26-1 震える強さ
織田軍は近江奪還のための大規模侵攻を敢行。
頼朝軍も至急に対応策を講じ、出陣準備を急ぐ。
赴任早々、これまで目にしたことのない織田の大軍を目にして震えと戦う、幼き源梢。
その梢に近寄る武人がいた。頼朝軍に下った、可児才蔵であった。
■織田侵攻対策、緊急の軍議
天正十三年(1585年)九月。
四月に近江の諸城を落とし、休息と再編を進めていた頼朝軍のもとへ、音羽城に赴任したばかりの養女・源梢より急報が届いた。織田軍が総力を挙げた軍事行動を開始、先鋒二万が音羽城を包囲しつつあるというのだ。
筆頭家老・羽柴秀長は、ただちに那加城の頼朝、義経、出雲阿国を評定の間に呼び集めた。
秀長「申し上げます! 此度の織田軍の動き、尋常ではございませぬ。
越前からは北近江経由で南下、畿内の軍勢は安土と大和へ分進、伊勢の軍も伊賀を経て音羽城へ迫っております。三方面からの総力侵攻、拙者はそう見ております!」
秀長は広げた地図に手を走らせる。
秀長「対応策は三つ。
第一、畿内から安土へ進む軍は、西方の武佐の砦にて早雲殿・輝子殿が迎撃。
第二、越前からの軍は、義経様と梓様が長浜・佐和山に布陣し、琵琶湖両岸から挟撃。
第三、大垣の頼光隊と岐阜のトモミク隊は愛知川に布陣、武佐で撃退が済み次第、ただちに音羽へ転進し包囲軍を挟撃――これが骨子にございます」
義経は頷きながらも、唇を引き結んだ。
義経「……布陣は妥当じゃ。されど音羽城救援は遅れよう。梢殿が心細かろうが、城は持ちこたえられるか」
秀長「城下の開発は未熟ですが、城郭の改修は進んでおります。加えて櫛橋光殿、横山喜内殿、富田重政殿、可児才蔵殿らが守備につきますれば、包囲にも耐えましょう」
義経「……そうか。とはいえ、年若き娘が赴任早々に大軍に囲まれるとは、あまりに酷よな」
頼朝が口を開く。
頼朝「織田の捕虜との謁見で、可児才蔵殿がわしを偽善者呼ばわりして笑ったことがあった。怒りより、その胆力に戦慄した。
だがその才蔵殿が我が軍に残り、音羽行きを快諾した。不思議なものよ……梢殿を守るには、むしろ頼もしき存在に思える」
秀長もうなずいた。
秀長「あの者は奇矯に見えて戦場では恐ろしく強い。必ずや梢殿をお守りいたしましょう」
頼朝は一同を見渡し、声を強める。
頼朝「よいか。此度の織田の進軍は未曽有の規模。策通りにいかぬ場面も必ず出よう。各部隊長の裁量と連携で、必ず乗り切るのだ。
だが……もし信長が無理をしているのであれば、撃退ののち織田の力は大きく削がれるはず。
ゆえに義経、越前軍を退け余力あらば、北近江の拠点を攻め落とせ。
秀長、音羽を救ったのち南伊勢・伊賀の情勢を見極め、必要とあらば拠点制圧の裁量を各将に与えよ」
秀長は頼朝の意図を汲み、賛同する。
秀長「では、拙者は、各城代への連絡を急ぎまする!」
秀長は、足早に評定の間を退出していった。
義経も深く頷く。
義経「承知いたした。兄上の御意、胸に刻みまする!」
その時、義経がためらいがちに口を開いた。
義経「……兄上。秀長殿は我が軍全体の執政をほぼ一人で担いながら、副将として戦場にも立たれておる。あまりに重荷かと……」
頼朝もまた頷いた。
頼朝「義経の申す通りよ。わしも秀長に頼り過ぎておる。……いずれは後方の執政に専念させる策も考えねばなるまい」
義経「はっ! その折は必ず、拙者が前線を引き受けまする」
頼朝は義経を見て、深くうなずいた。
■音羽城天守
その頃、音羽城の急造の天守からは、織田軍の黒雲のような大軍が押し寄せる様子が一望できた。
城代・源梢は唇を噛み、震える指を必死に押さえていた。頼朝の養女として恥じぬように――そう己を叱咤するが、見渡す大軍は但馬で見た小競り合いとは比べものにならない。
その背に、不意の声がかかった。
才蔵「怖さを抑え込もうとすればするほど、かえって怖くなるものですぞ」
梢ははっと振り返った。不敵な笑みを浮かべる可児才蔵の眼差しが、心の奥まで射抜いてくる。
梢「こ、怖くなどありませぬ!」
才蔵は喉の奥で笑い、わざと大声を張った。
才蔵「わしなど今でも戦場では震えておりますわ! 震えを止めようとすれば討たれるだけ。震えたまま突っ込むほうが案外生き延びられる。わっはっは!」
兵たちも思わず振り返る。その豪胆さに、梢の肩がわずかに緩んだ。
梢「……そなたのような武人でも、そうなのですか……」
才蔵はにやりと笑い、城下の敵陣を見下ろした。
才蔵「降将なりに、恥はさらせませぬ。城代様を、この才蔵が必ずお守りいたしますぞ」
その言葉に、梢の胸に小さな勇気が芽生えた。
お読みいただきありがとうございました。
織田の総力戦を、頼朝軍は防ぎきれるのか――それとも近江を奪われてしまうのか。
次回以降もどうぞ、お楽しみに!
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