12:彼女の選択(ざまあ回)
「なんで……?」
シルが泣きそうになりながら、そう問うてきた。
「言ったろ? 希望は叶うって。シルの目の奥に――助けて欲しいって叫びを見たからな。だから助けにきた」
ブレイグがかっこつけながら、シルの手錠をあっさりと千切ると、床へ下ろした。
「くそ……! くそ!!」
そんな二人を尻目にラゴルが悪態を付きながら、音楽堂へと続く通路へと逃げていく。
同時にオークション会場へと繋がる扉から、入ってきたのはギルド執行部の制服を身に纏った青年だった。
「ブレイグ様。オークション会場はほぼ制圧完了」
「了解。流石はルカの部下だけあって手際がいい。ここの連中の保護を頼む」
「はっ! ブレイグ様は?」
「査定結果を伝えている途中で逃げ出した愚者に引導を渡しにいく。じゃあ、達者でなシル」
そう言って、ブレイグがシルの頭を撫でると同時に走り出した。
「――私も行くっ!」
「あ、ちょっと君!」
背後でそんな声が聞こえたので、ブレイグが振り向くと、
「シル、なんで付いてくるんだ!?」
シルが執行部の青年を振り切ってブレイグの後を追って走っていた。
「だって――貴方は希望だもん! もう逃したくない!」
「この先は危険だぞ!?」
「大丈夫! こう見えて、私、結構強いんだから! それにいざとなったら……貴方がきっと守ってくれる」
「……なんだその根拠ない自信は」
ブレイグはそう言いながら、なぜか懐かしそうに笑ったのだった。
「……お願い」
シルの瞳を直視出来ずブレイグがため息を付くとシルの体を、まるで荷物のように小脇に抱えた。
「大人しくしてろ」
「……もうちょっとロマンチックな抱え方ないの?」
「注文の多い奴だな」
「これじゃあまるで私が荷物じゃない。お荷物は嫌」
ブレイグは反論するのを諦めてシルを背中へと移動させる。
「しっかり捕まってろよ」
「はーい!」
シルがブレイグの首へと手を回して元気に返事をした。先ほどまで絶望していたとは思えないほどの豹変っぷりにブレイグは、この年ごろの女子はそういうもんかと諦めた。
「あはは、はやーい!」
「黙ってろ! 舌を噛むぞ!」
「噛んでもすぐに治るから平気だもん」
「そういう問題じゃねえ」
血で濡れる階段を五段ずつ飛んで駆け上がっていくブレイグはやがて、音楽堂へと辿り着いた。
音楽堂の中は、既に混乱状態だった。エルフ達が、突入してきたギルドの戦力や冒険者達と戦闘を行っており、そこら中に悲鳴や怒号が飛び交っている。
「ブレイグ、さっきのエルフはあっち。上に登ってる」
シルがそう言って、音楽堂の一番奥にある扉を指差した。
「あん? なんで分かるんだ」
「そういう眼だから」
「ああ……そうだったな」
ブレイグがそちらへと走り、扉を開けると――その先は螺旋階段になっていた。
「上にいる。もう一人……多分女性? もいるみたい。でもあの人……」
「ふっ、便利な眼だな。そんなことまで見えるのか」
「そうでもないよ。嫌な物ばかり視えるから」
「そうか」
ブレイグが螺旋階段を昇っていく。
そして、上がりきった先にあったのは――鐘楼だった。
鐘楼から、音楽堂の屋根へと続いており、そこにラゴルと――リスラが立っていた。
リスラを見た、シルが声を上げた。
「あの人……やっぱり」
しかしその言葉を掻き消すようにラゴルが叫ぶ。
「くそ! 追い付かれたぞ! リスラ、早く回復魔術と隠蔽魔術を使え!」
ラゴルが血塗れの両手を振り回しながら、ブレイグ達を睨んだ。
「――この音楽堂も制圧されつつある。お前も【ラ・エスメラルダ】も終わりだ、ラゴル」
「ほざけ!! くそ! ガキに変身できるなんて反則だろ!」
「……君、もしかしてブレイグ君?」
リスラがラゴルとは正反対に冷静なまま、ブレイグを見て目を細めた。
「ああ。短い間だが、世話になったなリスラ」
「なるほど……君も私と一緒だったんだね」
「どういうことだリスラ!?」
喚くラゴルを見て、リスラがニコリと笑った。
「ブレイグ君の言う通り――貴方はもう終わりです」
「まさか……まさかお前も!?」
「そのまさかですよ」
ラゴルが後ずさりするが、リスラは追わずに笑みを浮かべたままだ。
「嘘だ……だってお前は同族で、故郷を焼かれた恨みがあって……」
「私は――同族ではありませんよ。他種族は認めず、エルフこそ至高と謳うわりに――そんなことも見抜けないなんて」
「どういうことだ……どういうことだ!!」
「ラゴル様は、思ったよりも頭がずっと悪いですね。先例が――すぐそこにいるじゃないですか」
そんな二人のやり取りをずっと見ていたブレイグに、シルが不思議そうな声を掛ける。
「……なんか盛り上がってるけど。あの人、ブレイグと似ているね。中身は全然違うけど」
「ああ。俺よりもずっと上手だ。なるほど、あの時の違和感はこれか」
ブレイグは初めてリスラと会った時のことを思い出した。
エルフは男女差がほぼなく、一見するとどちらか分からないのに、なぜか彼はすぐにリスラが女性であると見抜いた。
「今なら分かる。はん、なるほどなるほど、いくら形態を変えていようと、エルフではないと本能的に分かったから確信できたのか。それにあの乳香の香りは……そうか、分かったぞあいつの正体が」
乳香とは、とある樹木から採れる香料の一種だが、ブレイグはそのとある樹木を特に好む種族について心当たりがあった。それは森に住むエルフにとっては身近かつ畏怖すべき存在のはずであり、逆にその種族が姿を偽るのなら……その姿はエルフしかないだろう。
「あの人も味方?」
「さて……どうだろうな」
ブレイグの声と共に、ラゴルの悲鳴が上がる。
「ぎゃああ!! た、助けてくれええ!!」
ラゴルが必死に屋根の上を這って、こちらへと逃げようとするが――
「あぎゃああ!! 足がああああ!?」
その足が、まるで見えない刃物か何かで切断された。
「貴方は覚えていないかもしれないですが……貴方が過去に売りさばいた者達の中には……私の子もいたんですよ」
「あああ……痛い……痛いいいいいい」
「【風妖精】は好事家に高く売れますからね。貴方はそれが森の禁忌だと分かっていながら、手を出した」
「ま、まってくれ……あれは違う! あれは違――」
ラゴルが最後まで言葉を言い切る前に――風が吹き、そしてラゴルの首が飛んだ。
ラゴルさんはあっけなく死にました。ですが、まだこれで終わりとはいかないようです。