6-1 血の報せ、軍議の声
飯田城落城の危機が、頼朝のもとへ届く。
命懸けで那加城に辿り着いた使者の声に応え、頼朝は軍議を開く――その決断が、戦局を大きく動かす。
■武田軍急報
伝令「殿!武田家より火急の使者にございます!」
取次役の兵が、切迫した様子で広間へと駆け込んできた。
頼朝「何、武田から…?すぐに参る!」
頼朝は即座に立ち上がり、使者が待つ評定の間へ急いだ。
そこには、甲冑姿のまま血まみれの武者が力なく座している。頼朝は、矢傷や刀傷の痛々しい姿を見て、東美濃の敵中を突破し、満身創痍のままたどり着いたと察した。
武田軍使者「お、お目通り叶い、恐悦至極にございまする……!」
使者はかろうじて声を絞り出し、頼朝の前で深々と額を擦り付ける。
武田軍使者「某は、武田家飯田城主、秋山信友の使いでござる。飯田城が徳川に包囲され籠城を続けておりますが、もはや限界! 頼朝様の援軍を何卒、何卒お願い申し上げる!」
頼朝「南信濃の武田本隊はどうしておる?先の戦では徳川を牽制してくれたはずだが……」
頼朝が問うと、使者は苦渋に満ちた表情で答えた。
武田軍使者「はい……徳川と交戦いたしましたが、痛恨の敗北を喫しまして……」
頼朝「むぅ……援軍を出してやりたいのは山々だが……」
頼朝は唇を噛む。
頼朝「そなたの傷が、ここへ来るのにも大きな苦労があったと物語っておる。美濃から南信濃の飯田までは、織田が押さえる東美濃が立ちはだかる。どうやって兵を送れというのか……」
武田軍使者「そこを何とか……このままでは飯田は落ち、信濃までが徳川の手に……!」
使者は必死に頼朝の足元へ崩れ落ち、すがりつくように訴える。
頼朝「……案ずるな。武田は我らの盟友じゃ。見捨てるなど考えておらぬ。必ず策を講じよう」
命懸けでここまでたどり着いた使者に、頼朝は最大限の労いを込めて応じた。
頼朝「まずは傷を手当てせよ。あとのことはわしらに任せろ」
武田軍使者「は、ははっ……ありがとうございます……」
使者はほっとしたのか、あるいは限界が来たか、意識を失いかけてがくりと倒れそうになった。
(先の戦で我らが徳川に攻められたとき、武田は南信濃から圧力をかけてくれた。そのおかげで我らは助けられ……かえって武田を窮地に追い込む結果になったのか?)
頼朝は胸が痛んだ。
飯田城は武田が南信濃要の城。ここを失えば、信濃は徳川の手に落ちる。
(武田は弱っているのか。それとも徳川家康の勢いが思いのほか強まっているのか……)
この使者がどれほどの覚悟で東美濃の織田領を突破してきたのか、その執念と忠誠心が頼朝の心を強く動かすのだった。
■那加城、緊急軍議
頼朝は参謀の羽柴秀長、那加城に駐屯する部隊長義経と赤井輝子を集めて緊急の軍議を開いた。岐阜や犬山の幹部を呼ぶ時間はない。
頼朝「……困った事態だな」
頼朝が切り出す。
頼朝「使者には援軍を約束したが、この地より飯田城へ行くには東美濃が塞がれている。兵糧の問題もある。何か妙案がないか?」
秀長「……」
秀長は難しい顔で腕を組む。
秀長「正直、時間も道も無く、我が軍の兵糧も十分ではございません。
しかし飯田城の陥落は何としても避けねば……そこが落ちれば、我らが織田と対峙してきた努力も水泡に帰しかねませぬ。
だが、いかにして……」
そこで口を開いたのは赤井輝子だった。
輝子「秀長! あんたは本当に困難な局面になると尻込みばかりだね! 言っておくけど、こういうときは単純でいいんだよ。正面突破あるのみ!」
輝子は頼朝へと向き直る。
輝子「殿!これはまたとない好機ではありませんか!目の前の東美濃の織田を蹴散らして南信濃に入り、武田と合流する。
それしか方法はありません!
美濃の織田軍なんて怖くないですよ! 徳川も武田との戦で余力は残っていないはず。邪魔する奴はまとめて踏みつぶして、どんどん進軍しましょう!」
(輝子らしい大胆な提案だ……)
しかし、ただの猪突ではないことを頼朝は知っている。実際の彼女の戦いぶりは、裏付けのある勇猛さだと頼朝はみていた。
秀長「ですが赤井殿……」
秀長が制止する。
秀長「そんな東美濃に手間取っている間に、西から織田の主力が来たら……背後を突かれる危険がございます。そうなったら……ひとたまりも……」
輝子「なにを弱腰なことを……!」
輝子は声を荒らげる。
輝子「南信濃の味方を見殺しにするのか!
確かに秀長は我らに有利となる戦略を立案してきた。でも、戦なんて常に有利な状況でできはしないよ! 死力を尽くして打開しないといけないときだってあるものさ!」
義経「まあまあ、輝子殿。少し落ち着かれよ」
義経が静かに仲裁に入る。
義経「兄上。拙者も、赤井殿と同じ考えにございます。
南信濃を支えるには東美濃を抜けるほか道はありません。上杉も武田に援軍を出す余力はないはず。ならば我らが武田を救わねば。
東美濃の織田軍を速やかに蹴散らし、飯田城を解囲するのが最善かと。
なに、西から織田は――この義経が必ず止めてみせましょう」
輝子「へえ、さすが義経様!見上げた武人じゃないか!」
輝子は上機嫌で義経の肩を叩き、秀長を睨み返す。
頼朝「……分かった。皆の意見は聞いた」
頼朝はじっと考え込み、やがて決断を下す。
頼朝「わしも、この状況では強行するしか道はないと思う。…わし自らも出陣する。
義経よ、守りを頼む。それが無ければ、南信濃までの遠征などできぬ。
秀長、方針が決まったらば準備を進めよ」
秀長「は、はっ、承知いたしました!」
秀長は気持ちを切り替えたように顔を上げる。
秀長「ならば義経様と一部の守備軍を残し、総動員して最短、最速で東美濃を突破し飯田城へ向かいましょう。西の守りについても、万全を期します。具体的には……」
秀長はすぐ陣立て案を示した。輝子も耳を傾けながら、大きく頷いている。
武田救援のため、ついに頼朝は出陣を決意する。
次章、東美濃の織田軍との衝突が始まる。赤井輝子の進撃、そして義経の背中に託された防衛戦が幕を開ける――。




