表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/147

5-4 父と娘、秋の岐阜にて

一年ぶりの岐阜城。稲葉山の秋に包まれながら、頼朝はある再会に向かう。

かつて愛した女性の面影、そしてその娘との邂逅。――それは、過去の赦しと未来への歩みの始まりだった。

■岐阜城


天正八年(1580年)十月、頼朝は岐阜城を訪れた。


刈り終えた稲束が稲架に並び、田の畔には薄金色の列が波を打つ。長良川から吹く冷たい風が、乾いた藁の香を城下まで運んでいた。民たちの豊かさを彩った景色が、那加城から岐阜城までの道中で頼朝の目に入ってきた。


(この景色を守っていけるだろうか。いや、守らねば……)


これまで織田との戦に明け暮れてきた頼朝にとって、こうした穏やかな秋の風景に心を預けることなどなかった。


稲葉山の麓までたどり着くと、トモミクと北条早雲が頼朝一行を出迎えていた。

鎌倉の世からこの時代に来たのは、ほぼ一年前。一年ぶりの岐阜城は、紅葉に燃える稲葉山を背に、その白壁の天守が浮かび上がっていた。


挿絵(By みてみん)



岐阜城内に入ると、トモミク隊と北条早雲隊の副将が、評定の間にて頼朝の到着を待っていた。

トモミク隊の副将は犬山道節、犬坂毛野。


挿絵(By みてみん)

*トモミクの狙撃隊。副将の犬山道節(左)、犬坂毛野(右)


一方、北条早雲隊の副将には谷衛友、そして緊張した面持ちで控える若き娘――桜の姿もあった。


挿絵(By みてみん)

*北条早雲の突撃隊。副将の谷衛友(左)と、頼朝の娘桜(右)。


トモミク「ようこそおいでくださいました、頼朝様」


トモミクが柔らかな微笑みを浮かべて迎える。


頼朝「先の合戦ではよく働いてくれた。

我らが西から織田の攻撃を防ぎ続けられているのは、皆が岐阜城を守ってくれているからこそ。

心より感謝申し上げる」


頼朝が声をかけると、一同は深々と頭を下げる。


トモミク「この岐阜城は、那加城の頼朝様をお守りする最大の砦です。ただ、織田軍はこの岐阜城が難攻不落であるからこそ、この岐阜城を避け、尾張より犬山城を目指して攻め込んでおります」


頼朝「トモミクの申す通りじゃ。わしが参ってからは、犬山ばかり狙われ、小牧山に張り付いて戦っておる。岐阜城からの援軍も我が軍の命綱よ」


トモミク「はい。いずれ私たちの軍団の戦略も、見直さないといけないかもしれませんね、頼朝様」


(今の三拠点、那加城・犬山城・岐阜城で守るのみでは、いずれ立ち行かなくなるであろう……)


そこに北条早雲が口を開いた。


早雲「先の戦いでは、徳川が退いたから良かったが、もし徳川も加わっていたら、我らの織田撃退の策は実施できなかったでありましょう。

しかし、この岐阜がある限り、我らは頼朝様のお命だけはお守りいたしますぞ!」


早雲の力強い発言の後、トモミクの表情が緩む。


トモミク「それでは、頼朝様。今はその織田も静かなようでございます。

今は、ごゆるりと岐阜城でお過ごしくださいませ」


トモミクが言うと、早雲がさりげなく、頼朝の部屋からの退出を促した。



トモミクは、頼朝と桜を連れて、森の屋敷へ案内する。そこは、初めてこの時代に来た日、トモミクと義経に会った場所。

懐かしくも、忘れ得ぬ場所であった。



■頼朝の娘、源桜


早雲とトモミクの計らいで、頼朝は桜と二人きりで言葉を交わす機会を得た。

桜は緊張しながらも、真剣な表情で頼朝の前に座った。


頼朝「……桜か。元気に過ごしておるか?」


桜「はい!早雲様に大変よくしていただいて、多くを学んでおります。父上のお役に立てるように……」


桜の声は震えている。猛将たちと共に戦場を駆ける早雲隊の副将であったが、やはり13歳の少女。


頼朝も適切な言葉を選ぶことができずにいた。

先に口を開いたのは桜だった。


桜「あ、あの……『父上』と、お呼びしても……よろしいでしょうか……?」


その問いに、頼朝はぎこちなく頷く。


頼朝「……桜がそうしたいのであれば……」


(何とも不器用な言い方になってしまった……)


それでも桜は大きく目を輝かせ、「父上!」と嬉しそうに微笑む。

そして一呼吸置いて、彼女は決意したように言葉を続ける。


桜「わたくしの母のことを……お話ししてもよろしいですか?」


予め早雲から助言があったのだろうか。頼朝が最も知りたかった事柄を、桜は自分から切り出してくれる。


頼朝「ああ……教えてくれ。桜」


桜「母は”妙子たえこ”です。御家人の皆様からは、”亀の前”と呼ばれておりました。

わたしが物心ついた頃には、すでに出家しており、”妙悟尼みょうごに”と名乗っていました。北条の方々から酷い仕打ちを受けて……。母はわたくしを守るので精一杯でした……」


(妙子……なんと……)


頼朝の胸に苦い記憶がよぎる。正室政子の妙子への嫉妬は尋常ではなかった。自分の死後、妙子がどれほど苦しめられた事か――想像に難くない。


桜の声は嗚咽に変わり、それ以上、言葉を続けるのが難しいようだった。


頼朝「もう……よい。話してくれて嬉しいぞ、桜」


頼朝はそっと立ち上がり、娘の傍らへ寄った。


頼朝は心が押し潰されそうだった。

たまらず娘の肩を抱き、自分の胸元へ強く引き寄せていた。


桜「父上……会えて……本当に嬉しいです……!」


桜の嗚咽が止まらない。頼朝はただ娘を抱きしめることしかできない。


(おそらくは行き場を失った桜を、トモミクがこの時代へ連れてきてくれたのであろう。そして早雲が父親代わりとして面倒を見てくれた……)


トモミクや阿国、そして早雲が断片的にしか語らぬ言葉の裏の深い思いやりを、頼朝は少し理解したように思えた。


頼朝は桜を抱きしめる腕に、さらに力を込めた。


挿絵(By みてみん)


桜の口から語られた“母の記憶”は、頼朝の心に深い爪痕と救いをもたらす。

次章、頼朝は再び軍議の座へ戻り、戦略と情のはざまで揺れ動く決断を迫られていく――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ