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44-1 鬼の気配

命の灯火が弱まりゆく中、

頼朝はなお、天下の行く末を見据えていた。


惣無事令――

その理想の裏で、

彼が背負おうとしているものは、

あまりにも重い。


そしてその頃、

兄の運命を知った義経の胸にも、

まだ名も持たぬ“鬼”の気配が、

静かに忍び寄っていた。

■毛利家とのよしみ


天正十六年(1588年)六月。


頼朝「……毛利殿が、ついにか」


病床にあった頼朝は、報告に上がった太田牛一の言葉を聞くと、わずかに身を起こし、力を振り絞るように声を上げた。

傍らに控えていた羽柴秀長は、その表情に一瞬だけ安堵の色を浮かべる。


頼朝の病状は、相変わらず一進一退であった。

ある日は政務に顔を出し、ある日は床に伏す。その落差は、家臣たちの胸を静かに締め付けていた。


中国地方の雄・毛利家。


朝廷が、源頼朝率いる軍団を「日ノ本唯一の覇者」と認めきれずにいる理由は、決して一つではない。

だが、その大きな要因の一つが、いまだ広大な中国地方に覇を唱える毛利家の存在であることは、誰の目にも明らかであった。


毛利と刃を交えれば、天下は再び大きく乱れる。

惣無事令の名のもとに築こうとする「静かな世」は、音を立てて崩れ去るだろう。


頼朝は、そのことを、誰よりも理解していた。


覇権の拡大ではなく、束の間であっても平穏を保つこと。

徳川との戦が続く今、戦線をこれ以上広げぬこと。


そのために――西国の雄、毛利家との確かな誼を結ぶ。

頼朝は、密かにそう決めていたのである。


一方、毛利家当主・毛利輝元もまた、頼朝軍の進撃を静かに見据えていた。

丹波平定の報がもたらされ、頼朝軍の足音が、もはや遠いものではなくなったことを悟る。


織田家の急速な衰退。

家中で重ねられた評議の末、輝元は決断を下した。


毛利家は、源頼朝との同盟を受け入れる。

そして、第二次「織田包囲網」への参加を、天下に示したのである。


頼朝「……惣無事令への道は、なお遠いか」


そう呟くと、頼朝は再び床に身を横たえた。


頼朝「それでも……今は、乱を抑え、力を蓄えるしかあるまい」


虚空を見つめていた視線が、ゆっくりと閉じられる。


妻の篠は、頼朝の呼吸が落ち着いたのを確かめると、秀長と牛一に静かに目配せをした。

二人は深く一礼し、音を立てぬよう寝所を辞した。


挿絵(By みてみん)



◾️秀長と牛一


二条城内の一室。


羽柴秀長と太田牛一は、向かい合ったまま、しばし言葉を失っていた。

やがて、牛一が重い口を開く。


牛一「……秀長殿。

殿は、二条晴良様の言葉――“惣無事令のためには、まず日ノ本の半分を治めよ”と……

その時点で、すでに道を変えられたのでしょうか」


秀長は、すぐには答えなかった。


秀長「……頼朝様は、覇を唱えることを恐れておられるのではない」


静かに、言葉を選ぶ。


秀長「無用な血の上に築いた天下が、再び血を呼ぶことを……

そして、その報いが、ご自身ではなく、ご家族に及ぶことを」


秀長は、小さく息を吐いた。


秀長「吾妻鏡を通して……

頼家様、実朝様の最期を、改めて知ってしまわれた」


牛一は、視線を伏せた。


牛一「……殿は、すでに平和への道筋を、つけておられた。

それを、鬼や罪と呼ばれるのは……あまりに」


秀長は、そこで話を切り替えるように顔を上げた。


秀長「牛一殿。実は、ひとつ相談がある。

先の、荒木村次のことじゃ」


荒木村次の名が出た瞬間、牛一の表情が引き締まる。


秀長「本来であれば、頼朝様にご相談すべきところではあるが、

今は、無用なご心労を、おかけしたくはない。


相変わらず、荒木軍団の家臣たちからは、あの村次殿についていけぬ、との声が後をたたぬ。

かといって早くに、一方的に処罰するのも、その後の摂津国内の混乱を考えれば、得策ではない。


そこで、じゃ。


先の戦で、我らが織田軍を追い出した、あの丹波国をそのまま荒木軍団へと与え、村次殿の領地を加増する。

まずは、こちらからの誠意を、お示ししたい。


…いかが思われるかな、牛一殿」


牛一「ふむ。毛利家が、我らと誼を結んだことで、西国方面は、当面落ち着き申した。

今しばらくは、荒木軍団の様子を見守る時間も、できたと言えよう。


一旦、丹波を加増し、彼の地の統治を任せ、その上で、彼の器量を見極める……拙者も賛成します。


ただし……

それでもなお、彼の行いが変わらぬ、という際には……『潮時』やもしれませぬな」


秀長「ご賛同いただき、感謝申し上げる」


秀長は、少しだけ、安堵の表情を浮かべた。


秀長「…牛一殿。わしは、何かと城を空けることも多くなりました……。

何卒、頼朝様をお支えくだされ。

伏して、お願い申し上げる」


牛一「この太田牛一、微力ながら最善を尽くしましょうぞ、秀長殿!」


秀長は、力なく頷くと、二条城を発ち、荒木村次の居城である、摂津の高槻城へと、馬を向けた。


挿絵(By みてみん)



■徳川討伐軍の進軍 ― 乱れる義経


同じ頃。


義経率いる軍は、岡崎城開城の後、源宝の策に従い二手に分かれて進軍していた。

一隊は山沿いの長篠城へ。

もう一隊は、海岸沿いの浜松城へ。


長篠城には、徳川家の猛将・大久保忠佐が、四千余の兵を率いて籠もっていた。


陣が整うと、義経は前へ出た。


義経「者ども、聞け」


声は低く、しかし張り詰めている。


義経「我らには、もはや時間がない。

この戦に手間取れば……兄上のもとへ戻れぬ」


言葉の端々に、焦りが滲んでいた。


義経「速やかに城を落とす。

ためらうな。――進め!」


その瞬間、源宝が駆け出た。


宝「お待ちください、義経様!」


涙を浮かべ、地に膝をつく。


宝「そのような攻めでは、徳川の兵が……

皆、死んでしまいます……!」


義経の視線が、宝を射抜いた。


義経「……宝殿。

今は、情に構っている時ではない」


声は低い。だが、そこにあったのは怒りではなく、追い詰められた者の硬さだった。


義経「ここで止まれば、すべてが遅れる…宝殿、退けい! 」


宝は、言葉を失う。

これまで見たことのない、義経の姿であった。


挿絵(By みてみん)


――何かが、確実に狂い始めていた。


お読みいただき、ありがとうございました。


義経の動揺は、

戦場の采配だけでなく、

人の言葉すら遠ざけてしまいます。


涙ながらに諫める宝の声も、

今の義経には、

ただの“障害”としてしか届きませんでした。


この戦の先に待つものは、

破壊か、継承か。


次章も、お付き合いいただけましたら幸いです。

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