プロローグ
よちよち歩きの幼児がこてんと転がった。
コテンどころか砂埃がぼわっと舞った――大転びだわ。
顔面思いっ切りぶつけちゃってる。
立てた偉いねって褒めてあげるにはちょっとバイオレンスな転びかた過ぎるわね。
私は慌てた感じでその見ず知らずの幼児に駆け寄ろうとしたが、ぐいっと腰に腕が回されて後ろに引っ張られ、持ち上げられて抱き上げられただけだった。
「サエ。君は自分の大きさを考えた方がいい」
呆れを含んだ低い声に私ははっと気が付く。
私と幼児の間には五十メートルほどの距離がある、私は遠近法な錯覚してる、と。
そう、ここは鬼族の住む村、あの子は鬼子。
転んだ幼児は私が知っている幼児ではないのだ。
遠くからじゃ普通の二歳児ぐらいにしか見えない外見だけれど、近寄れば五歳児ぐらいの大きさがあるはずだ。そして力は中学生の男子ぐらいはあるはず。
でもって、転んだぐらいじゃびくともしない強靭な肉体持ち。
「あのぐらいの年齢の子は力の加減できない。サエの方が怪我してしまう。子供には近づくな」
私こそを幼児か猫抱きしている男性は、私こそあやさなきゃいけない存在のようにして、背中をポンポンと指先で叩く。
低くて素晴らしいバリトンの声。でも地獄の底の閻魔大王かと思うぐらいに良い声すぎてよくとおるから、打ち鳴らされる太鼓の傍にいる時みたいに私の体の芯まで響く。びりびりって。
私は彼を仰ぎ見る。
赤みが強い焦げ茶色の髪に、赤みがかった琥珀色という柘榴石の原石みたいな綺麗な瞳。そして、均整がとれているがしっかりとした筋肉による肉厚さもある、二メートルは超えるだろう体躯。
その体についている顔は、真っ直ぐな鼻梁に秀でた額に彫りの深い目元と、体つきに負けないしっかりとしている整ったものである。
うん、まるで小説の中に出てくる主人公を助ける戦士か騎士様だ。
ただし、私にはデカ過ぎて、父と弟が好きだったロボットアニメのロボットにしか見えないけれど。
私が彼をぼんやりと見つめていると、彼はくしゃっと嬉しそうな笑顔になった。
「サエは俺に抱かれるの好きなんだな」
「言い方!」
私は彼の胸をぽかぽか叩くが、それこそご褒美って顔になる。
それもそうかも。
彼、ガイ・カリブンクルスは、「私の夫」なのだ。
それも、真名を与え合い生涯を誓った、という。
びゅうっと強めの風が吹いて、ガイの髪の毛がフワってそよぐ。
髪の毛の間から三角形の突起物がちらりと覗く。
彼の体が大きいのも、幼児が通常よりも大きいのも、ぞれぜんぶ、彼等が鬼族だからなのでる。
全く、今の私の現状にタイトルをつけたらこうだわ。
聖女召喚に巻き込まれたけれど殺されかけたので、城の地下牢に収監されていた鬼族の長と結婚して彼の故郷に逃げました。
逃げてばっかりね、と考え、すぐに逃げるのは神様のせいだって思い直した。
確かに私はあの時神様に「逃げたい」と祈ったけれど、逃げたかったのは「あいつ」からであって、「異世界に逃げたい」などと思っていない。
それも、「あいつ」と一緒に異世界転生したいなんて願うわけないです!




