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となりの加藤さん  作者: 深澤 桐生
第一章 九十七代目

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第十二話

 翌日も一日疲労困憊で山道を抜けていくと、日が傾くころには丸眉様の目的地だという集落に着いた。

 その夜の宿とした屋敷には、武家……というには粗野さの際立つ地侍が大勢集まっていて、大事な話でもあるのか俺は丸眉様から解放されてゆっくりと寝ることができた。

 翌朝、身支度を整えていると、丸眉様に声をかけられる。


「刀鍛冶よ。我らはここでお別れじゃが、彼らは大和まで行くゆえ、同道してもらうとよい」


 山伏姿が数名、こちらを見ている。

 なるほど、丸眉様がいなくなるとなるということは、護衛がいなくなるということだ。

 まだまだ山道は続くとのことなので、丸眉様の心遣いに感謝して同道することにした。


「いずれまた会おう」


 そう言って別れる丸眉様に挨拶すると、再び山道に入っていく。

 日が南天の頂きに達するころ、先頭を行く山伏が手を横に出して制止の合図を送ってきた。

 何かあったのか訊こうとしたが、どうも話をしていい空気ではないので成り行きを見守る。


「走れ刀鍛冶!」


 山伏がそう言うと、一斉に駆け出す。

 慌ててそれに倣って走り出すが、一瞬で最後尾になる。

 何かわからないが、後ろから追いかけてくる足音がいくつも聞こえる。

 前を行っていた山伏がふたり、こちらへ向かってきた。


「そのまま行け!」


 すれ違いざまにそう言われて懸命に走るが、息ばかりが上がってなかなか進まない。

 すると、ひょいと襟を引っ張られて放り投げられた。

 身体の重みが抜けるような感覚があったかと思うと、どすっと硬いものの上に落ち、腹の空気が押し出される。


「ぐぇ」


 必死にしがみつくと、そこは相棒の背中の鞍だった。

 激しく揺れる相棒の背から振り落とされないように、無我夢中で木々の間を抜けていく。

 途中、相棒が後ろ足で何かを蹴ったような鈍い音が響いた。

 荷物に加えて俺を背負っているせいで、足が遅れているのか。

 もはや追い付かるのは時間の問題に見えた。

 命には代えられない、と覚悟を決めると、背中から落とされないように身体を鞍に縛り付ける。

 そうして身体を固定すると、家財道具をいくつかほどいて後方に投げ捨てた。


「これで少しは足が速くなろう」


 うめき声のようなものを残して気配が消える。

 そのまま小一時間走り続けて、気が付くと山伏たちの姿もなくなっていた。


「あれ……おーい! 誰かおらんか!」


 周囲に呼びかけるが、返ってくるのは静寂のみ。

 そもそもここがどこだかわからない。

 丸眉様に送り出されて一日と経たずに、見事に迷子である。

 よりにもよって、日も傾きかけてきたというのに、どうしたものか。

 気付くと相棒も見当たらない。

 どこかから野犬の遠吠えまで聞こえてきた。

 空気も冷えてきて、心細さに拍車をかける。


 ぶるるるるッ!


「わひゃぁ!?」


 耳元で立てられた音に飛び上がって振り向くと、相棒がすぐそばにいた。

 相棒はこちらと目が合うと、ついてこいとでも言いたそうに歩き出す。

 慌てて追い付き手綱を握りながら、引っ張られるまま坂を下って行くと、川原に出た。

 相棒は得意げに鼻を鳴らすと、手綱を咥えて俺の手から取り上げ、水辺近くの草を食みだした。

 身勝手を通り越して世話いらずだった。

 むしろずっと俺が世話をされてる気がしてならない。

 京に着いたら何かうまいものでも食わせてご機嫌取ったほうがいいだろうか。

 そんなことを考えながら、相棒の背の荷物を確認する。

 鍋は残っていたが、釜や碗などの食器類が見当たらない。

 衣類の一部と布団もなかった。

 これは寝るのに苦労しそうだ。

 近くを回って木切れを集めて火をおこす。

 鍋に張った水に、申し訳程度の米と荷物を縛るのに使っていた芋の蔓を少し放り込み、パラパラと塩を振る。

 蔓に染み込ませていた味噌が溶け出して、いい具合に味がついただろうと思って匙ですくう。


「うん、知ってた」


 多少色がついたところでほとんどが水である、味なんてないようなものだった。

 腹の足しになったかも怪しいが、腹に入れておかなければ動けなくなるだろう。

 何とか平らげ、労うように相棒の毛をすいてやる。

 一通り終わって近くの木の根元に落ち着くと、そのまま寝ることにした。


 日の光と馬の鼻息に起こされ、周囲を見るとそこは小さな集落の端っこだった。

 家々のほうでは既に人の動く気配がある。

 ひとまず顔を洗い、昨日と同じく鍋に芋の蔓と米を入れて水で炊く。

 無理矢理に腹を満たすと相棒を連れ、野良仕事を始めた村人に声をかけた。


「ちょっといいか」


「なんだべ、おめぇさん」


「旅の者だが、京はどちらかわかるか?」


「みやこはあっちじゃな」


 太陽と反対の方向を指される。

 そちらには行く手を阻むように山がそびえている。

 ちょっと越えられる気がしない。


「ははは、そこな山越えるは骨が折れるけぇ。未申のほうへ回って山ひとつ越えれば、奈良まで真っ直ぐだ」


「まっすぐか」


「まっすぐだ」


 礼を言って村人と別れると、教わった方向へ歩いて行く。

 昨日までの苦労が嘘のように、平穏無事に山を越えると、ずいぶんと開けた場所に出た。

 山もあるが、ずっと遠くにしか見えない。

 ところで先ほど聞きそびれてしまったのだが。


「奈良とは何だろう?」


 相棒が、呆れたように嘶いた。


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