表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/58

41 騎士達の願い

 メリーナから聞いた、リフテス王の話は余りにも哀れだった。



 私が知るのは、あの日のリフテス王だけ。

 一切の感情を見せない、冷たく暗い目を私に向けたその人は、話に聞いていた通りの『リフテス王』だった。


 私に『エリザベート』と名付け、魔力を持つ子を産めと言った人。


 なのに……。



 私は声も出ず、ただメリーナを見ていた。





 ーーーーその時


 しいんと静まり返った室内に、ぐうぅとお腹の音が鳴った。


「ごめんなさいっ、ぼくお腹空いちゃった……」


 バーナビーさんの息子さんが、恥ずかしそうにお腹を押さえている。その横で奥さんが申し訳なさそうに頭を下げていた。


「あら、ごめんなさいね。ちょっと、お姉さんのお話が長かったわ」


 メリーナはそう言うと、何か食べましょうと指をクルクル動かし始めた。


「お姉さん……」


 メイナード様が呟くと、メリーナはクイッと指を曲げる。


 ペチン!


「うわっ!」


 メイナード様の頬にクッキーが張り付いた。


「メイナード、私はまだ35歳なのよ! 結婚もしていないし、充分綺麗だわ!」


 プリプリと怒りながら指を回すメリーナ。

 また、何か飛んでくるのかと警戒しながらも、メイナード様はまた口を出す。


「でも、それ仮の姿でしょう? 髪や目の色は違うけど、お母様の姿だし⁈ 」


 メイナード様は頬に付いていたクッキーを取り、パクッと食べた。

「あっ、美味しい……」


 メイナード様を横目で見ながら、メリーナはそれぞれが座る椅子の前にテーブルを出す。


「元の姿はマフガルドへ戻ってから見せます。私には、まだこの国でやらなければならない事があるのよ」



 メリーナは続けて指を回してお皿を出し、そこにパンとチーズを乗せた。


「ちょっと、あなた達も見ていないで何か出して」


 魔法を呆然と見ているシリル様達にメリーナが声をかけると、ラビー姉様が口を開けた。


「私、食べ物は出せないわ……」

「僕も」

「僕はそもそも、物を出したり出来ない。生活魔法と変化だけです」

「俺も、出来ない……」


 そう皆が答えると、メリーナは頭を抱えた。


「魔法を誰も教えなかったの?」

「教えて貰ったけど出来なかったの。そもそも、こんなに沢山の魔法が使える人を見たのは初めてよ。ゼビオス王だって、生活魔法と幾つかの攻撃魔法、転移ぐらいしか見せて貰った事はないし、お父様もこんなには……」


 ラビー姉様が話すと、メリーナは目を丸くしていた。



「まさか……あの時、他の者にも封印の魔法が掛かってしまったというの?」


 でも、後から生まれた子供にまで影響するかしら……とルシファ様を見ながらブツブツと呟いている。


「仕方ない」とメリーナがスープを追加で出し、皆でそれらを食べた。



 食べ終えると、メリーナは全てを消し、テーブルの上に小さな蝋燭を置いた。



 随分と時間が過ぎていた。

 日が傾き始め、この屋敷の周りを歩く人々も少なくなっている。



「メリーナ様、さっき言っていた、この国でやらなければいけない事って何ですか?」


 食後から黙って考え込んでいたルシファ様が、メリーナへ尋ねた。


「リフテス王が屋敷に来た日、私は捕らえられ、そのまま牢へ向かったんだけど、その時頼まれたの」


 メリーナは頬杖をつきながら話し出した。


「そのまま牢? 頼まれたって誰に?」


 あの日、屋敷に来たのはリフテス王と騎士達だ。

 もう一人いたかな?


 けれど、何かを頼むような人はいないはず。





「あの日ね……」





 騎士に促され外へ出ると、屋敷の玄関前には、馬車が数台用意されていた。

 その内ニ台は長距離用の馬車で、既に荷物が積んである。どうやら、最初からリラとメリーナを別々に屋敷から連れ出すつもりだったようだ。


(私も一緒に、マフガルドへ行けたらよかったのに……)


 メリーナが乗せられた箱馬車は、小さな窓が一つしかなく、中は暗かった。



 座席に座ると、剣を突きつけていた騎士がなぜかメリーナのすぐ隣に座る。



(他には誰もいない馬車の中、椅子は他にもあるのになぜ隣に座るのかしら……?)


 特に縛られている訳でもなく、不安はなかった。

 いざというときは魔法を使い、抜け出そうと思っていたのだ。

 マーガレットもこの世からいなくなった今となっては、魔法が使えるとバレても、構わないと思っていた。


(マーガレットが亡くなった後、リラとすぐにマフガルドへ向かうべきだった……)


 ガタガタと揺れる古い馬車の中で、少し後悔をしているメリーナ。

 その横に座る騎士は、難しい顔をして前を向いていた。


(どうしたのかしら?)



 隣にいる騎士の事を、メリーナは以前からよく知っていた。


 騎士は、いつもアレクサンドルの側にいた数少ない、彼の味方である者だった。

 屋敷にも彼に伴い何度も来たことがあり、最近までたまに、遠目からマーガレットやリラの様子を見に来ていた。



 騎士は前を真っ直ぐに見ながら、語り出した。


「これは独り言だ」

「…………?」


 独り言だ、と言って話す人はいないのでは?……とメリーナは思う。


「彼女が、この世からいなくなったと知った『ある人』は直ぐに向かおうとした」

「それって」

「独り言だ、捕まっている者は黙っていろ」


 …………誰か聴いているかも知れないと言う事?

 ……御者?


 メリーナは、騎士に少しだけ近づく。


「そこに魔女が現れ、その横には魔王がいた。そいつが『ある人』に何かをした」


 ……魔女? 王妃のことかしら?

 ……魔王……デフライト公爵のこと?


「魔王は初めて見る者だった。そいつが手のひらを『ある人』に向けると、そのまま……『ある人』は意識を失い倒れた。近くにいた者たちも、気を失っていた。目覚めた時には朝になっていた」


 ……だとすれば公爵ではない。

 魔法を使う者がいたのね、呪文無しなら、かなりの魔力持ちだわ。


「『ある人』だけはニ週間も眠り続け、目覚めた時には何も覚えておらず、話し方も顔つきも別人のようになっていた」


 そうか、だからさっき……あれほどの魔法なら、相当な使い手……。


 まさか……?



「それから一週間後の真夜中だ。月の明るい夜だった。俺達の下へ、以前の『ある人』がやって来た」


 以前の……と言うことは、一時的に魔法が解けたのかしら?


 それとも魔法自体が不完全?



 独り言を話す騎士は、ぐっと唇を噛み締めた。

 剣を握る手にも力が入る。


 何かを思い出したのだろう、目に光るものが見えた。


「『ある人』に、連れて行って……欲しい場所があると言われた。石を彫る道具も欲しいと頼まれた」


 ……それって……。



 だんだんと涙声になる騎士は、何度も歯を食い縛り溢れ出そうになるものを堪えながら、話を続けた。


「すぐに仲間数人と『ある人』を隠すようにしてその場所へ向かった。……そこに着くと『ある人』は膝を折って……泣き崩れた。……しばらくすると、彫る道具を貸してくれと言われ手渡したが『ある人』では力が……足りず、俺達が手伝ってそこに彫った。…………小さな花の絵だ」


 騎士はそう言うと、天を見上げた。

 目からツウっと一筋の涙が溢れ落ちる。


「これは……独り言だ」


 騎士は何度もそう言った。


「『ある人』を救ってやって欲しい。……もう十分だ、魔女から助けてやってくれ。俺達では何も、どうする事も出来ない。マフガルドへ送る王女は、あの子は、必ず魔力を持った子供と一緒に帰ってくる。君を助けに来る」


 リラがシリルの子供と? それは……どうかしら?


「先に捕まっている獣人の男とその息子、そしてあの子の子供が集まれば、魔法で『ある人』を助けることが出来ないだろうか」


「初めからそのつもりだったの?」


 メリーナが小声で尋ねると、騎士は首を横に振った。


「これは俺達の勝手な考えだ」


 騎士はそう言うと、メリーナを城の地下牢へと連れて行った。


「この場所へは魔女と魔王は近寄ろうとしない。出来ないのかも知れない。だから、先に捕まえてあった獣人の家族も移動させておいた。君もここに入れる。……すまない」





「そう言って、騎士はあの場所へ私を連れて行ったの。真っ暗で、いろんな物がいるつまらない場所だったけど、騎士達はちゃんとご飯を運んでくれたわ、でも見回りの兵は王妃の手下の様だったけれどね」



 メリーナは私を真っ直ぐに見る。

 彼女の茶色い目が赤く染まり始めた。それは、ラビー姉様とメイナード様の目の色と同じ赤。

 メリーナの本来の目の色なのだろうか?


「リラ、私の話を信じるかはあなたに任せるわ。でも、私はあなたと一緒に、彼を救いたいと思ってる」


 瞬きをしたメリーナの目の色は、また元の茶色へと戻っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ