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84話 ただ一文字の鎖

 先ほどまで余裕綽々だったゴーダル王。

 その眉がピクリと跳ねた。


「聞き間違いか? もう一度、皆に聞こえるように言ってもらえるだろうか」


 言うまでもなくこれが最後通牒だ。

 言外にそう込めて、ゴーダル王の視線がアシェイラを射抜いている。

 だがそんなもので臆する彼女ではない。

 より姿勢を正し、凛と言い放つ。


「私達は自由国家。自由国家アシェイリスです。何者にも縛られず、何者の下にも就く気はありません」

「勘違いしているようだなアシェイラ王。何も北方連合は、そなた等の国を縛るつもりはないのだぞ」

「いいえ。すでに縛られているではありませんか」


 そう断じながら、アシェイラは各国の王一人一人と視線を合わせていく。


「ある国は経済的に。ある国は立地的に。しかし、もっとも諸国を縛っているのはただ一文字。『が』というたった一文字に、全ての国が縛られているように見受けられます」


 意味が分からないと小馬鹿にするような表情のゴーダル王。

 しかしペンディス王はその言葉に何か思うところがあるのか反芻し、イェト王、ルッコ王も同じく考え込んでいる。

 そして、一番最初にその意味に気付いたのはボフィカル王だった。


「面白いの。『が』か。確かにそうじゃ」

「ボフィカル王は分かったのか? すまんが俺にはサッパリだ」


 頭を悩ませていたペンディス王だったが、どうやら諦めたようだ。

 向かい合う老王に、その答えを求める。


「裏切らないはずだ『が』。嫁に来る筈だ『が』。知られていないつもりだ『が』……。

 北方連合に加盟している諸国は、外交において最後に『が』を付けねばならぬ程度の関係ということじゃろう。それはつまり――」

「疑心。同盟とは名ばかりで、信じあうことなど出来ていないと。まだこの土地に来て間もない彼等に、それを見抜かれたということですね」


 沈黙を保っていたルッコの女王。

 その彼女が補足した。


「そしてその疑心は、ゴーダル国が故意に作り出しているのではないでしょうか」

「何を馬鹿なッ!」


 黙って聞いていたゴーダル王が、ついにその怒りを爆発させた。

 同盟内の不和の原因。

 それがゴーダルの仕業だと言われたのだから無理もない。


「私が何をしたと!? 疑心を植えつけている!? 何を言っているのだ貴様はッ!」


 しかし怒鳴り散らすゴーダル王を前にしても、アシェイラの態度は変わらない。


「そして最も疑心に捕らわれている国。それはゴーダル王。貴方ではないですか?」

「な、何を」


 まさか自分が疑心に捕らわれていると言われることは想定していなかったのか。

 それとも単純に図星だったのか。

 ゴーダル王の気勢が弱まる。


「強硬ともいえる姿勢で同盟を動かし、強権を振るっているのです。いつ反旗を翻されるか。いつ裏切り者が出るか。そんな疑心に捕らわれているからこそ、貴方はますます情報に固執している」

「情報を集めることの何が悪い? どの国でもやっているだろう!」


 例えばペンディスは、ポポスで魔物使いが大暴れしたと知っていた。

 だからどの国でも情報を集めていることは間違いないし、それを悪いとは俺も思っていない。

 だがゴーダルに集まる情報量は異常なのだ。


 やりすぎだとかではない。

 異常。

 集まる筈のない情報まで集まっている。

 そんなことは、情報収集一点に力を注いだとしても不可能なのだ。


 なぜなら、他の国々もそこについては注意している。

 秘さなければならない話など、いくらでもあるのだから。

 だから他国の息がかかった人間。

 そういう者には、普段から気をつけている筈である。


 にも関わらずゴーダルにだけ情報が集まるのならば、それはまともではない。

 まともではない方法で、情報収集していることになる。


「ポポス攻略戦。その号令を出したのはゴーダル国だと、先ほど貴方は言いましたね」

「それが何だ。今の話とどう関係がある!」

「何故貴方はポポス攻めを強行したのですか?」


 ほんの一瞬。

 よく見ていなければ気付かないくらいわずかな時間。

 だが確実に、ゴーダル王の息が詰まった。


「絶好の機会が訪れたからだ! 私はそういった先見の明で、国を発展させてきたのだ!」

「その先見の明で、ポポスを落としても維持出来ないことは分からなかったのですか?」


 ここからは多分に憶測が含まれる。

 しかしもう引き返せないし、俺には確信があった。

 そして、そんな俺をアシェイラは当然のように信じている。


「その議題は先ほど決着がついている! 疑心うんぬんの話から、なぜ今頃それを蒸し返すのだ!」

「私は同じ話をしているつもりですよ」


 それこそどういうことかと、他の国々の王もアシェイラの言葉に傾注する。

 それを見渡し、最後に俺の顔を見てからアシェイラは告げた。


「維持出来ないことなど承知していた。承知した上で、しかしポポスを攻めざるを得ない理由があった。違いますか?」


 今度こそ、誤魔化せないほどにゴーダル王の息は詰まった。

 無意識に胸を押さえ、瞳が忙しなく動いている。

 だから返答が出来ない彼に代わり、ボフィカル王がアシェイラに先を促させた。


「どういうことじゃ?」

「ゴーダル王はポポスを攻めるように言われていたのです。普段から深い付き合いがあり、ゴーダルに情報をもたらし続けている者達から」

「誰じゃ? その者達というのは」


 北方連合の諸国には馴染みが薄いのだろう。

 それゆえに、南では半ば常識として知られることを知らないのだ。

 あのタイミングでロンゴ帝国がポポスを失う。

 そのことによって、最も得をする者達。

 曰く、戦争を故意に引き延ばしている死の商人。


「ボルデド商工組合です」


 カッとゴーダル王が目を見開いた。

 しかし、その脳は次の言葉を探しているのだろう。

 瞳は未だ泳いでいるが、それは何かを見つけようと足掻いているようだった。

 大きく息を吸い込み、努めて平静を保ちつつゴーダル王が口を開いた。


「ただの憶測だな。確かに我が国は、かの商工組合とは縁が深い。それゆえに情報が集まりやすいということも認めよう」


 ざわりと会議室が揺らめいた。

 ボルデド商工組合の息がかかった商人達。

 それがゴーダルに情報を集めていると、初めて知らされたのだ。


 それならばゴーダルだけ何でも知っているのも道理である。

 どの国にも商人は必須であり、時に国の台所事情まで彼等は把握しているのだから。

 そして、かの国が経済的に異常とも言える発展を遂げたこと。

 それも説明がつくのだ。


 反則手のような方法ではあるが、決して違法ではない。

 見返りにポポス攻めを同盟に強いたとなれば違法だが、その証拠はないだろう。

 ならばギリギリセーフだ。

 そこを妥協点とし、ゴーダル王は情報を開示したのである。


「ポポスの兵が手薄だという話も、ボルデド商工組合の者からもたらされた情報だ。しかし、それを攻めるかどうかの判断は私に委ねられていた。情報や経済協力の見返りに同盟を利用した? そんなことがある筈ないだろう!」


 他の国々。

 その反応は半々といったところか。

 ゴーダルならやりかねない。

 だが証拠はないし、やりかねないというだけで糾弾は出来ない。


 王達の顔色を覗いつつ、ゴーダルはイニシアチブを取り返そうと逆襲を開始する。


「思い込みだけで他者を糾弾しようとは愚の骨頂である。どうやら見込み違いだったようだな。アシェイリスの王は、国を治める器にないようだ。そんな者を王と崇める国は、未だ国と呼べる段階にあらず! ここは我が国の一領地として領主を派遣し、我が国の傘下に置こうと思うがどうか?」


 擁護したいと思うものの、口を開けばその矛先は自分の国へ向く。

 そう思うと、誰も手を挙げられないのだろう。

 歯噛みする面々を満足気に見渡し、ゴーダル王はさらに講釈をたれる。


「国とは他を蹴落とし発展するものではない。未来を見据え、豊かな将来を想像し、そうして創造するものなのだ。やり方を間違ったなアシェイリスの王。いや、アシェイラとリクよ」


 今にも高笑いしそうなほど勝ち誇っているゴーダル王。

 だが、奴は気付いていない。

 アシェイラの瞳が、まだ力強く輝いていることを。


「将来。なるほど、良い言葉ですね。実は私には、幸せな将来を掴んで欲しいと、そう祝福したい者達がいるのです」


 突然の言葉に、ゴーダル王だけではなく全ての王が訝しい表情を向ける。

 負けを認めておかしくなったか?

 まるでそう言っているかのようだ。


「せっかくなので呼んでも良いでしょうか? 困難ながらも幸せな将来を夢みて進む若者達を」

「なにを言っているのだ?」


 なんのことかと鼻で笑うゴーダル王の顔は、俺達の後ろの扉。

 それが開かれた時に凍りついた。


 室内に入ってきたのは二人の男女。

 大聖堂に隠れていて、アシェイリスへと亡命したあの二人である。


「僕はイェト国の第一王子、ガーゼルト・ディックスです。そして隣にいる女性は――」



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