5-3 新たな体制 ―軍団と家族―
織田軍との戦火がひと息つくなか、頼朝軍は次なる嵐に備え、人事と組織の改革に踏み切る。
秀長の提案する“二つの柱”――そして父と娘、主と家臣の新たな絆が芽生え始める。
■新たな体制:譜代衆・一門衆の設置
織田軍との戦いが落ち着いている間、頼朝軍がすべきことは多かった。
内政、外交、軍備、調略のほか、家臣団の人事も大切な取り組みの一つであった。
むやみに領地を広げない頼朝軍は、領土を与え、自治を任せて報いることはできない。いかに組織を整え、役割を明確にし、役職に応じた報酬を与えるか、秀長は苦心していた。
その日の評定には義経、源頼光、渡辺綱、北条早雲、トモミクなど軍団の中核を成す幹部が揃った。
まずは頼朝が口を開く。
頼朝「ここまでの皆の働き、まことに見事であった!度重なる織田の攻撃を凌ぎ、この頼朝は感謝の念に堪えぬ!」
続いて秀長が進み出る。
秀長「我が軍団は、これまで事前の作戦に基づき、各部隊が作戦を遂行してまいりました。
しかし今後、戦いが激しくなるにつれ、予期せぬ状況に対応する必要性が増すかと存じます。
そこで、迅速で柔軟な判断を下せる体制を整えるべく、二つの新たな役職を提案いたします。
一つは“一門衆”。頼朝様および源氏の一門の方々で構成します。
頼朝様万一の際は、何を措いても殿を最優先で救出する。
また、戦況が急変した際には、頼朝様の裁可を待たずに自律的に行動できる権限を持ちます。
一門衆には、義経様、頼光様、渡辺様の三名にお任せしたい。
*新たに「一門衆」に任命された渡辺綱(左)、源義経(中)、源頼光(左)
もう一つは“譜代衆”。
城主や城代など、特定地域の統治を担当し、平時の内政や戦時の緊急判断にある程度の自由度を持っていただく。
今は岐阜城のお二方――北条早雲殿、そしてトモミク殿――にお願いしたい。岐阜城は引き続きお二人の部隊で守っていただきたく、早雲殿には引き続き岐阜城にとどまっていただきたい。
――拙者からの提案は、以上でございます」
皆、納得する中、北条早雲が言う。
早雲「秀長よ、異存はない。だが一つ加えたいことがある。
赤井輝子殿を譜代衆に加えてはくれまいか?」
先の合戦で清州城を落とそうと意欲を燃やしていた赤井を見た早雲は、彼女なら一国一城を任せても面白い――と考えていた。
それに対して頼朝が応じた。
頼朝「よかろう、早雲殿。だが、正式任命は次の戦で輝子殿が改めて手柄を立てることを条件としたい。どうじゃ?」
早雲「ははっ、ありがたきしあわせ!」
早雲は満足げに頭を下げる。
*新たに「譜代衆」に任命された(左)トモミク、(中)北条早雲。そして北条早雲の推挙で譜代衆が内定している(右)赤井輝子。
■父頼朝と、育ての親北条早雲
評定後、みな退出するなか、頼朝は早雲を引きとめた。
頼朝「早雲殿、ひとつ礼を申したい。わしの娘・桜が、早雲殿にお世話になっていると聞いた……」
早雲「桜殿ですな。頼朝殿も岐阜城までお越しくだされ。彼女はまっすぐな娘。この早雲が責任をもって女武将に鍛えてみせましょう」
笑う早雲の顔は、威厳ある老将らしさよりも父親や師匠のような優しさがにじむ。
頼朝「……感謝する」
頼朝はそれだけ告げる。桜の様子や、なぜ自分の娘なのか等、早雲に聞いてみたいことが多くあった。
しかし、北条早雲はそのような頼朝の気持ちを察したかのように告げる。
早雲「さて、頼朝殿、いろいろと桜殿の事を聞きたかったであろう。わしから聞くより、まずは、頼朝殿ご自身で岐阜へ赴き、直接、桜殿に会うてやってくだされ」
頼朝「早雲殿、かたじけない。ただ、はずかしながら、娘と言いながら、わしは何もわからぬのじゃ。何を話したらいいのやら……」
早雲「がはは!そうでしたか!
頼朝殿は、桜殿が生まれる前に、この時代にいらしたのであったか。
ではなおさら、直接話を聞いてあげてくだされ。頼朝殿がご存知でなくとも、正真正銘、頼朝殿の娘でござる。
桜は会いたがっておりますぞ。堂々とお会いくだされ!
では、岐阜城にてお待ち申し上げておりますぞ!」
早雲は軽快に退出していく。
■秀長の娘・篠との対面
早雲が去ったあと、頼朝は約束通り茶室へ向かう。
茶室に入ると、秀長と一人の少女が頭を下げて、頼朝を待っていた。
頼朝「面を上げよ。頼朝である。かしこまらずとも良い……」
促されて少女が顔を上げると、凛とした目が印象的な幼い女子だった。
篠「羽柴秀長の娘、篠にございます。父から頼朝様のお話をいつも伺っております……」
篠のしっかりとした言葉遣いに、頼朝は思わず感心する。しかし、こんな幼い娘が自分の嫁にとは――頼朝は戸惑いを禁じ得ない。
頼朝「篠と申したか。そなたの父、秀長の働きにはいつも感謝をしている。父を誇りとするが良い」
篠「勿体なきお話でございます。父にとってもこの上ない誉れでございます」
篠はあらためて、丁寧に頭を下げた。
秀長も深々と頭を下げ、意を決したように口を開いた。
秀長「頼朝様!何卒、この娘を頼朝様の妻に迎えていただきたく……!
篠も承知しておりまする」
頼朝は、苦笑いをした。
(承知といっても、こんな年の女子では、父親の命に従うだけであろう……)
頼朝は篠の顔を改めて見る。すると少女はきっぱりと視線を合わせてくる。
頼朝「篠、年はいくつだ」
篠「十二にございます」
(桜は十三。娘よりも幼い、ほんの子供ではないか……)
頼朝「本当に、わしと夫婦になることを望んでいるのか?」
篠「はい。父が尊敬申し上げる主君、頼朝様のもとで働けること、誇りに思います」
躊躇いなく答える篠。やはり父の英才教育を受けてきたに違いなかった。
(しかし“働ける”とは、おかしき事じゃ……)
頼朝「……秀長」
頼朝は深く息を吐く。
頼朝「わかった。むしろ、わしにとって過ぎた縁だが、ありがたくそなたの気持ちを受け取ろう」
秀長「おお……ありがとうございます!」
秀長は感極まった様子で何度も頭を下げる。篠も心なしか、ほっとした顔をしている。
頼朝は篠に体を向けて、静かに語り掛けた。
頼朝「しかし、篠。すぐに、わしのもとに参る必要はない。まずは父、母の元にて気が済むまで過ごし、いろいろと学んでからでも構わぬ」
秀長「いえ、頼朝様。篠は兵法書や武芸も一通り修めており、すぐにでも頼朝様のお役に立てるかと……」
秀長が横から口を挟む。
(十二の娘に、兵法書を読ませ、武芸に励ませ、用兵まで学ばせるとは……。秀長も、つくづく無体な父親よ……)
頼朝は内心で苦笑しつつ、娘の姿を確かめる。
頼朝「篠、そなたの父はあのように申しておるが、慌てずとも良い。そなたは本日より頼朝の正室ゆえ、もう父に従わずとも良い。自らの判断で、好きな時に参られよ」
篠「はい。お心遣い、恐れ入ります」
十二歳の秀長の娘の立ち居振る舞いは、大人そのものであった。
(この子と少しずつ言葉を交わしながら、この時代の生き方を学んでいくのも悪くないかもしれぬ……)
頼朝は、大切な家臣の大切な娘、”正室”という形にとらわれず、養女をあずかるような気持ちで、篠を大切にしていこうと考えた。
桜との再会に向けて、心を整える頼朝。
そして、秀長の娘・篠との出会いは、頼朝の人生にまた一つ新たな縁をもたらします。
次章では、頼朝の再訪と桜との対話が描かれる予定です――。




