15-2 友軍との外交
揺れる同盟の糸を、一本ずつ結び直す――。
北条・上杉・武田、そして丹後一色家。
茶の湯の静寂で交わされる決断が、頼朝軍団の未来を形づくる。
■北条家と武田家
秀長「次に、外交についてご報告がございます」
秀長は茶碗を静かに置き、柔らかな口調で話題を転じた。
秀長「上杉家、北条家との婚姻同盟は、早雲殿の尽力により、順調に運んでおります。
ただ――やはり北条氏政様の、武田勝頼様へのお怒りが未だ拭えぬご様子。
氏政様のご息女・都様が武田領内を通ることそのものに強い嫌悪感を示されており、関東から美濃へと姫君を輿入れさせる経路が決まりませぬ」
頼朝は深くため息をついた。
頼朝「……氏政殿のお気持ち、わしも理解できる……」
頼朝軍団の大きな使命、それは武田家を守ること。しかし肝心の武田家、特に当主武田勝頼のこととなると、頼朝自身が疑問や不信感を持たざるを得ない事態が重なっていた。
*頼朝(左)が頭を抱える、北条氏政(中央)と武田勝頼(右)の関係悪化
また那加城の茶室の一同も、武田家が招いた事態を目の当たりにし、沈痛な面持ちとなっていた。
秀長は、調子を改め、つとめて明るい声で話を続けた。
秀長「ですが、頼朝様――朗報もございます!
かねてより義経様の奥方・梓様にご尽力賜り、勝頼様へ書状を重ねていただいておりました。
そのお陰もあってか、上杉景虎様が――武田領・飯田城にて、秋山信友様のもと、無事に保護されているとの報が入りました!」
*(左)武田軍飯田城主・秋山信友 (右)上杉景虎
頼朝は驚愕と安堵が入り混じった表情で立ち上がった。
頼朝「景虎殿が……ご存命!それはまことであろうな、秀長!」
秀長「はい、まことでございます。しばし行方不明でありましたが、密かに武田勝頼様が保護されていたようでございます」
頼朝「……そうか……。よくぞ、助けてくれた……勝頼殿……!」
頼朝の張りつめていた表情が、ほんの少し緩んだ。
頼朝「早雲殿も、そして氏政殿も……
景虎殿がご無事と知り、わずかながらでも、わだかまりが和らいだら良いのじゃが」
秀長は力強く頷き、続ける。
秀長「つきましては、
武田家には、景虎様のお身柄を当家へ引き渡していただけるよう、正式に要請いたします。
北条家には、早雲殿を通じてまず景虎様ご無事の報せをお伝えします。
その上で、今後の処遇を穏便に相談していけたら……」
秀長の言葉に、頼朝は大きく頷いた。
頼朝「うむ、それが良い――景虎殿の存在が、三家を結ぶ架け橋となれたら良いのじゃが」
■上杉家
秀長は話をさらに進める。
秀長「また――上杉家からは、武田領を経由し、姫君を美濃へ輿入れさせたいとの正式な申し出がございました」
頼朝「それもまたありがたい事ぞ。だが――」
頼朝は少し眉をひそめた。
頼朝「南信濃を通ることになろう」
秀長「はい、上杉からもそのような打診がありました」
頼朝「もし、道中徳川軍が動けば、一大事となりかねぬ」
頼朝は少し間をおいて、再び口を開いた。
頼朝「わしが自ら軍を率い、飯田城へ赴き、上杉の姫を丁重にお迎えしよう」
秀長「御意! 予定は来年三月とのこと。上杉家へ、その旨、しかと伝えさせていただきます」
秀長は深く一礼した。
■一色家からの養女
秀長はさらに一つ、報告を重ねた。
秀長「それと――もう一点、報せがございます。
かねてより臣従のご意向を示しておりました丹後の一色家より、姫君を頼朝様の養女として差し上げたい、との申し出がございました」
頼朝は少し驚いた表情を浮かべたあと、静かに頷いた。
頼朝「……我々は一色家を直接助けてはあげられぬ。我々にとってはありがたき話だが……」
秀長「いつ滅ぶかも知れぬ武家が、その大切な姫君を託す先として、頼朝様を選ばれたのでしょう。
一連の織田との戦での我が軍団の強さ、友軍への義理、頼朝様の徳が一色義道様のお気持ちを動かしたかと存じます」
頼朝「それは秀長の買い被りじゃ。しかし、一色殿のご息女は我が娘として丁重にお迎えいたそう。しっかりお守りする、そのようにお伝えせよ」
秀長「はっ、かしこまりました。
ただ、この一色家のご息女、宝様と申されるのですが……」
言いにくそうに口ごもる秀長であった。
頼朝「構わぬ、申せ」
秀長「は!では……
宝様はあらゆる兵法書に明るく、孫子、呉子、六韜などは端から端まで暗唱できるほどに精通されてると……
ただし、非常に変わった方とも……」
*頼朝軍使者に娘の宝(右)を頼朝の養女にしたいとの意向を伝える、一色義道(左)
そこで義経が割って入った。
義経「良いではないか、秀長殿!
我が軍団の女子たち、どこを見渡しても”普通”な女子などどこにもおらぬでは無いか!はっはっは!」
秀長「はあ……」
そこで阿国が義経の茶碗を片付けた。
阿国「”普通でない”女子のわたくしの茶なぞ、御口汚しでございましたか」
阿国は微笑みながらも冷静に義経にくぎを刺した。
義経「あいや……失言でございましたか……」
義経が当惑する様子に一同どっと笑いがおきた。
しかし、この一色家からの養女宝が、頼朝軍団の運命を大きく左右する事を、この時は誰も知る由は無かった。
景虎の生存が示す小さな光、一色の姫・宝がもたらす未知の風。
戦なきひとときの裏で動く駒こそ、次の合戦の行方を決める。




