ってくる。


「どういたしまして」

花菜と目が合うと、顔を赤くしているのが分かる。


「花菜、髪を触ってもいい? うーん……というか、撫でてもいい?」

「ええっ⁉」

唐突な提案に、花菜が本当にビックリしたといった顔でこちらを見てくる。


「な、なんで⁉」

「なんでって言われても……。この前花菜に撫でられたとき、気持ちよかったから。私もしてあげたいなって。それに、私も花菜の髪を触ってると楽しかった。……ダメ?」

「ダメ……では、ないぃ……けどぉ……」

花菜の中で何やら葛藤(かっとう)があったのか、消極的な肯定(こうてい)が返ってきた。


「じゃあ、OKだね」

そんな花菜の葛藤を気にした風もなく、早速といった感じで響は花菜へと手を伸ばした。


「ちょっ、まっ! てぇ……! 心の準備がぁ!」

「えーっ、待たない」

花菜の頭を手繰(たぐ)り寄せると、軽く抱き寄せるようにして腕を(まわ)し髪を一房(すく)った。


「響ちゃん! 近い近い! いい匂い! 近い近い!」

何やら欲望が少し()れたような気がしたが、花菜はこれ以上近付くまいと身体を硬くして響のされるがままになっている。

響は気にすることなく至近距離で花菜の髪を(いじ)った。

そして、空いた別の手で花菜の髪を撫でつける。

思った通り柔らかい髪は感触がよく、撫でると心地よい。


「ひゃぁ……」

「うん、花菜の髪気持ちいい……。花菜は、どうかな?」

「た、確かにぃ……気持ちいいとぉ……思いますぅ……!」

尋ねると、息も絶え絶えといった風の花菜の必死な返答があった。

それすらもかわいらしいと思って、尚のこと反応を楽しんでしまう。


「よかった。存分に堪能(たんのう)してね。やっぱり私、花菜の髪触るの好きかも」

「も、もう十分堪能したから! 大丈夫だから!」

花菜から悲鳴に近い声があがっている。


「なに言ってるのさ、まだ始めたばかりだよ」

そうは言われても、響は堪能し足りないのだ。

更に花菜の髪を丁寧に撫でつけ、心地よさに陶酔(とうすい)した。

もう片方の手で髪を掬い上げ、自分の鼻先に近付ける。


「ひっ……響ちゃん? 何を?」

「いや、見ての通り花菜の香りも楽しもうと……」

「響ちゃんちのシャンプーの香りだよ⁉」

確かに響自身が使っているシャンプーの香りがする。

だが、それとは別に花菜自身の独特の香りが感じられるような気がしている。


「いや、花菜の香りがしている気がする……」

「お風呂あがりだよ⁉ 錯覚(さっかく)だよ⁉ サッパリしたばっかりだもん!」

縮こまりながらも精一杯胸を張る花菜。

自身の体臭がキツイと言われているような気がしたのかもしれない。


「いやいや、花菜の香りはいい香りだから。いつでもしてていいんだよ……!」

「えっええっ……」

花菜はそんな戸惑いの言葉を()らしながらも、その間に響に撫でられながら気持ちよさそうに目を細める。


(それにしても……)

響は花菜の髪とは別に、間近で見る湯上り肌がとても美味しそうに感じられた。

肌は少し、しっとりとしている。

冷房はそれほど強くないのもあるし、現在の状況が花菜の体温を上げているのかもしれない。


(流石に花菜でも体を直接()がれるのは怒られるかな……)

響の心の中で、少し不謹慎な気持ちが湧き上がってくる。


(いや、いっそちょっと味わいたいな……。ちょっとぐらい舐めても怒られないのでは……?)

思考がだんだんとエスカレートしていく。


「響ちゃん、さっきから目が恐いよ……? 何を考えてるの……?」

そんな花菜の言葉で、ふと我に返る。


「いや、なんでもないよ」

思考の埋め合わせをするように花菜の髪の毛を両手を使ってわしゃわしゃと撫でる。


「きゃあぁ!」

花菜が唐突な響の猛攻(もうこう)に思わず悲鳴をあげてしまう。


「フフフ、秘密」

「ええっ⁉ 本当になにを考えてたの⁉」

されるがままの状態の花菜から非難の声があがってくる。

響も正直に答えるのも(はばか)られたし、何故か冗談で誤魔化すのも違うように感じられた。

そもそも、どうしてあのように思考が飛躍(ひやく)したのか自分でも分からない。


「う~ん……。こればっかりは、花菜がかわいいのがいけないよね」

「なにそれ⁉」

花菜は、理不尽な申し開きに(いきどお)りしか感じられない。

だが、それも先程のわしゃわしゃから変わって丁寧にあやすような撫でつけになり次第に落ち着いていく。


「し、幸せの供給過多って……。こんなにもぉ……」

その後花菜は響にひとしきり撫でられ、(しばら)くグロッキー状態になっていた。

それに比して、響は喜色満面(きしょくまんめん)の笑みを浮かべていたのは言うまでもない。

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