13:風妖精
死体となったラゴルを見下しながらリスラが冷たく言い放った。
「――貴方の信用を得て、顧客リストを手に入れましたから、もう貴方は不要です」
ラゴルが目の前であっけなく死ぬも、ブレイグは動かない。
「……リスラ、お前もギルドに捕らわれたのか」
彼女が人外だと分かり、ブレイグが皮肉めいた笑みを浮かべた。
「そう言う貴方もそうなのね、ブレイグ君。お互い、難儀な組織に捕まったものね。まあ私は自ら檻の中に入ったのだけど」
「対価は……復讐か」
ルカの言葉を思い出して、ブレイグが目を細めた。〝ラゴルの生死については、彼女に任せてほしい〟
「ええ。我々【風妖精】は言わばエルフ達の守り神のような存在。だけど、愚かにもこの男は金欲しさに【風妖精】の子をこっそりと連れだし、そして売りさばいた。その中には……私の子もいた。そうして怒り狂って暴れ回った私は、とある冒険者によって死の淵まで追いやられ、そして彼と共にいたギルドの者に誘われたのよ――その復讐に手を貸してやろうかと言われてね」
ブレイグはその言葉を聞き、思わず苦笑いしてしまう。
それじゃあまるで――俺と同じじゃないか。
「私の子達が売られた先はもう把握したわ。ラゴルにも復讐できた。そしてギルドの望んだ、【ラ・エスメラルダ】の内部情報についても、まとめた情報を先ほど全て伝えておいた。貴方のおかげで彼らが焦り、管理が粗雑になって、ラゴルの信頼を得た私にも情報が回ってきたおかげね。ならば……もうギルドとの約束は果たされた」
「どうするつもりだ?」
ブレイグがゆっくりとシルを背中から下ろした。そして、彼女を鐘楼の中へと入るように静かに指示を出した。
「当然――子を取り返しにいく。そして、ギルドとの約束を果たした以上は――彼らの命令を聞くつもりはない」
「【拘束術】はどうするつもりだ。当然、掛けられているんだろ?」
「ああ。それなら……とっくの昔に自力で解いたよ? 掛けられているフリはずっとしていたけれど」
そう言って、リスラは左手に赤い紋章を浮かべた。その紋章は淡く発光すると――パリン、という音と共に砕けた。
「【風妖精】は魔術に長けている種族だが……それ自力を解くとはな。だとしたら……」
この潜入調査の真の意図に気付いたブレイグがため息をつくと、煙草を取り出し火を付けた。
「ちっ、嫌な仕事だよ」
「……私がいるのに、わざわざギルドが貴方を潜入調査させたのは――万が一私が裏切ったら……それを始末する為、だよね?」
「だろうな。できれば……したくない仕事なんだが」
「残念だよ、ブレイグ君。私がただのエルフで、貴方がただの少年で、【ラ・エスメラルダ】が普通のパーティだったら……きっと私達が上手くやれていたのに」
リスラが寂しそうな顔でそう微笑んだ。
「だが、現実は往々にしてそうはならん。お互い、ままならんな」
ブレイグが屋根の上へと踏みだした。
拘束がない以上、彼女をこのまま野放しにしておけば、そのリストにいる顧客とやらを襲いに行くだろう。例えその顧客が反吐が出るようなゲスであり、魔物の売買という法律を犯している犯罪者であろうと――元同僚による復讐を、ブレイグは看過するわけにはいかなかった。
「リスラ。現場判断でお前を危険分子と認定。大人しく捕縛されるなら良し。抵抗するなら――その生き長らえた命、ここで尽きるぞ」
そんなブレイグの言葉に、リスラが笑った。その身体に風が纏わり付き、姿が変化していく。
背中からはまるで昆虫のような羽が左右に六枚ずつ生え、その頭部には触角。顔はエルフのそれではなく、どちらかといえば、蜂に近いような形状になり、人間と似たような身体には薄いヴェールを纏っていた。
まるで美女と昆虫を混ぜ合わせたようなその見た目は、本能にそれが危険な存在だと訴えていた。
「あれが……【風妖精】」
シルの呟きに、ブレイグが頷く。
「しかも、長老級だ。シル、さっさとここから放れろ。下手したら……この音楽堂がなくなるぞ」
「嫌。ブレイグの側にいる」
その頑なな言葉に、ブレイグはため息と共に煙を吐き出した。
「やれやれ……じゃあせめて、俺の後ろから出るなよ。でないと……安全は保証しきれないぞ」
「うん」
「さて……じゃあ、リスラ。お前に関しては査定は無しだ――零式拘束術……50%解放」
ぞわりと空間が震えるような錯覚を目にしてシルは肌が粟立つのを抑えることができなかった。
「ふふふ……それが貴方の本気?」
「まさか。だが、これで十分だ」
「【風妖精】の力……見せてあげる!」
リスラの言葉と共に、風が轟き――そして二体の怪物による戦闘が始まった。
☆☆☆
「――ルカ様。市場の制圧および捕縛、ほぼ完了しました。資料も押収してすぐに調査を開始します」
部下の報告を聞いて、赤毛の背の高い受付嬢――ルカが頷いた。
「ご苦労様。音楽堂は?」
「制圧済みですが、現在屋根の上にて大規模戦闘が行われており近付けません。一人はブレイグ様ですが……」
「……やはりそういう事態になったのね。ありがとう。そこはブレイグに任せて他に戦力を回して。下手に干渉すると巻き添えを食らうわよ」
「はっ!」
去っていく部下を見て、ルカは手元の資料へと目を落とした。
「――〝封印厄災計画〟にまさかまだ秘密あっただなんて……はあ……めんどくさ」
そこには、ルカがこの潜入調査の任務を受けてから、回ってきた情報が記載されていた。
封印厄災計画――それは人ならざる者を捕縛、拘束し、条件と引き換えに戦力や諜報員として徴用するという計画だ。計画自体については、ルカも当然知っていたし、深く関わっているのだが――どうやらまだまだ見えていなかった暗部があることが分かって、彼女はため息をついた。
彼女はめんどくさそうに、その資料を仕舞うと、微かに揺れる天井――その更に向こう側で戦っているであろうブレイグに語りかけるように呟いた。
「頼みましたよ――ブレイグ」
次話で決着です。




