18-3 甲相越の同盟の強化
数々の障害を乗り越え、北条家から都姫を迎えることができた。
多くの家臣の知恵と努力の先に、甲相越の同盟は強きものとなった。
最大の功労者北条早雲と、常に早雲と随行していた娘の源桜と、嵐の前のつかのまのひと時を満喫する頼朝であった。
■北条家との婚姻:羽柴秀長と北条都
上杉家と北条家との外交の任を終えた北条早雲から、北条家の姫君を那加城まで送り届ける旨の早馬が届いていた。北条氏政は、武田領内を通ることに強く反発していたため、輿入れの時期はなかなか定まらなかった。しかし、上杉景虎の無事が確認され、北条早雲経由で北条氏政に伝わり無事に説得ができたのか、無事北条家の輿入れを進めることができるはこびとなった。
天正十二年(1584年)八月。
羽柴秀長の新たな妻となる北条家の姫君・北条都が、北条早雲と源桜を伴い、無事那加城に到着した。
頼朝自ら輿入れの一行を出迎え、そのまま那加城の一室に通された。
頼朝「都殿。遠路、まことにご苦労であった。よくぞおいでくだされた」
北条都は頼朝に深々と一礼し、若くも優雅な振る舞いで頼朝に口を開いた。
都「北条都にございます。
源氏の一門となれましたこと、まことに、嬉しゅうございます。
不束者にございますが、なにとぞよろしゅうお願い申し上げまする」
頼朝「我ら一門に嫁いでくださったからには、決して悪いようにはせぬゆえ、ゆるりとお過ごしいただきたい。
我らとて、北条家と長きよしみを結べることとなり、光栄の極み。
そこに控えるのが、婿の秀長じゃ」
ここまで終始平服していた秀長は、ようやく顔をあげ、わざとらしく咳払いをした。
秀長「…式部卿、源の、秀長にございまする!」
普段は決して名乗ることのない、格式ばった官位名に、さらには源氏の姓まで……その必死な様子に、頼朝と早雲は笑いをこらえていた。
都「北条が娘、都にございまする。秀長様。以後、よろしゅうお願い申し上げまする」
都姫が、優雅に一礼する。
そこで姫の姿を間近に目にした秀長は、その美貌に、ただ茫然とした。
秀長「……お、おお……。お、お美し……い……」
坂田金時といい、羽柴秀長といい、立派な姫たちに比べ、当家の婿どもの立ち居振る舞いに辟易とする頼朝であった。
早雲「がははは!」
早雲が、腹を抱えて笑う。
早雲「秀長よ! 何を呆けておるか! この早雲の、血筋じゃぞ! 美しいのは、当たり前であろうが!」
秀長「い、いや……。だからこそ、驚いておりまする……」
秀長は、早雲に対してしどろもどろでありながらも、痛烈な一撃を加えていた。
早雲「こら! 何を言うか、秀長!」
早雲の叱責が飛ぶ。
己の娘たちや、上杉家からの姫君・上杉弓、武田梓など、戦働きを第一とする勇ましい女将が多い中にあって、この北条都には古風で、奥ゆかしい、たおやかな佇まいがあった。
秀長は、必死に体面を取り繕い、北条都に対し、これ以上ないほど丁寧に、平伏して答える。
秀長「こ、こちらこそ……! 何卒、末永く、よろしくお願い申し上げまする……!」
いったん北条家の一行は、頼朝の娘・里から別室での休息をすすめられ、あらたな寝所に案内された。
秀長は、腑抜けたように立ち去る北条都の後姿を追いかけていた……
■外交官・北条早雲の報告
その夜。頼朝は、はるばる外交の任を果たし戻ってきた、北条早雲と、同行していた娘の桜と、労いの夕餉を共にしていた。
酌を持って、その傍らに控えるのは、やはり出雲阿国であった。
あらためて頼朝は北条早雲と、娘の桜に向けてねぎらいの言葉をかけた。
頼朝「早雲殿、桜、まことに大義であった! 長きにわたる上杉、北条との折衝、心より御礼申し上げる」
頼朝は娘の桜の佇まいに少し驚いていた。しばらく見ぬ間に、桜の容貌は、また一段と、大人びて見えた。
二年前に、稲葉山の麓の屋敷で会った時の、どこか頼りなげで、不憫に見えた少女の面影は、もはやどこにもない。最近会ったばかりの異母妹にあたる里に、勝るとも劣らないほどの、強い意志と、武人としての気骨を感じさせる女将へと、確かに成長していた。
幾多の戦場を経験し、常に北条早雲という偉大な師の傍らで多くを学び、そして此度の、越後、相模への困難な外交の旅にも、常に付き従ってきた。
頼朝「桜。此度の長旅、疲れたであろう。今宵は、ゆっくりといたすがよい」
桜「はい、父上! ありがとうございます!」
桜は、嬉しそうに頷いた。
桜「父上も、そして早雲様も、仰せでしたね。『戦いは、戦場のみにあらず』、と。此度の旅で、外交の大切さ、そして難しさを、身をもって学んでまいりました」
頼朝「ほう、それは祝着であるぞ、桜!」
頼朝が、満足げに頷く。
早雲「頼朝殿。都姫の長い道中の随行に、桜殿がおってくれてどれほど助かったか分かりませぬぞ。
かの上杉景勝殿も、この桜殿のことを、いたくお気に入りであった。武芸達者な弓姫と、この桜殿との、女武者同士の一騎打ちなどを、密かに期待しておられたのかもしれぬがな! がははは!」
桜「まあ! 早雲様ったら!」
桜が、頬を赤らめる。
頼朝「はっはっは! 弓姫と、坂田金時とは、なかなかに、お似合いの夫婦となるであろうよ。桜も、いずれ、あの弓姫と共に、戦場で力を合わせて戦う日が来るのも、そう遠くはあるまい」
頼朝が言うと、桜は、きっぱりとした表情で答えた。
桜「はい! 弓殿と力を合わせ、父上のおんため、この桜、力の限り、戦いまする!」
頼朝「…まことに、立派になったものよのう、桜」
桜の、その風貌ばかりか、発言や、その堂々とした佇まいからも、かつての弱々しさは、もはや微塵も感じられない。頼朝は、思わず破顔していた。
頼朝「その上杉景勝殿の姫君・弓殿の輿入れも、つつがなく終わり申した。
これも早雲殿のご尽力のたまもの。あらためて感謝申し上げる。
驚くべきことに、景勝殿、兼続殿も那加城までわざわざ足をはこばれての……」
早雲「それは、何よりでござった……!」
早雲は、満足げに頷いた。
早雲「かの、上杉景勝殿は、なかなかの御仁であったであろう?」
頼朝「うむ。早雲殿の申される通りであった。もっとも、難題を置き土産として残してゆかれたがな……」
頼朝は、苦笑した。
早雲「がははは! ようござった、ようござった!」
早雲は、豪快に笑った。
早雲「わしも、はじめは北条家の人間として、上杉殿には憎き敵とどうしても考えてしまった。じゃが、実際に会ってみれば、あの景勝殿は、実に肝の据わった漢であった。軽々しく人を裏切ることなく、信の置ける武将と見たわい。
それに比べ、北条氏政には、少々、てこずらされたがな」
早雲は、肩をすくめた。
早雲「だが梓殿のご尽力で、景虎が無事であったの誠に幸いでありました。わしも、梓殿には頭があがりませぬ……!
また勝頼殿が、自ら軍勢を率いて、三増峠まで都姫を迎えに来てくださってな。そこは武田家と北条家の国境。さすがの氏政も、それを拒むことはできなかったであろう。
万事良き方向に向かい、ようござりました、がはは!」
誰もが想像し得なかった甲相越の同盟は、皆の知恵と信義が奇跡的に結実したものであった。
お読みくださりありがとうございます。
京に向けて動き出す決意をした頼朝にとって、東国の安定は戦略的に大きな追い風です。
次回は老獪な北条早雲が頼朝の心を動かすために仕掛けたことが明らかに……!
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