4-3 剣豪来たる ―砦の炎と轟音―
徳川を退けた小牧山砦に、ついに“第六天魔王”自らの黒旗が翻る──。
信長の奇襲、謎めくトモミクの視線、そして再来するお市・北畠隊。
砦の炎と轟音が夜空を裂く第3章、開幕!
■織田信長襲来とトモミクの眼差し
頼朝軍は、織田の部隊を一つ一つ各個に撃退していたが、織田の攻撃が途切れることは無かった。
刃を交えていた太田隊・犬塚隊の突撃隊は、すでに著しく消耗し、代わりに義経隊・トモミク隊の鉄砲隊を呼び寄せた。
義経「兄上、なかなか派手にやっておられましたな!」
砦の荒れ様を見て、義経が冗談めかして言う。
頼朝「いや、まだこの砦は機能しておる……前回に比べれば我が軍の負傷者も少ない」
頼朝は笑顔で応じる。
頼朝「そなたとトモミクが来てくれたなら、ますます安心じゃ。しばらくは有利に戦えようぞ」
その時物見櫓から声が上がる。
伝令「三千余りの新手の部隊が接近!――旗印は……織田信長にございます!」
頼朝「おお、信長自ら来たか!だがその程度の兵数で何が狙いか……」
義経「いずれにせよ、撃ち払いましょう、兄上」
義経が低く問いかける。
頼朝「うむ。丁重にお迎えするがいい」
頼朝が応じると、砦内の鉄砲隊の隊列をあらためて整えた。
信長隊は破られた門から突入してきたが、三部隊による三方向から容赦ない鉄砲の集中射撃を浴び、たちまち半数以上を失う。
*城門から突入してくる織田信長を、砦内で待ち受ける頼朝隊、義経隊、トモミク隊
信長はすぐ退却を命じ、嵐のように去っていった。砦の兵たちは呆気にとられたまま、硝煙の中で互いの無事を確認し合った。
義経「……やはり、何か妙ですね。あまりにあっさり退いた……」
義経は訝しむが、この時頼朝はそれほど気に留めてなかった。
頼朝「あるいは、我らが想定より強かっただけかもしれん。さして気にすることも無かろう」
その時、トモミクは、信長が去った方角をじっと見つめ、微かに眉を曇らせていた。普段は微笑みを絶やさぬ彼女には、珍しい表情だ。
頼朝「どうした、トモミク。何か引っかかるのか?」
声をかけると、トモミクははっとして振り返り、いつもの笑みを戻す。
トモミク「いえ、何でもございません。……それにしても頼朝様、もうすっかり頼もしき当主様ですね」
彼女は穏やかな口調に戻ったが、先ほどの表情が気になる――そう思いつつも、頼朝はそれ以上は問いたださなかった。
(まるで信長を案じるかのように見えたが……いや、考えすぎか)
■お市隊再び
そこへ、先の戦いで頼朝軍を散々に苦しめた、お市の方の部隊が再び突入してきた。そして、その先鋒には、やはりあの剣豪・北畠具教の姿があった。
頼朝「先の戦いでは、野戦での動きに翻弄されたが、此度は一本道を進むしかあるまい。
同じ手が通じると思うな!」
頼朝は即座に指示を飛ばす。
頼朝「義経隊・トモミク隊は距離を取り後退しつつ射撃を継続! 決して北畠隊に接近を許すな!
万が一取り着かれた時に備え、三隊の騎馬は伏殿(里見伏)の指揮下に入れよ」
*城門から突入してくるお市隊を、正面で待ち受ける頼朝隊
義経隊とトモミク隊は、城門から離れ、それぞれ左右に布陣する。
頼朝隊は、城門の正面で敵を待ち受ける。
その頼朝隊の後ろには、里見伏が率いる騎馬隊が鬣を風にたなびかせている。
頼朝「秀長! 我が隊はここを動かぬ! ぎりぎりまで北畠隊を引きつける!」
指示が終わるか終わらないかのうちに、北畠隊が、一直線に頼朝隊目指して猛然と突撃してきた。
(やはり、こちらに来たか!)
先の戦いで思い知らされたように、この剣豪が率いる白兵戦部隊に接近戦を挑まれれば、軽装の鉄砲隊は剣の達人たちになぎ倒され、鉄砲隊全体の攻撃も封じられる事となる。
頼朝の部隊の兵の多くは、先の戦いで北畠隊の恐怖を肌で覚えていた。猛然と突進する北畠隊を目の前にして、一部の兵は命令を待たずして鉄砲を放ってしまう。
頼朝「まだじゃ!今しばらくの辛抱じゃ!命令に従わぬものは切り捨てる!」
そして恐怖に震える兵たちが待ちに待った瞬間が訪れる。
頼朝「今ぞ! 放てぇぇーーーっ!!」
側面からの義経隊、トモミク隊の援護射撃に加え、至近距離からの頼朝隊から放たれた一斉射撃。耳が張り裂けんばかりの轟音とともに集中砲火、断続的な斉射をまともに受け続け、さすがの北畠隊も成す術なく崩壊し、壊滅した。
*頼朝軍に向かって一直線に突撃してきた北畠隊に頼朝隊が斉射し、北畠隊は混乱を起こしている
攻撃の基軸を失ったお市隊も、間もなく戦意を喪失し、退却していった。
トモミク「同じ手が、二度も通用してたまるものですか!」
前回、北畠隊に散々に翻弄されたトモミクが、珍しく溜飲を下げたように、威勢の良い声を上げていた。
■織田軍の真意とあらたな決意
お市隊が去った後も、織田軍は波状攻撃の手を緩めなかった。今や織田軍の誰が攻めかけてくるのか、物見や斥候ですら判断がつかないほど断続的な攻撃を受けている。今は、砦に籠る狙撃隊の圧倒的火力で次々退けられている。
*砦内で鉄砲隊が城門から突入する織田軍を包囲殲滅し続ける陣形
しかし、当初斥候から五万と報告を受けていた兵数を信じる者は誰もいなかった。織田軍はかつて以上に兵を投入し、際限なく押し寄せてくる。ただし、引き際も早い。
(防衛はうまくいっているが、このままでは、また、激しく消耗する……
待てよ、信長は……!奴は我らの兵数を見て退いたのか。兵糧や消耗を見極めて、これから仕掛けてくるつもりか……!)
頼朝は、あらためて清州方面から延々と続く竜のごとき黒雲の織田軍を見下ろした。
頼朝は義経に目配せする。
頼朝「信長は砦の兵力を確かめ、我らの兵糧が尽きる頃合いを見極めに、あえて少数で突っ込んできたのかもしれぬ」
義経「……なるほど。拙者も合点が参りました!」
頼朝「しかし、勝負はここからぞ!」
頼朝は、あらたな決意を胸に、義経、秀長に向き直った。
剣豪・北畠隊を撃退し砦は守られたものの、信長は兵数と兵糧の計算ずく。
延々と続く黒雲は、消耗戦の罠か、それとも新たな策の布石か──。
次回4-4は、義経・秀長・頼朝の決断が戦局を動かします。
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