おまけと優しさ成分だけで出来てるっぽい鬼たち
「ここからコルまで四日もかかるのか」
「朝から晩まで楽しい旅路がね」
ざわざわする食堂の隅で、ガイが感慨深く呟いた。すると空にした料理皿の枚数をさらに増やしつつあるギードが、嬉しそう勢いよくガイに相槌を打つ。
ギードはガイをガイ兄さんと呼ぶだけあって、かなりのガイ好きだ。だからかギードはガイが何か言えば必ず応える。無視しない。
それを見て私は、嫌な顔一つしないガイっていいお兄さんだなって思う。
単なる独り言を一々拾われるのもストレスだよね。
「ここまでの五日間、俺は一体何をしていた」
「可愛い女の子を遠くから愛でるモジャ?」
「ぷっ」
ギードの相槌はツッコミでもあるみたい。
思わず笑っちゃったけど、机の下でガンって何かを蹴る音がして私は凍った。
ガイがギードを蹴ったの? ガイも蹴る人なの?
「ガイ。ギード。いい大人が幼獣みたいなじゃれ合いは止せ。サーエが脅える」
「あ――すまなかった。サーエ。君を脅えさせてしまった」
「俺も謝る。兄さんをちょっと揶揄い過ぎた」
「い、いえ。あなた方が私に何かするって思ってない。わ、私こそごめんなさい。気を使わせてしまって」
「いや。俺が悪い。俺は何も君にしないから。できないから」
ガイが反省どころか落ち込んで、がくっと首を下げた。
そのせいで赤味が強い焦げ茶色の髪が、ぶわっと動いて彼の顔までかくしてしまった。なんか、連獅子の髪洗いみたいだって思ったら、ふふっと笑い声が出た。
うん、ガイは中学の男子じゃない。モッサモサな熊さんで優しいモジャだ。
爆発したようなモサモサの髪に、口元が隠れるぐらいのぼわぼわの髭。
頭を下げている今は頭から小さな角がちょこんと見えて、なんだかごめんなさいしている犬みたいにも見える。
印象が獅子だったり熊だったり犬だったり。
でも、ガイが優しいのはいつだって変わらない、から。
「も、もう怖がっていないから大丈夫よ」
ガイは勢いよく顔を上げたが、それでもなんだか心配顔だ。
「サーエ。無理していないか?」
グレンが私を気遣ってくれた。
そうか。ガイも私が無理してる気がして、それでそんな顔付なんだ。
私は「大丈夫」とグレンに答え、それからガイに向けて拳を突き出した。
「えっと、ガイ兄さんを殴りたい?」
「いえ。あの、私の世界で拳と拳を付き合わせるのは、あの、相手を認めて尊敬しあうフィスト・バンプってやつで。……そうだよね、違う世界だった」
私は拳を作った手をひいて。
「待て待て待って。サーエ、その手はそのまま」
ギードが慌てて声を上げ、ガイは拳を持ち上げて。
すると、引きかけた私の拳に、ギードの拳がこつんと当たった。
ギードさんの拳?
「おまっ、抜け駆け」
「ガイ兄さんが鈍臭いのが悪い。それに俺もサーエに尊敬して欲しいし、俺こそサーエを尊敬してるし。ねえ。いいよね」
ギードは朗らかにニパッと笑う。
綺麗な黄緑色の瞳をキラキラさせた気安いその笑みに、ゴールデンレトリーバーのゲン太君の笑顔を思い出す。
「いいです」
「ほーら」
「それでは、俺にも」
「サーエ、ガイにはしてやらなくていいから」
「グレン。ここで裏切るか」
「ガイ。残念だよ。拳を作ってそわそわしている姿に、これが長だと思うと、真に残念この上ないんだよ」
「「ぷす」」
私とギードは同時に吹き出す。
グレンもギードも本当に優しい。ガイに酷い扱いをするのは、ガイがギードを蹴った行為に脅えた私に、ガイは怖くないよ~と教えているのだ。
私は改めてガイに拳を向ける。
彼はふわっと嬉しそうな笑み(口元は髭でわかんないから目元だけね)になると、私の拳に自分の拳をこつんと当てた。
「尊敬してるよ」
「私もです」
「いい子だな、サーエは」
グレンは私の頭を撫でる感じで引き寄せる。
彼を見上げれば、……いつものお母さんな顔つきになっていた。
心配しているよって顔。
「大丈夫ですよ」
「いつもそれだ。確かにサーエはここまで一度も弱音吐かなかった。だが、本当に大丈夫なのか? 無理していないか?」
「私はどれだけ虚弱なのですか」
商人達のキャラバンとの移動中で私がした事と言えば、朝と夕方の飯作りだけ。昼ご飯はこの世界には無いらしいし。あとは馬車の中で揺られるだけ。旅の二日目の夜にふかふか毛皮をガイから貰ったから、馬車の中でお尻が痛くなることも眠る時に寒いことも全くなかった。
当のガイは馬車を抜け出して狩りに言ってたことをグレンに凄く怒られて、でもそれでまたどこかに行っちゃうよりもってことで交代制で外に出して貰えるようになったのよね。
私はあの毛皮を貰えたことには感謝している。動物を殺して毛皮にするなんて、なんて事を言わない。魔獣は討伐しなきゃいけない存在だとしても、殺された命として死を悼み、恵みを与えてくれた事を感謝するべきだと思うから。
毛皮のフワフワのお陰で馬車の揺れが軽減出来て、酔う事も無かったのだし。
ただ、毛皮の感謝をガイにすると、「もっといいものを狩ってやる」と返って来たので困った。「これを一生大事にするからもういらない」と答えると、なんか怒ったような顔になるし。
「変な顔して。やっぱり疲れてるか? それとも悩み事でもあるのか?」
グレンお母さん! 心配が尽きなさすぎ!!
えっと、どうしても私が残念だって思っていることを聞きたいならば。
「ええと、明日は直ぐにハリシュを発つのが残念かなって。今日はこうしてお夕飯したあとは、宿の部屋に戻って眠るだけでしょ」
「この宿は風呂もあるぞ。サーエが配ってくれた体拭きでスッキリはできたが、やはり湯が一番だ。今日は湯で垢を流してから寝るんだぞ?」
どんだけ子ども扱いだ!
「も、もちろんお風呂に入ります。――そうじゃなくて。せっかくの大きな街だから、どんな町なのか少しだけ散策してみたいなって思って」
ぴたっと静かになったと思えば、私と話してたグレンだけじゃなくガイもギードも私を無言で見つめていた。表情は共通。無表情埴輪状態。きっと「何言ってるのこいつ」って思ってるに違いない。
で、そこで気が付いた。私達は逃亡者でしたねって。
私ったら凄いお花畑の脳みそでしたね。
もう恥ずかしい。てか、わかったから、こっち見んな!!




