表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/145

5-2 兄弟の再出発 ―「今」を生きるという選択―

かつて刃を交わすに至った兄弟――源頼朝と義経。

時を越え、共に戦う身となった二人は、ようやく一つの盃を交わす。

その酒は、過去を赦すものか、あるいは未来への誓いか――

■義経との杯


軍神と謳われた弟――源義経。


共に戦場に立ち、軍議で言葉を交わすようになったのは、この時代に来てからのことだった。

かつて鎌倉では、黄瀬川で涙の再会を果たしながら、その後は盃どころか顔を合わせることすら叶わず、ついには義経討伐を藤原泰衡に命じるに至っていた――。


そして今夜。秀長の娘を妻に迎えるという話を耳にした直後、頼朝は義経と差し向かいで酒を酌み交わしていた。

表向きは「意見を聞きたい」との大義名分だったが、本心はただ、弟と語らいたかったのだ。



義経が酒を注ぎながら、ふと口を開いた。


義経「このところ、織田は少し静かですね、兄上」


頼朝は盃を受け取り、ゆっくりとうなずく。


頼朝「ああ。そのおかげで、こうして二人で盃を交わせる。しかし、織田は飢えた猛獣のようなもの……やつらは必ず、さらに強くなって戻ってくるであろう」


そう応えながら、頼朝は義経の横顔を見つめた。

かつては命を狙い、憎んでさえいた存在。

それが今は――絶対的な信頼を寄せる、優れた部隊長。そして、かけがえのない弟。


 

頼朝「それにしても、おぬしの軍略は、この時代でも冴えわたっている。やはり、天賦の才だな」


頼朝が微笑むと、義経は少し照れたように頭をかく。


義経「いえ、私はただ兄上のお役に立ちたい一心。それだけでございます」


挿絵(By みてみん)



その言葉が、頼朝の胸に深く突き刺さった。


 


頼朝「……義経よ」


頼朝は、自然と頭を垂れていた。


頼朝「これまでのこと……すまなかった」


義経「兄上、頭など下げないでください……!」


義経は慌てて頼朝の肩に手を添え、そっと支える。


義経「今、こうして共に戦っておりまする。まこと、不思議な因縁ではございますが……こうして再び、兄上とご一緒できる。拙者にとって、これほどありがたいことはございません」


頼朝は、自分が赦す側ではなく、赦されていることに気づく。

その事実が、心の奥底を締めつけた。


 

重くなりすぎた空気を払うように、頼朝は話題を変える。


頼朝「そなたは、良き妻と出会えたようだな」


義経「ははっ!武田勝頼殿の娘は、実に猛々しい“武人”ですからな!」


義経が破顔一笑する。その様子は、まさに“最高の賛辞”といった口ぶりだった。


 

頼朝「ところで、義経……そなたは秀長をどう思う?」


義経「秀長殿ですか?兄上のほうがよほどよくご存じなのでは?」


頼朝は、盃に口をつけながら言った。


頼朝「実は今日、その秀長から……娘を、わしの妻にと申し出があってな」


義経「なんと!それはめでたい!ぜひお受けなされませ。これで秀長殿が兄上の義父というわけですな」


義経は、からかうように笑い、頼朝も苦笑しながらその杯を空けた。

そして、ふと真顔になる。


 

頼朝「……我らは、この時代の人間として、生きていくことになるのか……?」


義経は一瞬目を伏せ、静かに考え込む。

やがて顔を上げ、頼朝の目を見据えながら言った。



義経「兄上……過去も未来も、それこそ“今”とは何か、拙者にはもう分かりませぬ。

ただ、こうして――良き家臣や妻、そして兄上に恵まれ、共に生きている。

その“今”を、大切にしたいと……そのように思っております」


そして、義経は穏やかに微笑んだ。


義経「秀長殿の娘御のこと。兄上がお気に召されたのであれば、どうぞお心のままになされませ。

もしお断りになるのでしたら……その役目、この義経が、お引き受けいたしましょう」


その真っ直ぐな眼差しに、頼朝の胸が熱くなった。


 

――“今”を生きる、か。


その夜の酒は、頼朝にとって格別に深く、心に沁み渡る味がした。



■阿国との朝餉:語られぬ未来


翌朝。頼朝のもとへ、出雲阿国が朝餉を運んできた。


気品ある所作で膳を整えると、阿国は静かに口を開いた。


阿国「頼朝様が昨日お会いになられた大村由己様――実は、私、昔からご縁がございまして。

公家との仲立ちにはうってつけの方ですわ」


頼朝「そうであったか。そなたは顔も広いし……やはり、不思議なお方よ」



頼朝は湯気の立つ椀を見つめながら、ふと口を開いた。


頼朝「阿国よ。なぜ、わしはここにいるのか?なぜ義経も、この時代にいるのか?

そなたやトモミクは、いまだ詳しく語ろうとせぬ……何か理由があるのか?」


阿国は、微笑を浮かべたまま、やんわりと首を振る。


阿国「頼朝様。未来を知る者には、未来を知る者なりの……難しさがあるとは、お思いになりませぬか?」


それは、答えになっていない。だが、拒絶とも違う。

 


阿国「もし、頼朝様が――明日、わたくしが死ぬ運命にあるとご存知でしたら……どうなさいますか?

告げますか?それとも、黙ってお過ごしになりますか?


あるいは、これから共に力を尽くして、何かに立ち向かおうという時に――

その結末を、初めからすべて知っていたいと、思われますか?」


阿国の声は、やさしく、そしてどこか祈るようだった。



阿国「頼朝様の家臣の方々も、そして頼朝様ご自身も、それぞれに異なるお考えがおありでしょう。

この軍団の中で……おそらく、すべてをご存知なのは、トモミク様ただお一人」


気のせいか、少しだけ、阿国の声が震えたように頼朝は感じた。


阿国「……もし私が、トモミク様の立場であったなら――それは、それは、苦しいことでしょうね」


挿絵(By みてみん)



 

頼朝は、静かにうなずいた。


頼朝「そうじゃの……いや、戯れ言であった」


阿国は穏やかに微笑み、膳を下げて退出していった。


 

(わしが知ってはならぬこと――そのようなことも、あるということか)


頼朝は、ふと、織田信長が敗走した日のことを思い出す。

トモミクが、戦場の果てに去る信長の背中を、寂しそうに見つめていた――あの表情を。


 

そして、もう一度、胸の内で呟いた。


――未来を知る者にとって、「今」とは何なのか。

義経の言葉にある「今を生きる」という覚悟は、頼朝にとっても大きな転機となりました。

そして、出雲阿国との対話の中で浮かび上がる、語られざる“真実”と“覚悟”。

次回、運命の波がさらに強く動き出します――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ