22-4 安土城天守に翻る旗の色
無敗を誇っていた頼朝軍最強の鉄砲隊、赤井輝子隊の離脱。
そして、織田信長本軍の安土城下への上陸。
迎え撃つは、頼朝軍の里見伏と武田梓の鉄砲隊。
その時、安土城本丸に翻る旗が……。
■無敗神話の終焉
辛うじて安土城下まで逃げ延びた赤井輝子隊の将兵は、傷つき、うな垂れていた。清州城を一万五千あまりの軍勢で出陣した部隊は、いまやわずか二千たらず。赤井輝子の戦歴の中でも、ここまでの敗北は初めてのことであった。
伏「輝子様……」
言葉を選びながら、里見伏が輝子に声をかける。
伏「……一旦、後方の長浜城までお引きくださいませ。
長浜城は短い間に修繕が進んでおります。しばし、かの地にてお休みくださいませ」
輝子「……かたじけない……」
輝子は力なく答えるしかなかった。敗軍の将として、味方から気遣われる言葉をかけられる、今の赤井輝子にとっては屈辱であった。
輝子は力なく頷き、生き残ったわずかな手勢をまとめ、長浜城へ引き上げていった。
■信長上陸
赤井隊が後方へ退いて間もなく、ついに織田信長率いる軍船が琵琶湖南岸、安土城下の目と鼻の先にいたる。
迎え撃つ里見伏隊、そして、佐和山城から駆けつけた武田梓隊、安土城下に大量の鉄砲隊を並べ、織田軍を迎え撃つ態勢を整えていた。
里見伏隊による正確な指揮の下に行われる鉄砲斉射の前に、琵琶湖からの上陸を試みる織田軍の各部隊は、次々と撃退されていく。
それでも織田信長自らが率いる部隊が最前列に竹束を幾重にも並べ、味方の屍を乗り越え安土城下へと上陸する。その信長本軍が、里見伏隊に攻撃の牙を向けた時――安土城の本丸天守に翻る旗が、織田家の木瓜紋から、源氏の白地に笹竜胆紋の旗へと変わる。その瞬間、安土城下の戦場を覆っていた緊張の空気が、がらりと変わった。
島左近隊を追い払い、そのまま城内に突入していた義経麾下の精鋭部隊(およそ二千)が、安土城本丸を攻略、占拠したのであった。
さらに、信長のもとに追い打ちをかけるような報せが届く。頼朝とトモミク率いる部隊が音羽城を落とし、安土の頼朝軍の救援に向かっていた。
城下の彼方から翻る源氏の白旗を見据え、信長は奥歯を噛みしめた。
信長「安土と音羽を同時に奪われるとはな……!」
その呟きは風に掻き消え、退却を命じる大音声だけが湖畔に響いた。
織田信長は安土城の奪還を断念。全軍に退却を命じ、琵琶湖北岸、旧浅井領の清水山城方面へ兵を引き上げていった。
天正十三年(1585年)四月。
頼朝軍は幾多の困難と多大な犠牲を乗り越え、ついに織田信長の天下布武の象徴、安土城を攻略した。
■頼朝軍再編
安土城落城後、義経は里見伏、妻の梓と共に、今後の対応を協議するために顔を合わせていた。
義経「伏殿、そして梓。よくぞ、織田の本隊を追い払ってくれた」
義経は、二人の働きを労った。
伏「義経様の鉄砲隊がわが隊に合流し、そして梓様が援軍として駆けつけてくださったおかげでございます。梓様が合流されてより後は、織田も我らを恐れて、尻尾を巻いて逃げてゆきました」
何事もなかったかのような涼しい顔で、里見伏は答えていた。
義経「……梓」
義経は、妻へと向き直った。
義経「見ての通り、どの部隊も激しく損耗しておる。織田も、簡単に安土を諦めるとは思えぬが、わが軍も再編せねばなるまい。
今十分な力が残っておる部隊は、そなたの隊だけじゃ。安土城に、そなたの部隊をしばらく駐留させ、守りをお願いできぬだろうか」
梓「義経様、わたくしもそのつもりでした」
梓は、力強く頷いた。
梓「皆様は、一旦お引きになり、傷ついた軍の再編を急ぎお進めくださいませ。
信長は、安土からは兵を引きましたが、対岸には越前から引き上げてきた部隊が、まだ集結したままです。ですが、しばらくの間であれば、わたくしの部隊でこの城を守り抜いてみせます。
どうぞ、ご安心を」
義経「かたじけない、梓……」
義経は、妻の頼もしい言葉に、深く感謝した。
義経「里、兄上に退却の旨、伝えてくれ」
里「はい!かしこまりました!」
傷つき、疲弊した頼朝軍――頼朝隊を筆頭に、トモミク隊、里見伏隊、そして義経隊は、安土城の守りを武田梓隊に託し、それぞれの居城への帰還を開始した。
■帰路の頼朝
近江への出兵前、聖徳寺にて、頼朝はただひたすらに、兵たちの犠牲が少しでも少なく済むように、と、切に願った。
(あの祈りがなくば、さらに悲惨な事態となっていたのであろうか……
それとも、あの祈りがあったからこそ、かろうじて、安土を落とせたと考えるべきか……
あるいは、血を流す出兵自体が、御仏の御心に全く適っていなかった、ということなのであろうか……)
織田軍との総力戦とも言うべき戦いを制し、安土城を攻略した頼朝であったが、その心は晴れることがなかった。
先の、大垣城を攻略した時と同様に、この勝利が、払ったあまりにも多くの犠牲に見合うだけの、価値あるものであったのかどうか。
倒れていった多くの兵たち、騎馬隊の損失、赤井輝子の惨状。これらは惣無事令の先にある平和の代価なのか?戦場に散った兵たちの、出撃前の笑顔と最期の叫び、今も耳の奥に焼きついて離れない。
ふと出雲阿国の言葉を思い出した。
『…頼朝様であるからこそ、この困難な状況の中からも、新たなる、正しき道筋を、切り開いていってくださるはず……わたくしは、そう信じております』
頼朝は唇を噛み、天を仰いだ。
答えを見つけられぬまま、頼朝は、ただ、自問自答を繰り返していた。
お読みいただきありがとうございました!
織田信長は安土から軍を退いたものの、北近江に軍勢を残し、琵琶湖上からも美濃に退却する頼朝軍をけん制します。
その織田軍の様子を、長浜城の天守から見据える鋭い眼差し――赤井輝子。
次章、戦場を離れたはずの赤井輝子が、この先の物語を大きく揺るがすことになります。胸の内の炎に焼かれ続ける赤井輝子を見かねた、副将の大祝鶴、太田牛一が覚悟を決めて行動に出ます。
お楽しみに!




