18 響と花菜の帰り道
「ごめんね……遅くなっちゃって」
「ううん、全然だよ」
結局花菜に膝枕をされて眠ってしまった響は、それなりにまとまった睡眠をとってしまった。
そして、今現在いつもより遅くなってしまったからと花菜を送るため夜道の帰路を同行していた。
それほど極端に遅い時間ではないが、夏場でももう辺りは暗い。
住宅街故かピークを過ぎれば人通りは少なく、街灯と家屋などから漏れ出る灯りだけが夜道を照らしていた。
響も女性だからと言うのだが、帰りは走って帰るからと強引に押し切った。
その為、今は上下ともスポーツウェアに着替えている。
花菜と響は学校から徒歩圏内で、方角も跨がないので距離も然程離れていなかった。
「私は帰り慣れてるけど、響ちゃんの方が心配だよ……。暗いし迷ったりしない?」
「大丈夫。ジョギングで走ったりするし、土地勘はあるよ。暗いとはいえ、通り選べば街灯もあるし人もいるし」
大通りまで出て道沿いに進めば迷うことは然程ないであろう道のりである。
今は二人で歩いているから時間もかかるが、響が走ってしまえば本当に心配する間もなく短時間で到着する距離であった。
「なら、いいんだけど……」
それでも、心配といった風に花菜が言う。
「花菜は心配し過ぎ。元々私が悪いんだから……。起こしてくれてもよかったんだよ?」
「響ちゃん、気持ちよさそうに寝ちゃってたから……」
「そこを突かれると弱い……。だって、花菜の膝枕本当に気持ちよかったから……」
響は日頃寝落ちなどしたりはしないのだ。
花菜の感触、香り、温もりに包まれたからこうなったに他ならない。
そう結論付けていた。
「そ、そうなの……?」
「うん! 世の中の膝枕に対する幻想が真実であったと、私は今噛み締めてるんだ……」
「ええっ……何か違う気がするよぉ……?」
本当に噛み締めるような声音が伝わったのか、戸惑いの声が花菜から漏れる。
「また、やってくれる?」
「えっ……う、うん……」
花菜は驚きながらも、顔を紅潮させつつ肯定の意を返してくれる。
気恥ずかしいながらも、言っていた通り花菜も膝枕をするのが嬉しいのかもしれない。
「やった! ありがとう、花菜!」
思わず朗らかな笑顔が漏れてしまう。
「わ、私の膝なんかでよければ……」
「花菜の膝がいいの」
その言葉に、花菜は更に頬を紅潮させた。
初夏の暑さは、熱を冷ましてはくれない。
そんな花菜を、響は可愛いと思う。
二人の楽しい会話で時間はあっという間に過ぎ去り、花菜の自宅の前に到着してしまった。
「私の家ここだから。送ってくれてありがとう、響ちゃん」
「こちらこそ、今日もありがとう。また明日もよろしくね」
「うん、またレシピも纏めたりしておくね。勉強も頑張らないとなんだけど……。えへへ……」
花菜は自分で纏めているレシピノートがあり、その中から簡単に作れる物をチョイスしてコピーしてくれていた。
また、響用に簡単なものを新たに纏めてくれたりもしている。
非常に分かり易く、初心者の響は大いに助かっている。
「今日は勉強もあんまりできなくて、ごめんね……テスト前だっていうのに……」
自分が寝てしまった時間に花菜は勉強などしていたかもしれないが、動けない分効率はよくなかったかもしれない。
「大丈夫! 響ちゃんが教えてくれてるから、前より全然調子いいぐらいだよぉ。今日少しお休みしたぐらい、へっちゃら!」
「そう? それなら、いいんだけど……」
日頃一緒に勉強をして、花菜の分からないところなどを教えてあげていた。
「花菜にきちんと教えられるよう、私ももっと勉強頑張らないとだね」
「響ちゃんは、十分頑張ってるよぉ……。あまり、根を詰めすぎないでね?」
「分かってる」
響と花菜が話していると、ガチャリと花菜の自宅の玄関が開いた。
「声がすると思ったら、やっぱり花菜ちゃんだったのね」
花菜とよく似た髪色、よく似た顔付きの女性が扉から顔を出して声をかけてくる。
長い髪を結って纏めており、身長は花菜と同じ程度だろうか。
「ただいま、お母さん。遅くなってごめんなさい」
二人の会話から、女性が母親であることが分かる。
「おかえりなさい。いいのよ~。ちゃんとマメにメッセージ貰ってたし。そちらが、最近お世話になってるっていうお友達?」
「うん、そう。芳川さん」
「芳川さん、ウチの花菜がいつもお世話になっております」
花菜の母親が玄関から出て、二人に近寄るとそう言いながら頭を下げてきた。
「いえ、こちらこそいつもお世話になって……。今日は遅くまで引き留めてしまって、申し訳ありません……」
花菜の母親との突然のエンカウント。
予期していなかった響は、優等生モードというほどではないが少し硬くなってしまう。
(えっ、花菜のお母さん若くない?)
そんな中、胸中ではあらぬこと考えている。
花菜も幼顔ではあるが、母親は努めて若作りをしているわけでもなさそうなのに推定年齢よりよほど若く見える。
そういう家系なのであろうか。
「いいんですよぉ。最近、花菜も新しい友達ができて楽しそうで」
「お母さん……やめてよぉ……」
自身のプライベートな事情を親から話されるのは、流石に気恥ずかしさがあるのか花菜が苦言を漏らす。
「いえ、私も花菜さんとお友達になれて……毎日がとても充実しています」
響は少し外行き寄りのスマイルで、純粋な気持ちを返す。
正確には友達ではないのだが……。
「まぁ、それならよかったです。この子、昔から少し引っ込み思案なところがあって……。こんなに毎日人のお宅にお邪魔したりすることがなかったので」
「はい、私も気の置けない友人ができて本当に嬉しいんです。花菜さんは、本当に優しくていい人なので……」
「そうなんですよぉ、この子本当に優しくていい子に育ってくれて……」
「お母さん、もういいでしょぉ!」
花菜はそう言うと、母親を連れて強引に玄関へと入っていこうとする。
確かに自分の母親が同級生と話しているのは、いたたまれない気持ちになるかもしれないと響も考える。
「えー……お母さん、もっと芳川さんとお話したーい」
どうやら母親は花菜と違って積極的な性格らしかった。
「ダメぇ!」
母親は未練たらたらといった風だったが、これといって逆らうことなく花菜にされるがまま玄関に押しやられていた。
「また明日ね!」
玄関から顔を覗かせながら、花菜が響への別れの挨拶を慌ただしく送ってきた。
「はい、また明日」
そんな光景を微笑ましいと思い、外行きの笑顔を崩さないよう努めながら響はそう答えた。
扉が閉まったあとも、少しの間花菜と母親のやり取りが聴き取れはしないが伝わってきた。
仲のいい家族なのだろうと思い、そこで響は漸く微笑を崩して……花菜の前のように笑った。
花菜の新たな一面が知れて、嬉しかった。
これからも、こういうことが知っていけるのだと思うと……自然と胸が暖かくなった。




