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46-2 父の願い

数奇な運命で、

この時代をともに過ごす父と娘。


父は日ノ本に影響力を持つ軍閥の頭領、

娘は一国一城の主。


それでも――

父は娘を想い、娘は父を想う、その気持ち、

どこにでもいる、父と娘。



頼朝「……桜。

そなたは、考えたことはないか」


頼朝は、静かに言葉を置いた。


頼朝「なぜ、異なる時代に生きた者たち――

我らのような者が、今この時代に集うてきておるのか」


問いは、あまりにも遠かった。


桜「……いえ……。

それよりも、父上のお身体と、何か関係が――」


頼朝「まあ、聞くがよい」


遮るように、しかし柔らかく。


追い詰められた桜とは対照的に、

頼朝は、わずかに微笑んでいた。


頼朝「ただし、桜。

わしには、一つだけ――どうしても抗いたいことがある。

そなたの人生の妨げとなるもの。


それが神であろうと、抗し、戦う」


一拍。


頼朝「……だがな。

今のそなたを見れば――安心じゃ」


桜「父上……何を、仰せなのですか!」


声が、張り裂ける。


桜「父上あってこその、桜にございます!

いったい何のために、これまで――!」


言葉は続かない。

その場に、崩れる。


挿絵(By みてみん)


頼朝「……待つがよい、桜」


静かに、諭す。


頼朝「まだ、わしが死ぬと決まったわけではない。


ただ――何があってもおかしくはない。

その覚悟を、そなたに伝えただけのこと」


一拍。


頼朝「……わしの願いはな。

宿命を果たし、

そなたたちと共に、鎌倉で穏やかに過ごすこと。


その願い――

まだ、捨ててはおらぬ」


桜は、顔を上げた。


その目は――怒りに近かった。


その視線が、

傍らの薬師へと向けられる。


まるで、すべての原因であるかのように。


その空気を断ち切るように、

北条早雲が口を開いた。


早雲「……頼朝殿。

義経殿、梓殿には、すでにお覚悟を伝えておる。


義経殿もまた――覚悟を決められた」


一拍。


早雲「今は、ご自身のことだけをご案じあれ。

成すべきことを、なされよ……頼朝殿」


頼朝「……かたじけない、早雲殿」


小さく、頷く。


挿絵(By みてみん)


頼朝「桜よ。ちょうどよい機会じゃ。


景虎殿とは、仲睦まじくしておると聞く」


桜は、わずかに息を整えた。


桜「……はい。

景虎様は、多くの苦難を越えてこられた御方。

忍耐強く、お優しく、武にも秀でておられます」


一瞬だけ――頬が紅む。


桜「そのような御方に嫁ぐことができたこと、

誇りに思っております」


だが、すぐに――


桜「……ですが……

父上無き桜など――」


頼朝「待て、待て、桜」


苦笑する。


頼朝「何度も、わしを殺すでない。


そなたに対し、父親を名乗れるほどのことは、

何一つしてやれておらぬ……。


それでも――

良き伴侶に恵まれたこと、何より嬉しく思うておる」


頼朝は、視線を外す。


遠くを見る。


頼朝「……病に伏すのも、悪いことばかりではない。


不思議と、見えてくるものがある。


……皮肉なことよ」


改めて桜に目を向ける。


頼朝「よいか、桜。

我らのように、古の世より来た者――

皆、何らかの『罪』を背負うておる」


桜「な、なにを……」


頼朝「……わしの“前のわし”……皆が語る、あの頼朝が――

なぜ、皆を呼び寄せたのか。

その意味が、ようやく見えた」


一拍。


頼朝「この戦国の世において、

さらに大きな罪を重ねる覚悟を持つ者たち――


それゆえに、集められたのじゃ」


ふと、頼朝の表情が緩む。


頼朝「……桜や里が来たのは、

父の勝手な理由であろうがな」


桜「……では……」


桜は、震えながら問う。


桜「父上も……早雲様も、道灌様も、頼光様も……

そして、義経様も――

皆、罪びとだと……そう仰るのですか」


頼朝は、静かに頷いた。


頼朝「……そうじゃ、桜。


救われた命が多くとも――

その陰で、数えきれぬ命が失われておる。


――罪は、罪なのじゃ」


一拍。


頼朝「そして――

最も重き罪を背負う『鬼』が、

そなたの父よ」


桜は、言葉を失った。


頼朝「……もし、わしに何かあれば、

その役目は、義経が引き継ぐ」


静寂。


頼朝「……だがな。

一つだけ、救いがある。


帝は、すべてを見通しておられた。


惣無事令は――

罪深き我らに与えられる、免罪符。


その時こそ。


罪なき、この時代の者へと――

この軍を渡す」


頼朝は、一歩踏み出そうとする。


だが――


足元が揺れる。


「父上!」


出雲阿国が、すぐに支えた。


頼朝「……よいか、桜」


頼朝は、阿国に支えられながら続ける。


頼朝「我らは――

道を切り開くためだけに、ここにおる」


桜「……そんなこと……!」


桜は、首を振る。


桜「今の領民も、家臣も――

皆、父上を心から敬っております!


それは、父上の徳ゆえ!


鬼などと……そのようなこと、申されるべきではございませぬ!」


頼朝は、ゆっくりと近づく。

おぼつかぬ足取りで。


桜の手を取る。


頼朝「……桜。

そなたは、この父の誇りぞ。


そなたが幸せであれば――

この身が、いかなる業火に焼かれようとも、構わぬ。


……ただの、父の願いじゃ」


桜は、言葉を失ったまま――

ただ、その手を強く握り返した。


頼朝「……わしの罪の報いは……

そなたの兄たちが受けてしまった――。


……ゆえに。


この“鬼”の後を――

そなたが継いではならぬ」


頼朝の視線が、まっすぐに桜を射抜く。


桜「……どうして……


なぜ父上は、ご自身を……

罪びとだと、言い続けるのですか……!」


その姿に――

もはや、城代・源桜の面影はなかった。


一人の、娘であった。


頼朝「……すまぬな」


涙を、そっと拭う。


細くなった腕で、

その頭を包み込む。


挿絵(By みてみん)


早雲は、目を伏せた。


早雲「……桜殿……。

これ以上は……頼朝殿の御身に障る。


では、頼朝殿。


岐阜への出立は明後日。

それまで、どうかご養生を」


桜は、自ら立つことができなかった。


早雲に支えられながら、

その場を後にした。


挿絵(By みてみん)

お読みいただきありがとうございました。


次回は、出雲阿国の心が大きく揺らぎます。


この後の展開もお付き合いくださいませ。

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