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24話 魔人族の男

 ただ立っているだけで、周りに不吉な死の気配を漂わせる魔人族の男。

 健気なイスリアが右手で俺を庇うように制しているが、震える指先で無理をしていることが分かる。

 なので俺は彼女の肩を掴み、自分の後ろへ下がらせた。


「リク何を……」


 口では否定するが足が竦んで動けないのだろう。

 その場で抗議の意志を表すだけで、進み出ることはない。


「こういう時は黙って守られるものだぞ」

「き、危険よ! せめて逃げましょう!?」


 逃げる?

 ハッ!!

 この俺に撤退の二文字などない!


 それにイスリアの好感度をうなぎ上りにさせる絶好のイベント。

 それが向こうから転がりこんできたのだ。

 逃す手はないだろう?


 そんな俺達のやり取りをつまらなそうに見ていた男が、足元に転がる何かを蹴飛ばした。


 人?

 いや、本来腕である部分が翼になっている。

 モン娘か。

 ハーピー種のようにも見えるが、翼の形状が違うことから別の魔物がベースになっていそうだ。


 出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる俺好みの身体。

 もう少し早く辿り着けていれば、あれを取り込むことが出来たかもしれないな。

 もう手遅れのようなので非常に残念だ。


「ご主人ッ!」


 ヴェルティの声で思考が中断され、同時に飛来する土弾が見えた。


「うぉっ」


 イスリアを押し倒す形で避ける。

 ただ避けるだけでは彼女に当たりそうだったからだ。

 ついでに事故に見せかけて胸を揉もうとしたが、銀色の胸当てに遮られた。

 つまらん装備をしよってからに。

 ラッキースケベすら起こせないではないか。


 しかし最初の土弾といい、まったく予備動作も魔力が動く気配もなかった。

 これが噂に聞く魔人族の特技『魔技』というやつか。


「ラキュアの父だかなんだか知らんが、花に性的興奮を覚える変態風情が。俺に攻撃を仕掛けておいて、生きて帰れるなどと思うなよ?」


 めったにお目にかかえれない魔人族がこんなところで何をしていたのか。

 魔物達の死骸は誰の仕業なのか。

 尽きぬ疑問はあるが、そんなことは二の次だ。


 俺に歯向かったことは万死に値する重罪であるし、それがイスリアにも危険を及ぼしたとなれば百万死でも足りない。

 ダッと地を蹴り、俺の身体は一直線に男へと放たれた。


「まず死ねッ!」


 勢いそのままに蹴りを繰り出す。

 鳩尾を狙った俺の右足は、寸でのところで躱され僅かに右脇腹を掠めただけだった。


 しかしそれで十分である。


 数多の魔物から力を得ている俺の蹴りは、もはや唯の蹴りではない。

 空を裂き、衝撃の余波だけで周囲に甚大な被害をもたらす破壊の魔槍だ。


 着地して男を振り返れば、奴は抉れた脇腹から血を噴出していた。

 一目で重傷だと分かる。

 しかし顔色一つ変えない男がその傷を撫で擦ると、見る間に傷が塞がっていく。

 上位の回復魔法。

 いや、これも魔技なのだろうか?


 まぁ厄介だが、そんな暇すら与えず殺せばいいだけの話である。

 なんの問題もない。次で殺す。

 そんな俺を、魔人族の男は興味深そうに観察する。


「人間とは思えぬ力だ」


 視線が頭、胴体、腕、下半身と舐めるように動き、俺はぶるりとわざとらしく身震いしてみせた。


「おいおい気持ち悪りぃな。俺にそっちの趣味はないぞ?」


 いや待てよ?

 植物とヤッちまうような規格外だ。

 挑発のつもりで言ったが、マジで狙われている可能性もあるのでは?


 今度は本当に身体が震えた。


 しかし彷徨っていた奴の視線は、俺の右手で止まる。

 そこにあるのは指輪。

 従者の奉公おまえのものもおれのものが填められている箇所だ。


「忌々しい」


 言った瞬間、男は殺気を向けた。

 俺ではなくラキュアに。


 まずいっ!


「ラキュア、ハウスッ!」


 未だ動けず固まっていたラキュアの身体が、ズザザと引き摺られるように俺の元へ向かってくる。

 男はそれに合わせて手の平を向け、そこから土弾が発射態勢を整えるのが見えた。


 間に合わんッ!


「くそがッ!」


 弾かれたようにラキュアの元へ駆け出す俺の身体。

 もろともに穿とうと、そこに先細りの土弾が迫ってくる。


 ――ザシュッ!


 間一髪……という訳にはいかなかった。

 なんとかラキュアを突き飛ばしたものの、俺の肩を土弾が穿った。

 その反動で身体が錐揉みしながら地面へと転がり落ちる。


「痛ってぇなッ!」


 だが戦闘不能になるほどではない。

 即座にラキュアをペンダントに収納し、再び俺は男へ向かって駆け出す。


 奴はこの指輪がなんなのかを知っている。

 だから俺の戦力を削ごうと、先にラキュアを狙ってきたのだ。


 ちょこざいなッ!


 剣の柄を握り、鞘との摩擦を利用して一気に引き抜く。

 横真一文字に走った剣閃は、真空を作り出して魔人族に襲い掛かった。


「上半身と下半身が分かれりゃ回復も出来ねぇだろッ!」


 回避など間に合わぬ速度に勝利を確信する。

 だが男の背後にある岩壁すら深く抉った一撃を受けて、奴は無傷だった。

 薄っすらと、狙った腹部が青く光っているのが見える。


「物理防御魔法……いや魔技か」


 そんな小技まで使いやがるとは、思った以上に厄介だぞコイツは。

 なにより物理防御というのが良く無い。

 今の俺は力こそ魔人を圧倒出来るだけのものを手に入れているが、魔法はまともに使えないのだ。

 生まれ持った資質のため、いかに魔力量を増やしてもまともな魔法を使えるには至っていなのだから。


 仮に今の俺が全力で力を発揮すれば、あの物理防御を突破することも可能だろう。

 最上位の物理防御であれば厳しいが、見たところせいぜいが中位といったところだからな。

 しかし場所も状況もそれを許してはくれない。

 そんなことをすれば老朽化しているこの洞窟は崩壊するだろうし、なにより俺の後ろには守るべき女がいるのだ。


 ……。


 くそッ!!


「ヴェルティ!」

「に、ニャッ!?」

「イスリアを抱えて脱出しろ。撤退だ」


 飛んで来る土弾を殴り壊しながら、苦渋の決断を下す。


 退きたくないし媚びたくないし省みたくもない!

 俺にこんな決断をさせるとはッ!

 許せんッ!

 許せんが……ッ!


「そこの花ナーだかケモナーだか知らんが紫色!」


 魔人族の男は慌てる素振りも見せず、成り行きを見守っている。


「名を名乗れよ」


 横目でヴェルティがイスリアを抱きかかえたのが見えた。

 もう少しだ。


「聞かれたなら教えてやらんこともない。ヴォフォスだ」


 素直に教えてくれるとは、意外と律儀じゃないかお義父さま。

 ラキュアの父親ということだし、違う出会いだったなら菓子折りの一つでも包んでやったかもしれない。


「リクッ!」

「いいから行け!」


 撤退準備の完了したヴェルティに抱えられ、イスリアが叫んだ。

 その声に振り返らず答えると、ヴェルティが地を蹴って走り出す気配。

 もういいだろう。


「今はこんなものしかやれないが、受け取ってくれや義父さん」


 そう言って思いっきり地面を殴りつける。

 途端大地が鳴動し、そのまま揺れが大きくなってきた。

 崩落が始まったのである。


「じゃあな!」


 ドスドスと崩れる天井から大小の岩が降り注ぐ中、ヴォフォスは動かずこちらを見ていた。

 飛び掛かってきた瞬間に蹴り飛ばそうという、こちらの思惑を読み取っているのだろう。

 これでくたばってくれるとは思えないが、ここにいては俺も巻き込まれる。

 奴が飛び掛ってこないかギリギリまで反撃の姿勢で構えつつ、これ以上は危険というタイミングを見計らって俺も外へ向かって走り出した。


 急がなければ閉じ込められてしまうかもしれない。

 そんな下らない最後はお断りだと、太ももの筋肉がしなやかに爆ぜる。

 魔物の死骸を飛び越え、崩落にともなう落石を手で払い、ひたすらに来た道を戻る。


「ご主人ッ!」

「リクッ!」


 ようやく見えた出口から、愛しい女の顔が見え、猫の少女が急げと声を掛けてきた。


 言われなくてもそのつもりだ。

 さらに加速し、俺の身体が洞窟を抜け出たと同時。

 轟音と地響きを伴って、俺の背後で洞窟が崩壊した。


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