26-2 将としての心得
安土城の天守から織田の襲撃を待つ源桜。
新たに城代となった桜は、己のみならず将兵の動揺をも抑えなくてはならない。
己を律する事に苦心する桜に、早雲から将としての心得について助言がある。
兵と将の違いとは――『やせ我慢』であった。
■安土城:北条早雲と源桜
安土城では、畿内からの織田軍を武佐の砦にて迎え撃つべく、出撃の準備がほぼ整っていた。
城代である源桜、そして彼女を補佐する北条早雲、副将・谷衞友が、出陣前に陣立てについて最終確認を行っていた。
長浜城から赤井輝子隊が安土城到着次第、出撃する手筈となっていた。
桜「…早雲様」
桜が、少し不安げな表情で、早雲に話しかけた。
桜「もう少しだけ、時間が欲しかったですね……。先の戦いの後、ようやく兵も集まり始めましたが、まだ目標とする兵力には届いておりませぬ。兵の調練も万全とは言えませぬ。少々、残念です」
早雲「桜殿、それこそが信長の狙いじゃよ」
早雲は、静かに答えた。
早雲「この安土城や長浜城が完全に復興したらどうなるか――いかに大軍で攻め寄せようとも容易くは落とせぬ――信長は良くわかっておるのじゃよ。そうなる前に、勝負を仕掛けるしかあるまい。
そしてもっとも弱き城、音羽城を全力で狙うも戦の定石。
それでも短期間に、この安土城だけで一万五千に及ぶ兵が揃っておるのだ。そなたが城代として、不眠不休で尽力してくれた賜物ぞ」
桜「いいえ、とんでもございません!」
桜は、恐縮して首を振った。
桜「まだ至らぬところが多いですが、内政官や将兵に支えられここまで来られました。これほど早くに、城が修繕され、荒れ果てていた城下町が整備され、兵のみなさまのために武家町も練兵所も整ったのは皆の力です」
しばらくして物見櫓から、伝令が駆け込んできた。
伝令「明智光秀の旗印を掲げた部隊、およそ一万!すでに大津を抜け、安土へ向け、進軍中との報せにございます!」
桜は、安土城の天守から、西に位置する武佐の砦をじっと眺めながら、隣の北条早雲に話しかけた。
桜「…頭では、分かってはおるのです。急いては事を仕損じる、と。
ですが……敵軍が間近に迫っておるというのに、焦る兵たちを抑え、出撃を待つ、というのは難しいことなのですね……。
このわたくし自身が、震えを止めるため今すぐ馬を出し、敵陣へと駆け出したい気持ちです」
早雲「がははは!」
早雲は、快活に笑った。
早雲「桜殿。それこそが、『将』と『兵』との違いなのじゃよ。
それが何かお分かりか、桜殿」
桜は少し考えたが、今自分が足りないと痛感しているものを口に出してみた。
桜「己を律する強さですか、早雲様……」
早雲「ほう、それもまたしかり。しかしわしは、こう思うておる。
『将』たる者に必要とされるものはな――『痩せ我慢』、これに尽きる!
痩せ我慢を続けてこそ、兵は将を信じるのじゃ。将が震えておれば、兵も震える。
わしはそうやってここまで部下の命をつないで参った、がっはっは!」
桜「なるほど……! まさに、『痩せ我慢』でございますね……」
桜は少しだけ顔を綻ばせながらも、早雲の言葉を噛み締めるように繰り返した。
桜「あの明智光秀の部隊は、鉄砲の扱いにも長けていると聞きます。兵数は我らが多くとも、輝子様の鉄砲隊の合流なくしては、我らだけでは無視できない犠牲が出るでしょう……。頭では、分かってはいるのですが……
でも――良くわかりました」
早雲は優しく頷いた後、言葉を続ける。
早雲「明智は、我らに勝てずとも、時が稼げればいいのじゃ」
早雲は、冷静に分析する。
早雲「狙いは、この武佐の地に我らをできる限り長く釘付けにする、もしくは我らの兵力を少しでも削ることができれば、それで良し。そんなところであろう。
織田は我らの集結を防ぎ、音羽城を早くに落とすことに全力を注いでおるはず。
逆に我らは、味方の兵の消耗を極力少なく、できる限り早く音羽城の救援へと向かわねばならぬ。
分散した織田を我らが各個撃破することとなるか、
反対に我らを分散させ、織田が音羽城を落とすか、
戦の女神はどう微笑むかの……
だが……!
我らは明智を早々に撃破し、音羽の救援に向かう。
そのための、武佐の砦……!
今はやせ我慢じゃ」
桜は深く頷き、引き続き武佐の砦の先を見据えていた。
やがて待ちに待った赤井輝子隊の安土到着の報が入る。
源桜は、それまで抑えていた全ての感情を解き放つかのように、安土城の部隊に檄を飛ばした。
桜「皆さま! これより出陣します! 武佐の砦にて、明智光秀を迎え撃ちましょう!」
■安土城西方:武佐の砦の戦い
明智光秀率いる織田軍が武佐の砦へ到着するより早く、赤井輝子隊の狙撃隊が早々に布陣し、明智隊の襲撃に備えていた。
続いて源桜率いる突撃隊(北条早雲隊)が、赤井輝子隊の後方に布陣を完了することができた。
大津方面より武佐に向かい、明智光秀隊が迫ってくる。その整然とした進軍の様子を、砦の物見から源桜はじっと見つめていた。
そして、隣に立つ北条早雲に、話しかけた。
桜「…早雲様。恐れながら、軍の采配は、今しばらくの間、早雲様にお願い申し上げます。
これは、安土城代としての命令にございまする。
ご納得いただけぬ場合、私の城代解任の儀を、父上に直接ご具申くださいませ」
早雲「…がっはっは! これは、見事に一本、取られましたな!」
早雲は、愉快そうに笑った。
早雲「よろしいでしょう。城代様からの、直々のご命令とあらば仕方ありませぬな。
では、この老体めが軍略を示し、現場での采配は桜殿にお任せいたそう」
桜「はいっ!必ずや学び、この戦で将として成長してみせます!」
桜は、力強く頷いた。
やがて明智隊の軍勢が武佐の砦に迫る。
桜は歯を食いしばり、未だ馬を動かせぬもどかしさを胸に抑え込んでいた。
(今は耐える時……やせ我慢こそ将の務め……!)
その瞬間、物見櫓の上まで赤井輝子の檄が轟いた。
輝子「撃てぇ!!」
火蓋が切られ、轟音と硝煙が武佐の砦を覆った。
お読みいただきありがとうございました。
いよいよ織田とのあらたな衝突が始まります。
万全の布陣で明智隊と戦線を開きますが、安土の部隊は早々に明智隊を撃退して、音羽城救援に向かえるのか。
次回もどうぞお楽しみに!
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