17-4 ”主”の正体と、頼朝の役割
「信長を救う」
トモミクが涙とともに口にした衝撃の使命。
それは未来で行き詰まった人と“造られた知能”の世界を動かす、小さな歯車だった――。
立花の砲術、家康の三百年、AI と人の絶望。
すべてが収束する深夜の岐阜で、頼朝は己の役割を問い直す。
トモミクは、頼朝から”主”について教えて欲しいとの言葉に、静かに頷き、やや間を置いてから語り始めた。
トモミク「わたくしの“主”は、この時代で言えば、九州の大友宗麟様の筆頭家老・立花道雪様の養子、立花宗茂様の子孫にあたる者にございます。
立花宗茂様は高橋家からの養子、わたくしの主は、その高橋の姓を名乗っております」
頼朝「ほう、立花道雪殿の名は、わしも耳にしたことがある。だが、宗茂殿のことは、初耳じゃな」
トモミク「はい。宗茂様は、”本来の時の流れ”ではいずれ大名として独立され、類を見ぬ強力な鉄砲隊を率いて、生涯一度も負けたことが無いと伝えられています。
今、私たちが用いております、
鉄砲を短い時間でより多く撃つための工夫――『早合』の利用、
鉄砲が補充される間、複数の隊列を組んで断続的に斉射を可能とする戦術、阿国様が義経様の隊で指揮されておられる、『三段撃ち』。
立花宗茂様が”本来の時の流れ”にて考案された、独自の砲術を基礎としたものにございます。
我らが小国ながら圧倒的な鉄砲の技術を持ち合わせておりますのは、少し先の未来に考案された立花家の技術を導入しているからなのです」
頼朝「なるほど……して、その宗茂殿の血を引く者が、そなたの“主”というわけか」
トモミクは、少し遠い目をして、続けた。
トモミク「はい。そして……わたくしの主は、『未来』の世界で、大きな決断をしました」
トモミクの声は次第に低く、そして重くなっていった。
トモミク「……わたくしのいた未来は……ゆき詰まりの時代。人と人とが信頼し合えず、人が作った知能と、人そのものが対立する……そんな、断絶と混乱に満ちた世界でございました」
頼朝「……”人が作りし知能”とは、そなたのような存在か」
トモミク「わたくしも、本来は“作られた知能”。ですが、この時代においては、人の心と姿を与えられ、”人”として頼朝様の前に姿を見せることができております」
頼朝「ふむ……」
頼朝は、すでに見聞きした情報の洪水の中に溺れていたが、必死に耳を傾けていた。
トモミク「わたくしの主は、考えたのです。
どうして人を幸福にすべく生みだされた人工知能が、意図せず対立を生み出してしまい、
さらに、人と人の共存をも隔ててしまったのか……
そして、”主”の苦し紛れの結論は、『人』だったのです。
人工知能を生み出したのも人、それを運用したのも人、いがみ合いをしているのも人……
だからこそ、”良き人”に未来を託すしかないと……」
頼朝「わしは、その”人”こそが恐ろしい。何より、己の中にいる過去の己が一番恐ろしく思う……
しかし、今の優れた家臣達とともに過ごすことで、これほどにも世界が、いやわし自身が変わるのか、とも思い知る事となった。
難しきことなれど、”良き人”に望みをかける、今のわしにはわからなくもない……」
トモミクは頼朝からの言葉に勇気づけられたのか、少し微笑みを返し、話を続けた。
トモミク「そこで”主”は歴史をあらためて振り返りました。そして、可能性を見い出したのが戦国の世だったのです。
実は戦国の世の日ノ本、多くの悲劇がありながらも、世界でも有数の強き国家となっていたのです。ただし、多くの賢く、清廉なる人物が志半ばで倒れ、あるいは歴史の表舞台に立つことなく、命を落とされていった。
主は、そこに希望を見い出しました」
トモミクは、頼朝をまっすぐに見据えた。
トモミク「”主”が望む可能性の一つ――『源氏の血を守る』――それは、頼朝様が常に疑問を持たれてましたように、源氏の血筋を残すということだけが意味ある事ではないのです。この時代に存在した、真に志を持ち、民の幸せを願う者たち。その“想い”や“思想”を絶やさず後世に伝えていく、ということなのです……
『源氏』でなくても良いのです……『源氏』を守ることが、結果として多くの生きる価値のあるもの達の滅びを避けられる可能性となる、同時に頼朝様に多くの方が力添えをしていただけるの御旗となる、と”主”は考えておりました。
頼朝様が先ほど申されてました、『飾り』」として頼朝様が良かったのではないか――ある意味、そうなのかもしれません……」
全てを語りつくしたのか、罪の意識に苛まれているのか、言葉が途切れたトモミクは、力を落として俯いていた。
頼朝もすぐには言葉が見つからなかった。
トモミクが語り終えてから、どれほどの時を経ただろうか。阿国もそれ以上言葉を重ねることはなかった。
頼朝はようやく頭をあげ、トモミクと阿国を静かに見据えた。
頼朝「……相変わらず、そなたたちの話は、難しきことよ……わしが果たすべき役割は、さらに難しきこととみえる……」
頼朝は、ため息をついた。
頼朝「いずれにせよ、そなたたちの言う『未来』とやらは、明るいものではなさそうじゃ……
だが、このわしが出来ることに力を尽くして、『明るい未来』とやらに繋がるのかどうか――わしには、わからぬ。
だが……『後世に、良き血を残す』……その一点においては、最善を尽くすとしよう。今のわが軍の優れた家臣達とともに作り出す世、その先には”人の業”を超えた何かが生み出されるかもしれぬ……」
頼朝がそう言うと、トモミクの瞳から、再び、大粒の涙が、止めどなく溢れ出した。
これまで、どのような過酷な状況にあっても、決して感情を表に出さず、淡々と微笑みさえ浮かべていたトモミク。彼女が、これほどまでに、感情を露わにする姿……
(…この者もまた、計り知れぬほどに重い使命を、たった一人で背負い込み、誰にも、その苦しみを打ち明けることもできずに、ここまで、必死に、耐えてきたのであろうな……)
『未来を変える』という話、正直、合点がいかない。
信長が、本当は死んでいたはずだった、ということ。
家康が、最終的に天下を取る、ということ。
北条家が、滅びる運命にあった、しかも、それを滅ぼすのが、あの、人の良さそうな秀長の兄、秀吉である、ということ……
トモミクが、子供のように泣き崩れてい事で、逆に頼朝自身は、かろうじて気丈でいられた。だが、数年前に、この美濃の地で目覚めた、あの時以上に、重く、そして不可解な言葉の数々が、今、頼朝の心に、いくつも、いくつも、降りかかってきていた。
(多くを教わった。だが……さらに、分からぬことが、どれほど増えたことか……)
(今の家臣たちは、わし自身が連れてきた、とは……いったい、どういうことなのだ?)
(そして、トモミクは、なぜ、これほどまでに、泣き崩れる必要があったのであろうか……?)
頼朝「……阿国殿」
頼朝は、立ち上がった。
頼朝「那加城へ戻るとしよう。そなたの点ててくれる美味き茶が、無性に飲みたくなった」
あらためて頼朝はトモミクに向き直った。
頼朝「トモミクよ」
頼朝は、まだ嗚咽を漏らすトモミクに、優しく、しかし、きっぱりと言い聞かせるように言った。
頼朝「そなたの戦い方は、見ているこちらが、ひどく不安になる。わしを守ろうとして、軽はずみに猪突猛進するでないぞ。決して、命を落とすような戦い方はせぬよう、改めてお願い申し上げる」
トモミク「……はいっ! 頼朝様!」
トモミクは涙を拭い、いつもの笑顔を作って、力強く頷いた。しかし、その笑顔は以前とはどこか違って見えた。
頼朝と阿国が、屋敷の外へ出ると、そこには、頼朝隊の副将であった里見伏、そして、岐阜城に配属されているという、例の「犬」たちが、頼朝たちを警護すべく、静かに、しかし、隙なく、その場を固めていた。
ようやく頼朝が過去の己との決別を誓い、この時代にて大切にしようと考え始めた価値観と進むべき道、全てを考え直さねばならぬのか……頼朝は力なく那加城への道を進んでいた。
(分からぬことだらけ……だが、それでも、トモミクや阿国殿は、この命を守るために、ここまで苦しんでくれている。
また事情を知る家臣たちも、言葉に出さずともわしについてきてくれておる……)
頼朝は二人の背を見つめながら、そっと息をついた。
頼朝「まずは、那加城へ戻る。……それから、この先のことを、もう一度考えねばならぬな」
夜の風が納屋の扉を揺らし、微かな月光が床を照らす。
その先に待つ道は、ただ遠く、闇の中に続いているように思えた。
頼朝は、その闇の先に、かすかな光を見いだせるだろうか――
“飾り”と嘆いた将に、阿国は静かに茶をすすめ、トモミクはただ涙をこぼす。
彼女たちが示した未来図は、頼朝の常識を壊し、しかし新たな道を指し示した。
京を治めよ――その先に続くのは、武家も民も、そして信長さえも滅ぼさぬ天下。
次章、「主」の真意が明らかになるとき、頼朝は“あらたな天下”に手を伸ばす。




