49話 ノルディー・カペイランス
ようやく俺は銀髪を追い詰めていた。
長かった。
苦節十三年だ。
ポポスの時はチラリと横顔を見ただけだったが、十三年ぶりにしっかりと見た奴の顔は、相応の年輪を刻んでいた。
それが驚愕、恐怖へと変わり、最後には命乞いである。
それでこそ、苦渋を舐めさせられた俺の思いも報われるというものだ。
なのに。
なのにだっ!
「誰なんだお前はよぉッ!!」
目の前のご馳走を取り上げられた犬のように。
ベッドの中で、美女に逃げられたように。
俺は目の前のチビ野郎に怒鳴り散らしていた。
「いやぁ初めましてだね。
名乗るほどの者じゃないよ。ま、通りすがりの魔人族とでも思ってくれるかい?」
「通りすがりならさっさと通り過ぎろ! 邪魔だ!」
そう言って手を振りほどこうにも、奴に捕まれた俺の拳はピクリともしない。
力だ。
単純に力負けしているのだ。
「まぁそう言うなって。こっちにも都合ってものがあってね。彼女を君に殺させるわけにはいかないんだよ」
ヘラヘラ笑いながら言うチビ男。
それがまた、俺をイライラさせてくれる。
「知るかッ!」
腕を捕まれた不自由な体勢だったが、体を捻り蹴り飛ばそうと足を突き出す。
だがあっけなく躱され、俺は踏鞴を踏んだ。
「おっと危ない。可愛い顔して凶暴だなぁ君は。
あぁそうか。リキュラスの生まれ変わりなんだっけ?」
「銀髪に聞いたか。あぁそうだ。だからそこをどけ」
「いやぁ? 聞いてないよ。知ってるだけさ」
ヘラヘラヘラヘラとうざったい!!
なんなんだコイツは!!
というか知ってる?
知ってるってどういうことだ。
あの銀髪ですら、俺が生まれ変わったことを今知った筈だ。
なのになんでコイツは知ってる?
その疑問に、ヘラヘラと緊張感のないチビはニヤリと笑って答えた。
「君を転生させた禁呪魔法。あ、石化も合わせてだけどね。
あれを、彼女にも使えるようにしてあげたのはボクさ」
「てめぇの仕業かッ!!」
ゴウッと致死性の音をたてて、俺の拳が奴の顔面に命中した。
ほぼ反射的に繰り出した突きだったが、しっかりと力は込められていた筈だ。
なのに
「痛っいなぁ。物理防御を張ってるのに、まさかこんなに痛いとはね」
効いていない。
ほとんどダメージを与えられていないのだ。
予想はしていた。
俺の拳が顔面にめり込む寸前。
奴の顔が紫色に発光するのが見えたのだから。
あの光は物理防御の上級だろう。
魔力の流れを感じなかったことから、それが魔技だと分かる。
このチビは完全に人間の姿だが、本当に魔人族のようだ。
そしてピュルシですら使えなかった上級物理防御。
となればコイツ……。
「上級魔人族のボクに痛いと言わせるなんて。
生まれ変わっても君は面白いね」
やはりか。
あまりご対面したくない相手だったのだが。
しかしそうも言っていられん。
奴の後ろには未だ銀髪がいるし、憎たらしいあの禁呪魔法がコイツの仕業なら、当然コイツも復讐対象なのだから。
「お前の目的はなんだ? なぜ銀髪を庇う」
「そういう契約だからね」
「ハッ! 上級魔人様が、たかだか人間の女に「守れ」と顎で使われているわけだ!」
しかしチビ男は顔色一つ変えない。
挑発は通じないか。
「まぁちょっと違うけど大体そんな感じかな」
周りの兵達は動かない。
じっと俺達の動向を窺っているようである。
銀髪を殺そうとしたことで、グジャ兵にとって俺は間違いなく敵として認識されているだろう。
だがこのチビ男をどうするか。
それを決めあぐねているようだ。
一方俺も動けない。
ヘラヘラしているがコイツの力は並じゃないし、さっきからまったく隙が見当たらないのだ。
さすがは上級魔人といったところか。
「さてと。そろそろいいかな?」
不意にチビ男が構えを解いた。
いや、先ほどまでも構えているようには見えなかったのだが、明らかに気配が緩んだのだ。
「退いてくれる気になったか。ならさっさと退いてもらおうか。
お前もいずれ殺すが、今は無理なようだしな」
あははと寒気がするような声で、上級魔人が笑う。
「それ本人の前で言う?
一応言っておくけど、君を殺すことは契約に含まれてないからやらないだけだよ?」
そして、一瞬風が吹いた。
いや、風が吹いたと感じるほどの、濃密な殺気が魔人族から放たれたのだ。
「殺そうと思えばいつでも殺せる。忘れないでね?」
言葉が胸を貫いた気がした。
それほどに、何気なく吐かれた奴の言葉には明確な『死』が見えていたのだ。
「ハ……ッ! だったら今やってみろよ。その身長、もっと縮めてやるぜ?」
とはいえ怯むような俺ではない。
いや、ちょっと怯んだけど。
だが億尾にも出さずに言ってやった。
「本当に面白いね君は。
また会う機会もありそうだし、一応名乗っておこう。
ノルディー・カペイランス。覚えておくといいよ」
「男の名前なんざもう忘れた」
しかし俺の強がりは風に消えた。
気付いた時にはもうノルディーはいなかったのだ。
そして奴の後ろにいた銀髪。
その姿も、今ゆっくりと揺らめき消えていく。
「幻影……? くそがッ!!」
だから奴は時間を稼いでいたのだと、今になってようやく分かった。
最初から。
ずっと俺は奴の手の平だったわけだ。
ふざけやがってあのチビ野郎!
今度あったら絶対ぶち殺してやるからな!
そんな叫びが、虚しくスジャルカの空に響き渡ったのだった。
……。
あれから五時間後。
スジャルカ攻略戦は、ロンゴ帝国軍の勝利で終結していた。
指揮官である銀髪を失い、あとは崩れるように一瞬で決着がついたのだ。
今はその事後処理中である。
その最中、俺は本陣に呼び出されていた。
この俺を呼び出した不届き者は、当然ウォレッドである。
ただでさえイラついているのに、早死にしたいのだろうかあの馬鹿は。
そう思いながらも、アシェイラの顔をたてて大人しく本陣へと向かう俺。
丸くなったものである。
「俺の見事な策により、スジャルカは我が軍の手に落ちた。
まぁ客将殿の活躍もないではないからな。こうして呼んだわけだ」
ドガッと俺の足元が盛大にへこんだ。
気にするな。
ちょっとイラっとして踏みつけてしまっただけだ。
「あ……い、いや。客将殿の見事な活躍がなければ、スジャルカは落とせなかったかもしれないな。
う、うむ。実に見事な働きであったな」
最初からそう言えよ阿呆が。
手足引きちぎって砂海蛇の餌にするぞ?
「でだ。この勢いに乗じてダブラン、そしてグジャ王都へと侵攻したいのはやまやまなのだが、緊急事態だと伝令がきた。
ポポス駐留軍がルンディーを攻めていたのだが、その隙をついた北方連合にポポスを奪い取られたらしいのだ。
よって、我々は即座にポポスへと向かう。あそこは要所だからな」
おぅおぅ。そりゃあ大変だな。
だが俺の知ったことじゃない。
「ついては、貴殿にも従軍してもらいたく――」
「断る」
そう言って俺は陣幕を足早に去った。
後ろからは引き止めようと必死なウォレッドの声と、慌てて追いかけてくるアシェイラの声が聞こえる。
「リク様! お気持ちはお察ししますが――」
振り向いた。
そして、気付いた時にはアシェイラの胸倉を掴んでいた。
「察するだと? 十三年。十三年だぞ?
ようやく掴んだ復讐の機会を、わけのわからんチビ男に邪魔された。
その気持ちを、お前は分かるっていうのか!?」
怯え竦むアシェイラの瞳に自分の醜い表情が映り、俺は思わず手を離した。
くそッ!
俺は何をやっているんだッ!
ただの八つ当たり。
なんて安っぽい真似をしているんだ。
だというのに、地面にへたりこんでしまったアシェイラに手を差し伸べることは出来なかった。
ただ一言。
「……すまん」
それだけはなんとか伝え、俺はスジャルカ近くのアジトへと戻ることにした。
なんとなく、勝利に湧くスジャルカには行きたくなかったのだ。




