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40 リラ

 数ヶ月が過ぎ、マーガレットのお腹はずいぶんと大きくなった。



 それは良く晴れた暖かな日。


 マーガレットは屋敷の裏庭に咲く、細い枝先に紫色の小さな花弁が房のように付いている花を眺めていた。


 お腹を優しく撫でながら、マーガレットはお腹の子に向け話をする。


「キレイ……来年は一緒に見れるわね」



 その様子を、メリーナは屋敷の中から見ていた。





 近頃では、王妃からの嫌がらせもない。

穏やかな日々が過ぎている。

 ただ、アレクサンドルは変わらず屋敷を訪れる事はなかった。


 彼は今、城の中でどうしているのだろうか……。

 マーガレットの事を、お腹の子の事を気にはならないのだろうか……。

 メリーナは、たまに来る騎士達に尋ねてみるが、皆一瞬顔を曇らせながら、すぐに作った微笑みを浮かべて、大丈夫だとしか答えてくれない。

 しかしそれは、マーガレットに心配させまいとした騎士達の配慮だったと、メリーナは後に知る。





 マーガレットは、ゆっくりと花を眺めていた。

 



 そこに、アレクサンドルが訪れる。


 彼は嬉しそうに笑みを浮かべ、人差し指を口に当て、メリーナに声を出さないように合図すると、静かにマーガレットの下へと歩み寄る。


 後ろから聞こえる芝生の音に、振り向こうとするマーガレットをアレクサンドルは抱きすくめた。


「マーガレット」


 愛しい人の腕に抱かれた彼女は、こぼれるような笑みを浮かべる。


「アレク、来てくれたの?」

「うん、やっと来れた。ずっとマーガレットに会いたかった」


 マーガレットの肩に顔を埋めるアレクサンドル。



 彼は王妃の目をマーガレットから逸らす為に、屋敷を訪れる事を控えていたが、それでも何度か、マーガレットの下へ向かおうとしていた。


 ブノア大臣や騎士達から話を聞く度に、逢いたい想いは募るばかり。

 絵姿だけでは物足りず、この腕に抱きしめたいと焦がれていた。


 しかし、アレクサンドルへの王妃の監視の目は厳しさを増しており、城の中ですら自由に動くことが難しくなっていた。


 それに近頃では、王妃から今までとは違う薬を盛られるようになり、そのせいか日中も気分が悪く動けない日が増えていたのだ。



 ところが今朝、王妃は側室や臣下達を連れ、ある人物と会う為に城を出た。


 ブノア大臣が、王妃達の帰りは夜になるはずだと、教えてくれ、騎士達の協力のもとアレクサンドルは城を抜け出すことが出来た。

 それに、昨夜は媚薬も飲まされておらず、マーガレットに会える嬉しさも重なって、体の調子も良かった。




 二人はしばらくの間互いを確かめ合うように、抱きしめあっていた。



「花を見ていたの?」

「そうよ、この花すごくキレイ」


 マーガレットは、甘えた様にアレクサンドルの腕にもたれ掛かりながら花を見つめる。


「この花は、母上が好きだった花だよ」


 アレクサンドルは彼女の髪に、柔らかな口づけを落とした。


「何ていう名前なの?」

「『リラ』と母上は呼んでいた、この花には……ほら、殆どが四枚の花びらだが、稀に五枚の花びらのものがあるんだ。それを誰にも言わずに飲み込むと、愛する人と永遠に結ばれるという言い伝えがあると聞いた。母上はそれを見つけて飲んだ事があると言っていた」


 懐かしい思い出に、笑みを浮かべるアレクサンドル。


 マーガレットはその話を聞いて、すぐに花を見つめ五枚の花びらを持つ花を探してみる。


 可愛らしいその様子を、アレクサンドルは楽しげに見ていた。


「あっ、あったわ!」

「えっ?」


 ほら、と手のひらに乗せた五枚の花びらがある花をアレクに見せると、マーガレットはパクリと花を飲み込んだ。


「マーガレット!」


 ごっくんと飲み込むと、アレクに嬉しそうな笑顔を向ける。


「これで、私は永遠にアレクと結ばれるわね!」


「誰にも言わずに飲み込むんだよ?」

「アレクにも言っちゃダメだったの?」


 困った様な可愛い顔で、マーガレットはアレクを見つめる。


 嬉しさに涙を浮かべたアレクサンドルは、マーガレットを抱きしめた。




「マーガレット、愛してる。永遠に君だけだ」

「私も、アレクを心から愛しています」



 その逢瀬から、マーガレットが子供を産むまで、アレクサンドルが屋敷を訪れることはなかった。







 マーガレットがリラを産んだのは、少し肌寒く感じる頃。


 丸い月が輝く真夜中の事だった。



 近くに駐在していた騎士が産婆を呼びに行ったが、どういう訳か一向に戻らない。


 時は過ぎていく、目の前のマーガレットは不安と痛みを堪え、メリーナに心配をかけまいと笑みを浮かべている。


「大丈夫よ、昔の人は……一人で産んだのよ。私だって…………ああっ‼︎」


 今まで感じたことのない痛みに声を上げるマーガレット。


「マーガレット! ああっ! 私はどうしたらいいのっ!」


 メリーナはこの時まだ十八歳、恋も結婚もしていなければ妊娠も出産も知らない。

 ただ、多少の知識は兼ね備えていた。


 これ以上、産婆を待つことは出来ない、そう思ったメリーナは、マーガレットに自分は魔法が使えるのだと打ち明けた。


 それから、魔法を使って赤ん坊を産ませると告げる。

 信じて貰えるかは分からなかったが、マーガレットは何となく気がついていたと言い、お願いしますと頭を下げた。


 実はメリーナとて、魔法を使いお産を手伝うなど出来るかわからなかったが、言った手前何とか頑張った。


 そうして、無事に赤ん坊は産まれた。


 アレクサンドルとマーガレットによく似た、とても可愛い赤ん坊だった。


「名前はどうするの?」


 メリーナが尋ねると、マーガレットは微笑みを浮かべ、優しい声でその名を告げた。


「リラ」


 それはあの日、マーガレットがアレクサンドルに教えてもらった、彼の母上が好きだった花の名前。



 彼に、永遠の愛を誓った花の名前だった。



「……とても素敵な名前だわ」


 メリーナは溢れ出そうになる涙を堪えて、マーガレットに向け微笑んだ。


「でしょう?」


 リラの小さな手にそっと触れ、マーガレットは笑う。


「ねぇ、この目や口元はアレクに似てると思わない?」

「ええ、そっくりね。きっとかなりの美人に育つわよ、将来大変かも……(相手は決まっているけど……)」







 その翌日の深夜、アレクサンドルが数人の騎士達に支えられ屋敷を訪れた。


 子供が産まれた事を知り、ブノア大臣と侍従長や騎士達の助けを借りて、王妃の監視の目を盗み城を抜け出して来たのだ。



 その時は何らかの薬が盛られていたようで、彼の顔色は悪く、歩くこともままならなかった。

 しかし、その事をマーガレットに悟られない様に、アレクサンドルは気丈に振る舞っていた。


「ごめん……遅くなった」


 彼は、寝台に横になっているマーガレットの手を取り、ありがとうと言って口づけを落とす。


 そして、横に眠る赤ん坊を優しく見つめた。

 マーガレットとよく似た金の髪、白い肌に可愛らしい小さな唇。


「可愛いな……君に似てる……」

「そう? どちらかといえばアレクに似てるわ」


 その時、赤ん坊が目を開けた。

 その目は紺と金の混じるリフテス王族の色。


 アレクサンドルは目を細め、弱々しく赤ん坊に触れた。


 後になってブノア大臣から聞いた事だが、アレクサンドルが生まれたばかりの自分の子供に会い、触れたのはリラが初めてだった。



「私の色だ……私の子供だ……」


 嬉しそうに微笑み、壊れ物に触れる様にアレクサンドルはそっと赤ん坊の頬を撫でた。



 ……抱くことは出来なかった。



 今のアレクサンドルでは、子供を落としてしまいそうだったのだ。脚だけでなく、腕にもあまり力が入らない。


「アレク、私、この子に名前つけたの」

「付けてくれたの?」

「うん、きっとアレクはここには来ることは無いと思っていたから……」

「いいよ、マーガレットが付けた名前ならそれがいい」

「……あのね『リラ』って付けたの」


 マーガレットがそう言うと、アレクサンドルの目から涙がこぼれ落ちる。

 本当に嬉しそうな顔をして、彼は愛娘の名前を呼んだ。


「リラ」




 その夜、アレクサンドルがリラに会えたのは、ほんのひと時。


 彼は城を抜け出して来ている。

 早く帰らねば、連れて来てくれた騎士達や手伝ってくれたブノア大臣、侍従長に何かあるかもしれない。



「どんなに離れていても、何があっても、私の心は君だけのものだ」


 マーガレットにそう告げて、アレクサンドルは別れの口づけをした。





「メリーナ、この先私が此処に来ることは難しい。どうかマーガレットとリラを頼む」


 そう告げて、騎士達と共にアレクサンドルは屋敷を後にした。



 その言葉通り、それからアレクサンドルが此処を訪れる事はなかった。



 けれど、二人を見守る騎士達は周りにいる。


 時にはブノア大臣が絵描きに変装して、弟子だと言う本物の絵描きを連れ、二人の絵姿を書かせて持ち帰っていた。

 幼いリラが、横に座り真似をして描いた絵を持って帰った事もある。


 その絵姿ですら、アレクサンドルには渡されない。ブノア大臣が会う時にこっそりと見せているのだと聞いていた。




 どんなに会えず、離れていても、二人の愛は変わってはいない。


 愛する人に、会いたくても会うことの叶わない二人を思い、メリーナは切なくなった。




 どうにかしてあげられないだろうか……。


 メリーナが魔法を使い、アレクサンドルとマーガレット、リラを連れマフガルドへ行ってしまえば、と何度も考えた。


 けれど、傀儡の王とはいえ、アレクサンドルはリフテス王国の王様。


 連れて行くのは簡単ではない。


 アレクサンドルを国から逃し、自由にする為には少なくともこの国全ての人々から彼の記憶を消す必要がある。


 記憶の操作には、相当の魔力量を持っていなければならないのだ。


 メリーナ一人では、そこまでの事はさすがに難しい。




 ーーーー月日は流れる。



 アレクサンドルが屋敷を訪れなくなって五年が過ぎると、王妃の魔の手はピタリと収まった。


 側室のマーガレットに配当されるお金は、年々減っていた。

 そこにもどうやら王妃が関わっていたらしいが、マーガレットは気にしていなかった。


「平民出の側室が、こうやって暮らしていけるだけでも有難いわ」といつも笑っていた。



 ーーーー十年が過ぎた。


 アレクサンドルは一度も訪ねて来てはいない。


 けれど、マーガレットを守るための騎士達は今も側にいる。

 ブノア大臣も少し年を取ったが、まだその役目を果たしており、アレクサンドルを影ながら支えていた。



 リフテス王国は相変わらず、マフガルド王国と争いを続けている。



 メリーナはリラの成人を待って、マーガレットと、共にマフガルドへ帰ろうと考え、それをマーガレットに話した事がある。


「私の故郷に一緒に行かない? マーガレットとリラならきっと大丈夫だわ」


 彼女は一瞬目を見開いたが、すぐに首を横に振った。


「ありがとう、メリーナ。でも私、アレクの近くに居たいの。彼の思い出があるこの屋敷に居たい。……でも、ここを追い出されちゃったら、その時はメリーナの故郷に行ってもいい?」


「もちろんよ。じゃあ私も、マーガレットが屋敷を追い出されるまで側にいるわね!」


「やだ、やっぱり私追い出されるの?」

「冗談よ」


 そんな話をして、二人で笑い合った。



 こんなに長い間会えなくても、マーガレットはまだアレクサンドルを変わらず愛している。

 そして彼も、ここにマーガレットがいるからこそ城の中に閉じ込められていても耐えているのかも知れない。

メリーナはそう考えていた。





 


 リラが十六歳を迎える頃、忘れていた王妃の魔の手が突如マーガレットに襲いかかった。


 メリーナが目を離した隙に、マーガレットに毒が盛られてしまった。


 気が付いたメリーナが急いで解毒を試みたが出来なかった。

 その毒は、存在こそ知ってはいたが、メリーナは初めて目にする物だった。

 半年ほどかけて、体を蝕んでいく毒は、リフテス王国にはまだないはずの物。


 マフガルド王国の奥地に存在する、とても珍しい物だった。





「私の治癒魔法では痛みをとり除くことと、たった半年延命させることしか出来なかった……」


 メリーナは空のカップに目を落とした。

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