20-3 武田軍略を継ぐもの
番場の地で頼朝軍の軍議が行われる。
退くべきか攻めるべきか、傷ついた頼朝軍は決断をせまられる。
諸将が覚悟が定まらぬ中、敢然と前進を提言したのは、武田梓であった。
■撤退か進軍か
頼朝軍は、占領した番場の砦に布陣し、しばしの休息と、軍の再編成を行っていた。主だった家臣たちが集められ、急ぎ軍議が開かれた。
多くの部隊長の鎧は割れ、肩口や袖口にはまだ乾ききらぬ血がこびりついていた。誰もが顔に疲労の色を隠せないまま、重苦しい沈黙が軍議の間を支配していた。
頼朝「随分と苦戦を強いられた……。だが、長浜城を落とし、番場で風穴を開ける事ができたのは、皆の、獅子奮迅の働きのお陰である。まことに、大義であった」
頼朝は、集まった者たちの顔を見渡し、改めて労いの言葉をかけた。
頼朝「ここで、皆の考えを聞きたい。
一旦兵を退き、態勢を整えるべきか。
あるいは、このまま目前の佐和山、そして安土まで、攻め上がるべきか」
重苦しい空気が一層濃くなり、誰も口を開こうとしなかったが――、武田梓が立ち上がり口を開く。
梓「…僭越ながら、申し上げます」
梓は静かに背筋を伸ばし、軍議の視線を一身に集めながら、落ち着いた口調で告げた。
梓「ここまで進軍できましたのも、先陣を務められた皆様方の奮戦と犠牲があってのことと、そのように心得ております。
早雲様、頼光様はすでに後退され、また、頼朝様、トモミク様の部隊も、少なからぬ損耗を被っておいでです。
その点、後から援軍に駆けつけました輝子様とわたくしの部隊は、ほぼ無傷。また、里見伏様、義経様の部隊も、兵力は十分に維持されております。
比較的余力を残した四部隊でも、六万ほどの軍勢となりましょう」
梓は義経と目を合わせ、義経は静かに頷く。
諸将は梓がこの後投げかける言葉をほぼ予想していた。
梓「佐和山城を守る織田の守備兵は少なく、織田本隊も越前での上杉軍との対峙、また我らとの戦いによる消耗により、大規模な援軍をすぐに差し向けることは、難しいはずです。
我が父祖・武田は、戦機を逃さぬを第一としてきました。
――この好機を逃せば、敵は必ず息を吹き返しましょう。今こそ、余力ある軍勢をもって佐和山城を包囲するべきと、進言いたしまする」
梓の声は静かであったが、揺るがぬ自信と、受け継がれた武田の軍略の理が感じられた。
武田梓は、頼朝とトモミクへと視線を向ける。
梓「頼朝様、トモミク様は、ここまで最前線で戦われてこられました。一旦、後方の長浜城までお引きになり、将兵を十分に休ませていただきたく存じます」
頼朝は梓の言葉に頷いた。
頼朝「梓、そなたの具申、感謝する。
…他に考えがある者は、申すが良い」
秀長「…この秀長も、梓様のお考えに、全く同感にございます」
秀長が応じた。
秀長「ただ、一点だけ、拙者から申し上げたき儀が。
安土城の攻略につきましては、佐和山を落とせた時の戦況、織田の増援、越前における上杉軍と織田軍との戦いの推移を見極め、改めて判断をすべきかと考えます」
頼朝は、二人の意見を聞き、決心した。
頼朝「我が軍は、梓の進言を受け入れ、これよりさらに軍をすすめる。義経、輝子殿、伏殿、そして梓の部隊は、ただちに佐和山へ向け進軍、これを攻めよ。
わしとトモミクは、一旦長浜城にて待機。
安土城攻略は、佐和山攻略後の状況次第とする!」
「「はっ!」」
諸将は一斉に頷き、持ち場に戻って行く。
■頼朝軍、進軍
天正十三年(1585年)二月。
義経、赤井輝子、里見伏、武田梓率いる頼朝軍部隊は、番場から軍を進め、佐和山城を包囲する。味方の援軍をすぐには望めない状況なのであろうか、佐和山城を守る織田軍の守備兵は、眼前に展開する大軍勢を目の当たりにし、戦意を喪失。抵抗らしい抵抗も見せず、すぐに天守より白旗が立つ。
後方の長浜城にて、軍を休めていた頼朝のもとへ、佐和山城落城の早馬が届いた。
伝令「佐和山城、開城いたしました!」
頼朝「大義であった!」
頼朝は、安堵の息をつくと同時に、すぐさま秀長とトモミクを呼び、次の戦略について協議した。
頼朝「秀長、越前の上杉と織田との衝突は、その後、どうなっておる」
秀長「はっ!上杉軍は越前の織田軍をいったんは蹴散らしたものの、織田信長、そして丹羽長秀らが率いる、大規模な織田主力部隊と交戦。
上杉軍は倍以上の織田の主力と対峙しておるようです。織田軍と一当りし、越後へ兵を引き上げる、とのことにございます。
…ですが、頼朝様」
秀長は続けた。
秀長「上杉軍の奮闘により、時間を稼いでいただけました。織田軍の主力、信長や丹羽長秀の部隊は、いまだ越前にあります。
本拠地である安土城を攻め落とす、絶好の機会かと、愚考いたします」
頼朝「上杉殿には助けられたが、大きな犠牲も払わせてしまった。だが、ここで我らが安土を落とせば、上杉領への織田軍の本格的な進攻も阻止できる」
頼朝はすでに決意を固めていた。
頼朝「秀長、安土城を攻める。
トモミク、そなたと、わしの部隊は、安土攻略の後詰として、佐和山まで軍を進める。守備兵が少ないとはいえ、安土城は佐和山城のようにはゆくまい」
秀長・トモミク「御意!」
秀長が最後に少しだけ懸念を口にした。
秀長「安土城は、信長様が、その威信をかけ築き上げた、天下無双の堅城。決して、油断はできませぬ……」
■そびえる安土城
頼朝軍は、義経隊を先頭に、赤井輝子隊、里見伏隊が続き、織田信長の居城安土城へと向かう。佐和山城には、後詰として、武田梓隊、そして長浜城から頼朝隊、トモミク隊が待機していた。
進軍を続けると、安土城がその巨大な姿を徐々に現してくる。義経ははじめて安土城を目の当たりにし、驚嘆するばかりであった。
(なんと……! これが信長の城か……!)
五層七階にも及ぶ壮麗な天守閣。幾重にも巡らされた、堅固極まりない石垣。そして、城全体から放たれる、圧倒的な威圧感。
義経「…阿国殿。話には聞いていたが、これは……命を持つ巨大な物の怪のような、凄まじき城よ」
義経は、隣を進む阿国に、感嘆の声を漏らした。
義経「久々に、武者震いが止まらぬ! この城を我らの城とできたならば……まことに大きい!」
阿国「はい、義経様」
阿国は安土の天守を見上げ、わずかに目を細めた。
阿国「――あの高みから見えるのは、京のみならず、この日の本の行く末でございましょう。その景色を、義経様のお目で確かめていただきとうございます」
義経「ほう…それはますます登りたくなるな。あの天守にて、酒と、阿国殿の舞で戦勝を祝いたいものよ。…さて! 参ろうか!」
義経は、高揚する気持ちを抑え、全軍へと号令を下した。
進軍の先、突如として陽光を反射する槍の列が現れた。地を揺らすような足並みと、濃紺の旗指物に翻る「加藤」の二文字。若き猛将・加藤清正が、まるで城門そのもののように立ちはだかっていた。
清正「…ふん! これ以上、貴様らの好きにはさせぬ! この加藤清正ある限り、安土の土は一寸たりとも踏ませぬぞ!」
その声は咆哮というより、戦場全体に響く鬨の声のようであった。背後の兵らも一斉に槍を突き出し、突撃の構えを見せる。
(この布陣……容易ならぬ相手……)
義経は馬上で軍配を握り、清正の陣形を鋭く見極めると、迷いなく振り下ろした。
義経「全軍、構え! …撃てぇぇーーーっ!!」
いよいよ、頼朝軍による、南近江攻略の戦いが始まろうとしていた。
お読みいただきありがとうございました。
いよいよ上洛に向けての試金石、安土攻略の戦いが始まります。
織田信長が越前にいるとはいえ、簡単に安土城を落とせるはずもありません。
次回、加藤清正と義経の智と力を尽くした戦いの火ぶたが切られます。
お楽しみに!




