5-4 父と娘、秋の岐阜にて
一年ぶりの岐阜城。稲葉山の秋に包まれながら、頼朝はある再会に向かう。
かつて愛した女性の面影、そしてその娘との邂逅。――それは、過去の赦しと未来への歩みの始まりだった。
■岐阜城
天正八年(1580年)十月、頼朝は岐阜城を訪れた。
刈り終えた稲束が稲架に並び、田の畔には薄金色の列が波を打つ。長良川から吹く冷たい風が、乾いた藁の香を城下まで運んでいた。民たちの豊かさを彩った景色が、那加城から岐阜城までの道中で頼朝の目に入ってきた。
(この景色を守っていけるだろうか。いや、守らねば……)
これまで織田との戦に明け暮れてきた頼朝にとって、こうした穏やかな秋の風景に心を預けることなどなかった。
稲葉山の麓までたどり着くと、トモミクと北条早雲が頼朝一行を出迎えていた。
鎌倉の世からこの時代に来たのは、ほぼ一年前。一年ぶりの岐阜城は、紅葉に燃える稲葉山を背に、その白壁の天守が浮かび上がっていた。
岐阜城内に入ると、トモミク隊と北条早雲隊の副将が、評定の間にて頼朝の到着を待っていた。
トモミク隊の副将は犬山道節、犬坂毛野。
*トモミクの狙撃隊。副将の犬山道節(左)、犬坂毛野(右)
一方、北条早雲隊の副将には谷衛友、そして緊張した面持ちで控える若き娘――桜の姿もあった。
*北条早雲の突撃隊。副将の谷衛友(左)と、頼朝の娘桜(右)。
トモミク「ようこそおいでくださいました、頼朝様」
トモミクが柔らかな微笑みを浮かべて迎える。
頼朝「先の合戦ではよく働いてくれた。
我らが西から織田の攻撃を防ぎ続けられているのは、皆が岐阜城を守ってくれているからこそ。
心より感謝申し上げる」
頼朝が声をかけると、一同は深々と頭を下げる。
トモミク「この岐阜城は、那加城の頼朝様をお守りする最大の砦です。ただ、織田軍はこの岐阜城が難攻不落であるからこそ、この岐阜城を避け、尾張より犬山城を目指して攻め込んでおります」
頼朝「トモミクの申す通りじゃ。わしが参ってからは、犬山ばかり狙われ、小牧山に張り付いて戦っておる。岐阜城からの援軍も我が軍の命綱よ」
トモミク「はい。いずれ私たちの軍団の戦略も、見直さないといけないかもしれませんね、頼朝様」
(今の三拠点、那加城・犬山城・岐阜城で守るのみでは、いずれ立ち行かなくなるであろう……)
そこに北条早雲が口を開いた。
早雲「先の戦いでは、徳川が退いたから良かったが、もし徳川も加わっていたら、我らの織田撃退の策は実施できなかったでありましょう。
しかし、この岐阜がある限り、我らは頼朝様のお命だけはお守りいたしますぞ!」
早雲の力強い発言の後、トモミクの表情が緩む。
トモミク「それでは、頼朝様。今はその織田も静かなようでございます。
今は、ごゆるりと岐阜城でお過ごしくださいませ」
トモミクが言うと、早雲がさりげなく、頼朝の部屋からの退出を促した。
トモミクは、頼朝と桜を連れて、森の屋敷へ案内する。そこは、初めてこの時代に来た日、トモミクと義経に会った場所。
懐かしくも、忘れ得ぬ場所であった。
■頼朝の娘、源桜
早雲とトモミクの計らいで、頼朝は桜と二人きりで言葉を交わす機会を得た。
桜は緊張しながらも、真剣な表情で頼朝の前に座った。
頼朝「……桜か。元気に過ごしておるか?」
桜「はい!早雲様に大変よくしていただいて、多くを学んでおります。父上のお役に立てるように……」
桜の声は震えている。猛将たちと共に戦場を駆ける早雲隊の副将であったが、やはり13歳の少女。
頼朝も適切な言葉を選ぶことができずにいた。
先に口を開いたのは桜だった。
桜「あ、あの……『父上』と、お呼びしても……よろしいでしょうか……?」
その問いに、頼朝はぎこちなく頷く。
頼朝「……桜がそうしたいのであれば……」
(何とも不器用な言い方になってしまった……)
それでも桜は大きく目を輝かせ、「父上!」と嬉しそうに微笑む。
そして一呼吸置いて、彼女は決意したように言葉を続ける。
桜「わたくしの母のことを……お話ししてもよろしいですか?」
予め早雲から助言があったのだろうか。頼朝が最も知りたかった事柄を、桜は自分から切り出してくれる。
頼朝「ああ……教えてくれ。桜」
桜「母は”妙子”です。御家人の皆様からは、”亀の前”と呼ばれておりました。
わたしが物心ついた頃には、すでに出家しており、”妙悟尼”と名乗っていました。北条の方々から酷い仕打ちを受けて……。母はわたくしを守るので精一杯でした……」
(妙子……なんと……)
頼朝の胸に苦い記憶がよぎる。正室政子の妙子への嫉妬は尋常ではなかった。自分の死後、妙子がどれほど苦しめられた事か――想像に難くない。
桜の声は嗚咽に変わり、それ以上、言葉を続けるのが難しいようだった。
頼朝「もう……よい。話してくれて嬉しいぞ、桜」
頼朝はそっと立ち上がり、娘の傍らへ寄った。
頼朝は心が押し潰されそうだった。
たまらず娘の肩を抱き、自分の胸元へ強く引き寄せていた。
桜「父上……会えて……本当に嬉しいです……!」
桜の嗚咽が止まらない。頼朝はただ娘を抱きしめることしかできない。
(おそらくは行き場を失った桜を、トモミクがこの時代へ連れてきてくれたのであろう。そして早雲が父親代わりとして面倒を見てくれた……)
トモミクや阿国、そして早雲が断片的にしか語らぬ言葉の裏の深い思いやりを、頼朝は少し理解したように思えた。
頼朝は桜を抱きしめる腕に、さらに力を込めた。
桜の口から語られた“母の記憶”は、頼朝の心に深い爪痕と救いをもたらす。
次章、頼朝は再び軍議の座へ戻り、戦略と情のはざまで揺れ動く決断を迫られていく――。




