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60話 決着の空

 山から駆け降りるような勢いで、元奴隷兵達がロンゴ軍に襲い掛かる。

 とはいえ全員ではない。

 中には、戦闘に向かなそうな少女や老人も含まれていたのだから。

 しかし、誰もが上を向き、誰もが瞳に力を称えている。

 戦えなくても意志は同じ。

 そう言っているようだった。


「ラキュア! ヴェルティ! 援護しろ!」


 すぐさま俺も走り出し、元奴隷兵達の援護に回る。

 数はロンゴ軍を上回っているが、所詮は寄せ集めと正規軍だ。

 勝敗は火を見るより明らかだろう。


 ――と思っていたのだが。

 どうやら杞憂だったようである。


「き、貴様等! こんなことをして――ぐあぁッ!」

「ひぃっ! く、来るなぁッ!」


 まさか奴隷兵が反乱を起こすとは思っていなかったのだろう。

 突如剥かれた牙に、ロンゴ軍は大混乱に陥っていたのだ。


 しかし、それだけではないことにも気付く。

 経験の差だ。

 消耗品のように使い潰されてしまう奴隷兵だが、全員が全員生きて帰らぬわけではない。

 中には戦い方を学び、必死に生き残ってきた者もいるのだろう。

 常に後方で待機し、美味しいところだけ掻っ攫ってきた正規軍。

 それを圧倒する技量を持つ者までいるようである。


 なにより元奴隷兵達の勢いは凄まじい。

 産まれたばかりの赤子が泣き叫ぶように。

 抑圧されていた心を解き放つように。

 その思いのたけを力に換えて、彼等はロンゴ軍にぶつかっていた。


「お前の演説効果は凄まじいな」


 そんな彼等に気圧されて、アシェイラは突撃するタイミングを見失っていた。

 なんとか俺には付いて来たようだが、今は隣で戦況を見守っている。


「い、いえ……。まさかこんなことになるとは」


 そう言って戸惑うアシェイラ。

 彼女としても、元奴隷兵達の行動は予想外だったのだろう。

 彼等に戦えなどとは一言も言っていない。

 むしろ戦いなどせず、幸せに生きてくれと言っていた筈なのだから。


 と、不意に気付いた。

 もしかしたらアシェイラは、その為に軍に入ったのではないだろうか。

 前線で望まぬ戦いを強いられる奴隷兵達。

 それを守るために。

 彼等を解放するために。

 ティリのような子を、二度と出さないために……。


 だが彼女は、そんな大層なものではないと言う。


「彼等が戦いを止めればリク様が戦いやすくなると思っただけですし、それに……」

「それに?」


 見ると、アシェイラは目を伏せていた。

 先ほど自分が言った言葉を思い出し、反芻するかのように。


「あれは自分への言葉……。

 私の決意表明のようなものでしたから」


 しかし、だからこそなのだろうと俺は思った。

 ただ表面だけの言葉なら、彼等の心には届かなかった。

 彼女自身がそうありたいという思い。

 その強さが、彼等の心を打ったのではないだろうか。


「私も行きます」


 すでに大勢が決しつつある戦況。

 だが、結果的にとはいえ焚き付けてしまったのは自分だと。

 その自分が後方でのうのうとしているわけにはいかないと、彼女は駆け出す。

 そんな彼女を守るため。

 俺もまた走り出すのであった。


 ……。


 決着は早かった。

 予めラキュアとヴェルティが、ロンゴ軍の数を減らしていたということもある。

 それでも、この勝利は元奴隷兵達のものだろう。


 半数近くの兵士は逃げ出したようだが、ポポスの草原は血に染まっている。

 数多の死体が打ち捨てられた戦場で、元奴隷兵達が勝鬨の声を鳴り響かせていた。


 その中を、一人の男が引き摺られて来た。

 髪はボサボサになり、泥まみれになり、だがほとんど無傷の男。

 後ろ手に縛られて連行されながら、嫌みったらしい声で喚き散らすウォレッド・ノブレーだった。


「俺にこんな真似をしてどうなるか分かってるんだろうなッ!」


 彼は口々に罵声を浴びせ、そうして俺の前へと引き摺り出された。


「敵の指揮官を連れて参りました」


 そう報告したのはアシェイラだ。

 どうやら彼女の指示で、ウォレッドは生かされたまま連れて来られたらしい。


「ナウラ殿の娘とはいえ、これは重罪だぞ貴様ッ!」


 おやおや。

 副将殿はご自分の立場を理解されていないのだろうか。


 なおもウォレッドが喚き散らすので、勝利に酔っていた者達も集まりだしてきた。

 ぐるりと回りを囲まれ、ようやくウォレッドの勢いが弱まる。


「お、おい客将殿。これを外してくれないか?

 今ならば、国に戻れるように俺が取り成してもいいのだぞ?」


 しかし、やはり勘違いしている。

 ここは交渉の場でも語り合う場でもない。

 処刑の場であるというのに。


 それを解らせるかのように、アシェイラが剣をウォレッドの首元に定めた。

「ひっ!」とウォレッドが息を飲む。


「アシェイラが殺るのか?」


 だがアシェイラは答えない。

 唇は固く結ばれ、剣を持つ手は震えていた。


「お、おいアシェイラ? お前、さっき戦ってたよな?」

「はい。戦いましたよ?」

「手が震えているが、もしかしてまだ誰も……?」


 極度の緊張から、俺はアシェイラがまだ誰も殺したことがないのではないか。

 そう感じ取っていた。


 しかし無理もないだろう。

 戦争とはいえ、初めて人を殺すというのは簡単なことではない。

 彼女のような人間には特にだ。


 が、思いもよらぬ答えが返って来た。


「さすがは正規軍。避けるのに長けた者ばかりでした」


 お、おぅ……そうだな……。


 俺はアシェイラを見くびっていた。

 彼女は武人だ。

 その心構えはそれに相応しいと、俺も認めていたではないか。

 だから、戦場で殺すことを躊躇うようなアシェイラではないのだ!


 当たればの話だが……。


「無抵抗な者を殺すということに、少し覚悟が必要だっただけです。

 ですがもう大丈夫。問題ありません」


 そう言ってアシェイラが剣を構えなおす。

 言葉通り、もう震えは収まっているようだ。

 無我夢中の戦闘中に殺すのとはわけが違うだろうに、たいした女である。


 だが、振りかぶられたその腕を俺は止める。


「なぜですかリク様?」

「気に入らん!」

「え?」

「お前の初めてが、こんなつまらん男というのが気に入らんのだ!」


 アシェイラを侮辱するつもりなどない。

 彼女は守られるだけの存在ではないのだ。

 いずれどこかの戦いで、彼女の手が血に塗れることは確実だろう。


 だがそれでも。

 今しばらくは、まだこちら側に来て欲しくない。

 俺の我侭でしかないが、そう思ってしまったのだ。

 なので代わりに俺は剣を抜いた。


「一応聞いてやるが、何か言い残すことはあるか?」


 首に当てられた剣の冷たさに、ウォレッドは息を詰めている。

 だが往生際の悪い男は、それでも尚勘違いを続けた。


「す、すぐにッ! 今すぐこの枷を――」

「今すぐだな?」


 それ以上は聞くのも面倒だと、俺は剣を振り下ろした。

 スッと銀閃が縦に走ると、それっきり聞くに堪えない声はしなくなった。

 ゴトリと音をたて、ウォレッドの首は胴体と別れを告げたのだ。


 ――そしてその瞬間。


 集まっていた元奴隷兵達が、再び歓声をあげた。

 中には泣き出している者もいる。

 拳を天に突き出している者もいる。

 隣同士で抱き合っている者もいる。


 様々な思いを爆発させた三千人の声。

 それはいつまでも、ポポスの空に響き渡ったのだった。


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