神作家のお屋敷訪問! 創作の秘密に迫ります!
――図書館か?
俺は今、全世界で一番有名な作家のお屋敷の中にいる。お屋敷っつーか、どっからどう見ても図書館だ。でかめの図書館。『世界的に見てもとびきり美しい○○』みたいなシリーズ本に出てきそうな壮麗な図書館。
どこを見ても本だらけ、本の詰まった本棚だらけ。どこで寝るんだ? とか内心で思ったら、くちびるの動きに出てたらしくて、大作家が「ここだよ~」と気さくに指さしで教えてくれた。指さす先に、キャンプで使うようなゆらゆら揺れるハンモック。
「……ほ、本に情熱を全振りなさっていられますね……さすがは神作家……!」
「あっはは! 『神』なんておこがましいよ~!」
形の良い口をぱっくり開けて、からから笑う美青年。こいつ、こんな童顔で世界的に見て売り上げダントツ一位の作家なんだぜ? 『天は二物を与えず』なんてどこのどいつが言い出したんだ?
いやいや、見た目の美麗さはおいといて! 今俺がどんどん突っ込んで訊くべきは、あくまで『神作家の創作の秘密』! 日々どこからアイデアを拾うのか、どうやってそれをふくらませるのか、うっとりするような流麗な文体は、いついかにして身につけたのか!
――属する雑誌社の記者としての取材だが、実はひそかにネットに自作小説投稿をくり返しているこの俺様! じかに神作家に迫れるなんて千載一遇のこのチャンス、逃してたまるか! ゴリゴリ創作の秘密を訊き出し、それを残らず実践して、数年後にはきっとこの俺も神作家に……でへへ!!
「あれー、どしたの記者さん、おなか空いてる? 口からよだれ垂れてるよ~」
「あっ……ああ、いや!」
「まあ取材の前にお茶でもどうぞ、クッキーはぼくの手焼きだよ~!」
えっ、何? なんか今目の前のテーブルに唐突にお茶とクッキーが出た気がしたけど、まああれか、目の前の本と本棚に気ぃとられてたから気づかなかっただけだろうな……!
「……美味しいです……それで、さっそく質問ですが、チャコール先生はやはり、幼いころから本好きでいらしたんですか?」
「そうねえ、生まれて二年目で哲学書にも手を出してたなあ……その辺から親に与えられたやつだけじゃなくて、自分でも本を買い出して……五百年かけて集めたんだよ、今この屋敷にある本は」
「………………は??」
「で、三歳くらいから自分でも物語を書き出して……紙にペンでお気に入りの本の文章を丸写しする『写経』が文章の勉強になるって聞いて、十歳くらいからそれやり出して……もちろん今でもやってるよ」
「……あの……え……??」
「ネタはね、このお屋敷じゅうの本を引っぱり出しては読み返して拾うんだ。それが面白いもんだね、どの物語を読んでそこからネタを思いついても、出来上がったのは元の話と似ても似つかない……まあぼくの頭の回路がちょっとひねくれているんだろうねえ! あはは!」
笑えない。全然ちっとも笑えない。何だこいつは? もしかして頭のねじが緩んでる? いやいやしかし、そんな奴に『世界的な神作家』なんて務まる訳が……!
「……あ、信じてない? 信じてないね、そのカオは! じゃあ、君に本邦初公開の情報を授けよう!」
そう言って目の前の美青年は、周囲に誰もいないのに遊びみたいに声をひそめ、微笑いながら打ち明ける。
「実はね、ぼくは人外なのだよ、半神なの……! だから寿命も人間とは段違いに永いのよ、これが」
――そうか! さっき『いきなり目の前に出た』みたいに見えたお茶とクッキーも、目の前の『青年の姿の生き物』が異能でぱっと出したんだ!
「……え……ということは、創作の秘訣とは、つまり……」
「『しつこさ』だねえ! たいがいの半神は長くても二三百年で創作なんかあきらめるけど、ぼくは四百年過ぎてもあいかわらず机にかじりついて、ひまさえあれば本を読んで……やっと十年前だよ、人間社会でも認められるようになったのは!」
「……し、しかし……なぜ今になってそれを明かそうと……?」
「人間ってもんはやっかみがひどいからねえ! はんぱに名の売れた状態で公表したら、『寿命の長い人外が良いもん書けるのは当たり前』って、屋敷が焼き打ちに遭っちゃうかもだろ? でもこんだけ世界的に名を売ったら、かえって安心だろって思って!」
ぼくは『本のエネルギーを摂取する』タイプの半神だから、こんだけ本を集めたらたいがい無敵だしね! ……そう言い足して、美青年作家は雪のように白い歯を見せて微笑んだ。
あかん。これは敵わん、参考にならん。要は根気だ、『しつこさ』なのだ。どれだけ地道に努力すればこうなれるか、『創作の秘訣』なんてあってないようなものなのだ。
俺はへろへろになりながら、取材を終えて大きなお屋敷を後にした。今日は行くまいと思っていたが、仕事帰りに習性で足が駅近の本屋に向かう。
……ブラックマロウ=チャコール。
その名の冠された文庫本は、今日も燦然と平積みコーナーに並んでいる。俺はまだ読んでいなかったその内の一冊を手にとって、口を結んでレジに向かう。
――俺だって。人間の俺だって、寿命がきっと長くても、あと六十年くらいの俺だって……がむしゃらに本を読んで、がむしゃらに良い本を『写経』して、がむしゃらに書いたら、きっといつか……!!
俺は書き出した。今までも書いていたけれど、今までよりずっと真剣に書き出した。そうして半月後、菓子折りを持ってまた先生のお屋敷を訪れた。
――自分の書いた原稿持っていくなんて、そんな失礼な真似は出来ない。まだまだ努力の足りない俺の書いた話を大先生に読んでいただく、俺はそこまでの馬鹿じゃない。
(良かったらまたおいで。気になる本があったら貸してあげるよ、お茶とクッキーもあるからね!)
このあいだの別れぎわの先生のひと言を思い出し、俺は大きくのどを鳴らす。
――ただの流れのあいさつじゃないだろうか。追い返されはしないだろうか。そういう気持ちを胸の奥まで押し込んで、俺はお屋敷のベルを鳴らす。
ドアが開くまで、胸がばくばく高鳴って、今にも爆発しそうだった。頑丈な扉越しに、かすかな足音が近づくのが、聞こえないのに聴こえる気がした。
がちゃりと鍵の開く音がした。読みかけらしい本を片手に、先生は玄関のドアを内側から押し開けて、俺の顔を見てちょっとびっくりしたような顔をする。
「……やっぱり来たねえ」
言いながら微笑む先生の瞳に、『自分の若いころ』を見つめるような、穏やかで柔い光があった。何も言えずにがっと菓子折りをさし出すと、先生は「汗でしめってるよ」とつぶやき小さく吹き出した。
菓子折りと本を手に手招かれ、俺は一歩を踏み出した。
世界で一番有名な作家……一番努力した神作家の、五百年かけて集めた本の立ち並ぶ図書館の中へ、大きく一歩を踏み出した。
(了)




