5-2 兄弟の再出発 ―「今」を生きるという選択―
かつて刃を交わすに至った兄弟――源頼朝と義経。
時を越え、共に戦う身となった二人は、ようやく一つの盃を交わす。
その酒は、過去を赦すものか、あるいは未来への誓いか――
■義経との杯
軍神と謳われた弟――源義経。
共に戦場に立ち、軍議で言葉を交わすようになったのは、この時代に来てからのことだった。
鎌倉の世では、黄瀬川で涙の再会を果たした後は、盃どころか顔を合わせることが無かった。
ついには義経討伐を藤原泰衡に命じた――。
そして今夜――
頼朝は義経と差し向かいで酒を酌み交わしている。
秀長の娘との婚儀について意見を聞きたかったが、ただ、弟と語らいたかった。
義経が酒を注ぎながら、ふと口を開いた。
義経「このところ、織田は少し静かですな、兄上」
頼朝は盃を受け取り、ゆっくりとうなずく。
頼朝「そのおかげで、こうして二人で盃を交わせる。
しかし、織田は飢えた猛獣のようじゃ……。
さらに強くなり、必ずや攻め寄せてくるであろう」
頼朝は義経の横顔を見つめた。
今は――
絶対的な信頼を寄せる、優れた部隊長。
そして、盃を交わす、弟。
頼朝「おぬしの軍略は、この時代でも冴えわたっている。
やはり、天賦の才か」
頼朝が微笑むと、義経は少し照れたように頭をかく。
義経「いえ、私はただ兄上のお役に立ちたい一心。
それだけでございます」
その言葉が、胸に深く突き刺さる。
頼朝「……義経よ」
頼朝は、自然と頭を垂れていた。
頼朝「……すまなかった」
義経「兄上、頭など下げないでください……!」
義経は慌てて頼朝の肩に手を添え、そっと支える。
義経「今、こうして共に戦っておりまする。
まこと、不思議な因縁ではございますが……。
こうして再び、兄上とご一緒できる。
拙者にとって、これほどありがたいことはございません」
頼朝は、自分が赦す側ではなく、赦されていることに気づく。
その事実が、心の奥底をさらに締めつけた。
重くなりすぎた空気を払うように、頼朝は話題を変える。
頼朝「そなたは、良き妻と出会えたようだな」
義経「ははっ!武田勝頼殿の娘は、実に猛々しい“武人”ですからな!」
義経が破顔する。
“武人“とは、義経唐すると“最高の賛辞”に違いない。
頼朝「ところで、義経……そなたは秀長をどう思う?」
義経「秀長殿ですか?
兄上のほうが、余程ご存じなのでは?」
頼朝は、義経の盃を満たした。
頼朝「実はその秀長から……娘を、わしの妻にと申し出があってな」
義経「なんと!それはめでたい!
お受けなされませ。
これで秀長殿が兄上の義父というわけですな」
義経は、からかうように笑いながら、今度は頼朝の盃を満たす。
頼朝も苦笑しながら盃を空けた。
そして、ふと真顔になる。
頼朝「……我らは、この時代の人間として、生きていくことになるのか……?」
義経は一瞬目を伏せ、静かに考え込む。
やがて顔を上げ、頼朝の目を見据えながら言った。
義経「兄上……過去も未来も、それこそ“今”とは何か、拙者にはもう分かりませぬ。
ただ、こうして良き家臣や妻に恵まれ、そして兄上と共に生きております。
その“今”を、大切にしたい……それで良いと思っております」
そして、義経は穏やかに微笑んだ。
義経「秀長殿の娘御のこと。
兄上がお気に召されたのであれば、どうぞお心のままになされませ。
もしお断りになるのでしたら……その役目、この義経が、お引き受けいたしましょう」
真っ直ぐな眼差しを頼朝に向けていた。
――“今”を生きる。
その夜の酒は、頼朝にとって格別に深く、心に沁み渡る味がした。
■阿国との朝餉:語られぬ未来
翌朝。
出雲阿国が朝餉を頼朝に運ぶ。
膳を整えると、阿国は静かに口を開いた。
阿国「頼朝様が昨日お会いになられた大村由己様――実は、私、昔からご縁がございまして。
公家との仲立ちにはうってつけの方でございます」
頼朝「そうであったか。
そなたは顔も広い……不思議なお方よ」
頼朝は湯気の立つ椀を見つめながら、阿国の所作を目で追っていた。
頼朝「……阿国よ。
なぜ、わしはここにいるのか?
義経も。
そなたやトモミクは、いまだ詳しく語ろうとせぬ。
……理由があるのか?」
阿国は、微笑を浮かべたまま、やんわりと首を振る。
阿国「頼朝様。
未来を知る者には、未来を知る者なりの……難しさがあるとは、お思いになりませぬか?」
答えになっていない。
だが、拒絶とも違う。
阿国「もし、頼朝様が――明日、わたくしが死ぬ運命にあるとご存知でしたら。
……どうなさいますか?
告げますか?
それとも、黙ってお過ごしになりますか?
あるいはーー
これから共に力を尽くして、何かに立ち向かおうという時。
その結末を、初めからお聞きになりたいですか?」
つかみどころのない話であった。
しかし、阿国の声は、やさしく、どこか祈るようでもあった。
阿国「頼朝様の家臣の方々も、そして頼朝様ご自身も、それぞれに異なるお考えがおありでしょう。
この軍団の中で……おそらく、すべてをご存知なのは、トモミク様」
気のせいか、少しだけ、阿国の声が震えたように頼朝は感じた。
阿国「……もし私が、トモミク様の立場であったなら。
それは、それはーー苦しいことでしょう」
頼朝は、静かに言葉を返す。
頼朝「……いや、戯れ言であった」
阿国は穏やかに微笑み、膳を下げて退出していった。
頼朝は、ふと、織田信長が敗走した日のことを思い出した。
トモミクが、退却する信長の背中を見つめていた――あの眼差しを。
――未来を知る者にとっての、「今」とは。
義経の言葉にある「今を生きる」という覚悟は、頼朝にとっても大きな転機となりました。
そして、出雲阿国との対話の中で浮かび上がる、語られざる“真実”と“覚悟”。
次回、運命の波がさらに強く動き出します――。




