1.女神に恋した日
数ある作品の中からお越しいただきありがとうございます。最後まで楽しんでいただけたら幸いです。
ちょっと、変更させていただきました。
「神代翔也さん、長年本当にありがとうございました!」
その言葉と同時に、会場は盛大な拍手に包まれた。
俺は神代翔也。今年で六十五歳。今日、定年退職を迎えた。
四十年以上勤めた会社での最後の日。 周囲は笑顔で俺を送り出してくれる。
だが――胸の奥には、言葉にできない空白だけが残っていた
みんな俺のために退職式へ集まってくれた。長年の労をねぎらう感謝の言葉が贈られ、時には涙を流す者さえいる。
嬉しかった。
胸が熱くなるほど、嬉しかった。
それでも――胸の奥にぽっかりと空いた穴だけは、最後まで埋まることはなかった。
仕事に追われるうちに、気づけば六十五歳。
恋も、結婚も、自分の夢さえも、いつしか「家族のため」という言葉に置き換わっていた人生だった。
それでも、後悔がないと言えば嘘になる。
ドラマで見るような恋を、一度くらいはしてみたかった。
生涯を共に歩む妻と出会い、愛し合い、子どもの成長を見守りながら歳を重ねる――そんな、ごくありふれた幸せも味わってみたかった。
その願いだけは、叶わないまま人生を終えようとしていた。
それが、長年押し殺してきた感情が一気に溢れ出したからなのか。
突然、胸に激痛が走った。
「ぐっ……!」
息が詰まり、膝から力が抜ける。
周囲の声が遠ざかり、視界はゆっくりと暗闇に染まっていった。
――これで、終わりか。
そう思った、その瞬間だった。
ふわりと、どこか懐かしくも優しい香りが漂う。
花のようでいて、どこか陽だまりを思わせる不思議な香り。
消えかけていた意識は、その温もりに包まれるように静かに呼び戻されていった。
ゆっくりと目を開ける。
目の前には、どこまでも続く白い花畑が広がっていた。
一輪一輪が淡い光をまとい、風に揺れるたびに星屑を散りばめたように煌めいている。
幻想的な光景に、俺は思わず息を呑んだ。
ふと自分の手を見る。
皺だらけだったはずの手は若々しく、力強さを取り戻していた。頬へ触れると、肌も髪も、老人だった頃とはまるで違う。
「……若返ってる?」
その時――
さらり、と花を撫でる風に混じって衣擦れの音が聞こえる。
振り返ると、花畑の中央に、一人の女性が立っていた。
腰まで届く銀色の髪が風に揺れ、澄み切った蒼い瞳が静かにこちらを見つめている。
白い衣は花々の光を受けて淡く輝き、その姿は、人とは思えないほど神々しく、
――あまりにも、美しかった。
そして何より……まずい。
俺は今、とてつもなく焦っている。
家族や仕事で関わった女性ならともかく、それ以外の女性とはほとんど話したことがない。
ましてや、こんな息を呑むほど美しい女性など、生まれて初めてだ。
彼女はただ、優しく微笑んでいた。
その笑みだけで、不思議と胸が温かくなる。
「魂は、その方が最も輝いていた姿で現れます」
『魂』⋯つまり若返ったではなく、これが俺の魂の形なのか。
「ようこそ、神代翔也さん。」
澄み渡るようなその声は、不思議と心を落ち着かせる響きを持っていた。
その微笑みと声に触れた瞬間、不思議と胸の痛みも、不安も消えていった。
その声に思わず聞き入ったのも束の間。
「……えっ?」
俺は思わず目を見開く。
「どうして、俺の名前を……?」
女性は何も答えず、柔らかな微笑みを浮かべたまま、小さく首を傾げた。
その仕草さえ、どこか神秘的で目を奪われる。
この時の俺は、まだ知らなかった。
目の前の彼女が女神であることも。
そして、この出会いが、俺の運命を大きく変えることになることも。
この作品が私の第1作品となります。




