14:魔性の目
「そんな大振りな攻撃は当たらないよ?」
空を舞うリスラの声に嘲笑が混じる。
「うるせえ奴だな!」
ブレイグが黒い衝撃波を手から放つが、風の如き動きでリスラがそれを避け、代わりにとばかりに風の刃を放ってくる。
ブレイグは背後のシルを守る為に、迫る全ての風刃へと衝撃波を放ち相殺させるが、そのせいで手数が減ってしまっていた。
「そんな子は放っておいて、私と遊びましょ?」
リスラが手をパンと合わせると同時に風が轟き、竜巻となってブレイグを襲う。
「ちっ、器用なやつだな!」
人と比べ物にならないほど硬いブレイグの外皮がいとも簡単に切り裂かれるが、ブレイグの自己回復能力ができた傷を片っ端から治していく。
「はん、俺を殺したければ、嵐でも持ってくるんだな!」
無傷のままのブレイグがそう言って、リスラを挑発する。
「あらそう? なら、お言葉に甘えて――〝フォレストストーム〟」
リスラが両手を掲げると、その手から膨大な魔力が放たれた。
「えーっと。これやばそうなんですけど……!」
「良いから黙ってろ!」
シルの言葉を聞きながらブレイグは彼女の腰を掴むと、そのまま屋根の上から飛翔。
「凄い! 飛んでる!」
「舌を噛んでも知らないからな!」
そのままブレイグが地面に着地すると同時に轟音。
「……流石にあれは直撃したら死ぬかも」
シルの言葉と共に黒い渦が音楽堂を飲み込み、そのままバラバラに破砕していく。その残骸が渦の回転によって周囲に飛ばされ、辺り一帯へと飛来。
ブレイグも飛んできた巨大な壁の残骸を衝撃波で消し飛ばしながら、上空を睨む。
「ねえ、ブレイグの背中にいる方が安全なんじゃないの?」
「……かもな。しっかり掴まっておけ」
シルが背中からブレイグの首へと手を回し密着する。
「大層な口を叩いたわりには防戦一方ね、ブレイグ君」
上空から余裕そうに降りてくるリスラの言葉に、ブレイグが応える。
「なに、美人にはつい手加減をしてしまう性でね」
「そのまま死ぬと良いわ――色男」
リスラが風で周囲に散らばる残骸を浮かせるとそのまま射出。高速で残骸のつぶてが迫り来るが――
「そろそろ終わらせるか――〝ブラックダウン〟」
ブレイグが凶悪な笑みを浮かべながら右手を差し出した。
それは不可視の衝撃波となって前方一帯へと広がり――残骸が全て地面へと叩き付けられた。まるで、不可視の巨人の手によって地面に押し付けられたかのように。
やがて残骸はその圧力に耐えきれず、瓦解する。
「ア……ガッ……! この力は……!」
その影響はリスラにも及んでおり、彼女は地面に這いつくばっていた。その顔には怒りが浮かんでいる。
「ほう、流石に耐えるな。そもそもの体重が軽いせいで、効果が薄いせいもあるが」
「この力は……まさか……お前!!」
「そのまま死んどけ」
ブレイグが身動きを取れないリスラへと黒い衝撃波を放つ。
それはリスラのいた場所の地面を爆散させるが――
「っ! ブレイグ、上!」
シルの言葉と共に、ブレイグがバックステップ。上からの風刃を避けた。
「殺すコロスコロスコロス!!」
そこにいたのは、二回りほど小さくなったリスラだった。羽も二枚まで減っており、より蜂に近いフォルムになっていた。
「なるほど、一瞬で身体を変態させ、邪魔な肉を捨てて無理やり飛んだのか。俺が言うのなんだがむちゃくちゃだな」
「オマエもニンゲンもエルフもゼンブコロス!!」
「理性まで捨て去ったみたいだが」
リスラが魔力を放ち、風を起こす。風はやがて実体を帯びていき――
「あれは……どういうカラクリだ?」
ブレイグの目の前で――リスラが大群となった。何百という数になったリスラの羽音に、ブレイグは顔をしかめた。
「魔力で分身を作っているんだよ! あれ一体一体にさっきの嵐並の魔力が詰まっているよ!」
「なるほど……いわば動く爆弾ってことか」
「うん。でも、私なら……視える」
「ようやくお前をわざわざ背負った意味が出てきたな。シル、援護しろ!」
迫り来るリスラの大群に向けて、ブレイグが黒い衝撃波を薙ぎ払いながら叫んだ。
分身が砕けていくも、それを更に上回る数が押し寄せてくる。
「アハハハハハ!!」
どこからともなく、リスラの高笑いが聞こえてくるが、どれが本体かはブレイグには見当も付かない。
「キリがないな!」
迫る分身を一体でも撃ち漏らせば、ブレイグはともかく背中のシルはただで済まない。
「もうちょっとだけ……待って」
シルの言葉を聞きながらブレイグは集中して両手から黒い衝撃波を放ち、分身を撃ち落としていく。
「シネ! シネ! シネ!!」
何百という分身の群れはもはや大波となってブレイグを飲み込もうとしていた。
「――見えた! ブレイグ!」
シルがそう言うと同時に、ブレイグの頭を掴んだ。
そして――狂気の魔女と忌み嫌われたブラックウッドの民であるシルが持つ能力の一つ――感覚共有によってその視界がブレイグへと伝わる。
「――そこか」
ブレイグが地面を蹴って疾走。両手のブレード状にした黒い衝撃波で目の前に迫る分身達を薙ぎ払い――そして驚愕した表情の一体へとブレードを突き立てた。衝撃波がリスラの中で爆発し、その身体を引き裂いていく。
そして、迫り来る分身全てが風となって霧散した。
「なん……で?」
「ブラックウッドの魔女の目――〝魔性の目〟を知らなかったお前の負けだよ」
その言葉を聞いて、リスラがブレイグの背負われたシルの紫色の瞳を見た。
「だから……その子を……」
「たまたまだよ。居なければ、もうちょい苦戦してたかもな」
「ちょっと! そこは、〝こいつのおかげだぜ!〟 ぐらい言ってよ」
不満そうなシルの言葉を無視して、ブレイグが身体がズタズタに引き裂かれてなお、まだ生きているリスラを見つめた。
「死ぬ前に教えろ。なぜ裏切ったんだ。俺がいなかったところで遅かれはやかれ裏切っていたらこうなっていた。裏切るにしてもタイミングがあっただろ。なぜ、今なんだ」
「ふふふ、君は何も知らないんだね……私は……この任務が終わればきっと……処分されていたから。だからここで動かなければきっと……何もできなかった」
「どういうことだ」
「封印厄災計画……ブレイグ君……君も分かっているんでしょ? 私達は……しょせん……人間のて……き……」
最後まで言い切ることなく――風妖精リスラは息絶えたのだった。
「終わったね」
「ああ。今回はちょっとだけ……疲れたな」
ブレイグはシルを背中から降ろしながら、煙草に火を付けた。
こうして、ブレイグの【ラ・エスメラルダ】潜入調査は終わったのだった。
次話で二章終了です




