表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/144

50話 闇夜を切り裂き勇者参上

 アジトに戻った俺は、真っ直ぐにベッドへと向かった。

 実際に戦っていた時間は一時間にも満たない筈だ。

 なのにヘトヘトに疲れ切っている。

 上級魔人。

 あれと対峙するだけで、根こそぎ精神力を持っていかれたのだろう。

 今は体が鉛のように重かった。


 ――いや、重いのは胸の中だ。


 そんな心の声を振り切るように俺は目を閉じる。

 瞼の裏で、アシェイラ、銀髪、ノルディー。

 そして最後に、イスリアの顔が浮かんで消えた……。


 ……。


 気付けば朝になっていた。


「おはようございますリク様」


 傍らにはアシェイラが居る。

 俺が起きるのをずっと待っていたのだろう。

 醜く八つ当たりをしたにも関わらず、彼女は俺の側を離れていなかった。


 ――いや任務なのだ。

 当たり前のことか。


「今仕度をしますので、少しお待ちいただけますか?」


 アシェイラはそう言って微笑むと、テキパキと朝食の仕度を始めた。

 狭く埃っぽかったアジトの中が、今は綺麗に掃除されている。

 空気までも浄化されたような空間には、気付けば空腹を刺激する芳香が漂っていた。


「スジャルカから食料を仕入れてきました。

 お口に合うと良いのですが」


 温められほかほかと湯気をたたせるスープが目の前に出される。

 材料はミルクと芋と鶏肉か?

 それらをグズグズになるまで煮込んでおり、まろやかでクリーミーな優しい味わいだった。


 対面に座ったアシェイラが見守る中、俺はパンをちぎり、サラダを食べ、スープをすする。

 朝食らしい軽めのものだが、それだけで胃は満たされ、同時に胸がスーッと軽くなった気がした。


 だが言わなければならない。

 俺はスプーンを置き、膝にスー子を抱えているアシェイラと視線を合わせる。


「アシェイラ」

「はい」

「お前はバゼルナッシュリアに戻れ」

「なぜですか?」


 即座に返された。

 ひょっとしたら、彼女はこう言われることを予想していたのかもしれない。

 驚くでも怒るでも悲しむでもなく、ただ冷静に「なぜ?」と返すアシェイラに、俺はそんな感想を抱いた。


「ロンゴ軍は北のポポスへ向かうんだろ? だが俺はそこには着いて行かない」

「東へ……イスリア大将軍を追うのですね?」


 お見通しか。

 その通りである。


 丸一日経ったとはいえ、向こうは手負いだ。

 それに周りの兵士達も、ほとんどが負傷兵だろう。

 敗残兵というのは足取りも重く、得てして速度は出ないものである。


 それに上手くいけば、ダブランはまだ石化している筈だ。

 追いつける可能性は十分にある。


 もっとも、銀髪の側にはまだノルディーがいるかもしれないが。


「リク様が東へ向かうことと、私が帝都に戻ること。

 その因果関係が分かりません」


 珍しくアシェイラが反発している。

 ロンゴ帝国人らしく、身分差から最終的には俺の命令に従ってきたアシェイラ。

 その彼女らしからぬ態度である。


「ここからは俺の我侭だ。

 客将である俺はともかく、共に行動すればお前は処罰されかねないんだぞ」

「構いません」


 何を意固地になっているのか。

 いや、元々頑固なところがある女だったな。

 ならば、少しきつく言ってやるか。


「足手まといだと言っている!」


 だが彼女は怯まない。

 一瞬だけ瞳を大きくさせたが、それでも視線を外さなかった。


「もし私が邪魔になりましたら、その時は見捨てて下さい。

 下につく者の命など、ロンゴではその程度の価値しかありません」

「バ……ッ!」


 馬鹿か貴様はと言いかけて、その続きを言えなかった。

 あの目は、もう覚悟を決めている目だ。

 たいした実力もないくせに、心根だけは本当に一丁前なんだこの女は。

 困った奴である……。


「……なんでそこまで着いて来ようとする?」


 説得を諦め、しかしその理由が知りたくて俺は彼女に問いかけた。

 それでようやくアシェイラの体から力が抜ける。

 そしてふぅっと息を吐き、背もたれに寄りかかった。

 憑き物がとれたように、柔らかな笑顔で彼女は言う。


「今のリク様を一人には出来ませんから」


 そんな理由でか?

 お目付け役なのに、戦場から離れる俺を止めもしない。

 そればかりか、報告もせずに着いてくる理由がそれでいいのか?

 国を裏切ることになるかもしれないんだぞ。


「私が自分の意志で決めたことですから」


 俺には理解出来なかった。

 思えば前世。

 こういう人間は俺の近くにいなかった気がする。


 女であれば、美人なら囲い、ブスなら追い払う。

 男であれば、敵なら殺し、傅くなら搾取する。


 ただそれだけ。

 ただそれだけの人間しかいなかったのではないだろうか。


 では前世の俺と今の俺。

 一体何が違うというのだろう。


 俺が弱くなったからか?

 いや、それはおかしい。

 人は強い者の下にこそ集まる筈だ。

 少なくとも、俺はそれを疑ったことはない。

 じゃあなぜコイツは、俺の側にいようとする?


 ……。


 分からない。

 分からないが、なんとなく照れくさい。

 アシェイラは、たまに俺をこういう気持ちにさせやがる。

 なので俺は、誤魔化すように言った。


「子供か俺は」


 その言葉に、アシェイラは晴れやかに笑う。

 ほんのり目尻が湿っている気がしたが、すぐに拭い去られ


「はい」


 ただそう答えて、彼女は俺に着いてくることになったのだった。



 ……。



 その後すぐに、俺達はスジャルカを出発した。

 ウォレッドは最後まで従軍しろと喚き、ついには『一緒に来ないと大変なことになるからな!』と子供のようなことを言い出す始末。

 面倒なのでロックウルフにケツを噛み付かせると、慌てて走り去って行った。

 今度からこの手でいこう。


 そしてそれから早三日。

 敵の行軍速度は思ったよりも早いようで、未だに追いつけてはいない。

 だが食べ残し、捨てたゴミ、取り替えた血まみれの包帯。

 それらから、敵との距離が狭まってきているのは確実である。

 早ければ数日中には追いつけるだろう。


 そのように推測しながら、俺達は野宿の準備を始めていた。

 今夜の寝床も草の上だ。


 遅めの夕食を終え、身を切るような寒さに毛布を被る。

 砂漠とは違い、冬のこの地方はそこそこ冷え込むのだ。


 少しでも暖を取るために、アシェイラと肩を寄せ合い寝転ぶ。

 澄んだ空気の中、満天の星空がやけに輝いて見えた。

 不思議とエロい気分にはならない。

 きっと、この夜空が俺の心も澄み渡らせているのだろう。


 嘘である。


 先ほどから、俺の手はワキワキとアシェイラ山への登頂を狙っている。

 たかだか夜空が綺麗だという程度では、我が情欲の炎を消すことなど出来ないのだ。

 星がいっぱいより目の前のおっぱい。

 さすがである。


 だが不意に、アシェイラが白い息で語り始めた。

 登山家を目指していた右手をハウスさせ、俺はしばし耳を傾ける。


「昔。友達とこうして寝転んだことを思い出しました」


 肩が触れるほどの距離。

 暖かな温もりが伝わってきた。


「二人で南の森を駆け回り、湖で泳ぎ、そのまま寝ては翌日一緒に怒られて。

 本当に楽しかった」


 当時を思い出しているのか、アシェイラはフフッと笑う。

 あの森に魔物が出る前の話だろう。

 ならば少なくとも八年前。

 語り口調からすると、もっと前のことかもしれない。


「良い友人がいたんだな。そいつは今どうしてるんだ?」

「死にました」


 そうか。

 だが珍しいことではない。

 町の外には魔物がいるし、ロンゴ帝国は年中戦争をしているような国なのだから。

 当のアシェイラも、特に沈んだり悲しんだりしている様子はない。

 もう彼女の中では終わったこと。割り切ったことなのだろう。


「ティリの……あ、友達のことですが。

 彼女の家は、最低位階級。つまり、奴隷階級でした」


 元老院議官の父を持つアシェイラ。

 それが奴隷階級の子供と遊ぶなど、よく父が許したものだ。


「知ってますかリク様。

 ロンゴでは奴隷階級が子供を産むと、その親には半年間暮らせるだけのお金が支給されるのです」


 それは初耳だ。

 しかしなるほど。上手い政策かもしれない。

 奴隷達はとにかく子供を産み育てる。

 その子供達はある程度大きくなると売られていくのだろう。

 そうして国に奴隷を供給し続け、自分達の暮らしを保っていく。

 奴隷兵などという戦法は、こうした暮らしの上に成り立っているのかもしれないな。


「ティリも九歳の時に戦争に連れて行かれ、そこで命を落としたそうです」


 ここで、初めてアシェイラの声が固くなった。


「花を見て喜び、傷ついた小鳥を見て泣く。

 そんな優しい少女が、戦わされて死んだのです」


 少女の最期を想像した。

 怒りと殺意に塗れた無数の男達が迫る。

 それを前にして、ティリはどうしただろう?


 剣を構えたか? 槍を突き出したか?

 いや、恐らく違う。

 少女はただそこに立ち尽くし、ただ突き刺され、ただ死んでいったのだろう。


「あの国は、間違っているのではないでしょうか?

 奴隷階級という札をつけようとも、人間は人間です」


 幼いうちに無理やり戦わされ、そして死んでいったティリ。

 ひょっとしたらアシェイラがフィーを気にかけるのは、ティリの姿を重ねているからかもしれない。


「魔物の従者を従え、それでも決して無駄死にをさせようとしないリク様。

 そのお姿を見ていると、最近そう思うのです」


 それに俺は答えを出せない。

 正しさの基準など、時代や立場でいくらでも変わる。

 少なくともかの国は、そうして数百年も他国から領民を守っているのだ。


 隣を見ると、いつの間にかアシェイラもこちらを見ていた。

 視線が重なる。

 まるで、助けを求めているかのような瞳だった。


「アシェ――」

「見つけたぞッ!!」


 それでも何かを言おうと開かれた口は、突然響いた男の声に掻き消された。


 くそっ!

 気配に気付かなかったっ!

 話に耳を傾けすぎていたかっ!?


 ガバッと起き上がり、声がしたほうをみる。

 アシェイラも起き上がり、辺りを見回している。

 だが敵の姿を視認出来ない。

 背丈の高い草が邪魔で、見通しが悪いのだ。


「貴様が世を騒がす魔人だなッ!!」

「我々が来たからにはッ!!」

「地の底へと送り返してやろうッ!!」


 敵……だよな?

 気配は多くない。

 三人か、多くても五人といったところだ。

 グジャ軍の待ち伏せかとも思ったが、この様子だと違うだろう。

 では一体なんなのだ?


「さぁ! 姿を見せるがいい!」


 いやお前等からも見えてないのかよ。

 思わずアシェイラと目を見合わせた。


「出て行ってみましょう。

 こちらを魔人族だと思っているようですし、違うと分かれば立ち去ってくれるかもしれません」


 そんなに簡単に騙せるだろうか?

 とは思うものの、案外いけるかもしれない。

 ヴェルティで鍛えられた、俺のセンサーがビンビン感じ取っているのだ。

 たぶん、コイツ等は馬鹿だと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ