23話 おとん襲来
裂け目から入った内部は、洞窟と呼ぶに相応しい広さと奥行きを持っていた。
それどころか、明らかに人工物であると分かる台座などがそこかしこに見られる。
ゆえに、ここが最近出来たという説を俺は撤回した。
元からあったが入り口が埋もれていて分からなかったか、意図的に隠されていたかのどちらかだろう。
しかし後者だとすると、いったいここはなんなのだろうか。
整備された通路が奥へ奥へと伸びているが、その両脇には燭台や像まで立っている。
怪しげな宗教の隠れ家。
もしくは聖地といった雰囲気だ。
「ご主人。魔物ニャ」
暗がりが得意なので先頭を任せていたヴェルティが、魔物を発見したようだ。
だが俺には気配が感じられないし、言ったヴェルティからも緊張感は伝わってこない。
「死骸しかないわねぇ」
様子を見に躍り出たラキュアが言う。
なるほど。
すでに死んでいるなら警戒する必要はないものな。
さらにラキュアが言うには、その死骸はまだ新しいものだそうだ。
どれどれと俺も追いつき、地面に横たわる魔物の死骸を見てみる。
血は乾いておらず、確かに死んでから間もないようである。
「何かに襲われた……。いえ、魔物同士で戦っていたのかしら?」
俺の肩越しに観察していたイスリアが自論を展開した。
魔物の死骸は結構悲惨な死に様だが、彼女は平気なのだろうか?
そう思ってイスリアを振り返ってみると
「馬鹿にしないでよね。これでもリクに勝った剣士よ」
と彼女は胸を張った。
可愛らしい仕草にほっこりする。
それはそれとして、もう一度死骸をよく見てみることにした。
致命傷がどれなのかは判然としないが、鋭い爪で引っかかれたような傷が多い。
しかもその傷は、同時に焼かれたように焦げていた。
高熱の爪で引っかかれた?
そんな魔物いたか?
頭の中の大図書館で検索するも、俺のデータベースに該当する魔物は引っかからない。
長らく閉ざされていた洞窟だけに、まだ見ぬ魔物がいるのかもしれないな。
気持ち警戒度をあげて、俺達は更に先へと進むことにした。
道はここから少し下り坂だ。
みるみる気温が上昇していることから、マグマ溜まりに近付いているのかもしれない。
ぼんやりと周りが明るくなっていることから、どこかでマグマが露出している可能性もある。
熱さに弱そうなスー子が、少しぐったりしていた。
「スー子。大丈夫か?」
気遣ってやると、頭の上でぷるんと震える感触。
まだ大丈夫だと言っているようで安心する。
それを見ていたイスリアが、やや後ろから訊ねてきた。
「リクはそのスライムと仲が良さそうよね?」
「唯一の親友だからな」
その言葉に彼女は少し不思議そうな、それでいて羨ましそうな表情を覗かせた。
スライムと親友だというのは可笑しいのだろうか?
「変か?」
「そういう訳じゃないのよ。気を悪くしたならごめんなさい。ただ魔物使いって、もっと魔物を奴隷みたいに扱うものだと思ってたから」
言われてみれば、確かに魔物使いのイメージはそういうものかもしれない。
鞭を振るって魔物を自在に操る姿は容易に想像が出来た。
……というか身に覚えがある。
ポポス草原で、俺は確かに鞭を振るっていた。
まぁ言わなければいいだけだ。
沈黙は正義である。
そんな俺の考えを見透かしたのか、先を歩いていたラキュアが振り返りニヤリと笑った。
ぐぬぬ……。
よかろう。貸しにしておいてやる。
しかしあの時も、スー子にそんなことはしていなかった。
コイツは俺が魔物使いになる前からの親友なのだ。
ちょっとそのぷるんぷるんなお体を使わせて頂くことはあるが……。
「私も……友達になれるかな……?」
不安な気持ちが漏れ出たように、イスリアが呟いた。
なんだ?
スー子と友達になりたがっていたのか。
ふむ、と頷いてから、俺は頭の上のスー子を手で抱える。
そして振り向いてから、それをイスリアの前に差し出した。
「え?」
きょとんとするイスリア。
「友達になりたいのだろ? 握手するといい。まぁ手はないけどな」
一瞬苦笑した彼女は、だが次の瞬間には相好を崩しておずおずと手を差し伸べた。
その白く柔らかそうな手が、スー子の体に触れる。
ぷるん。
「あ、気持ちいい」
はい『気持ちいい』頂きました!
イスリアから聞きたい言葉第二位がこんなところで聞けるとはな!
ちなみに第一位は『入れて』である。
なにをどこにかは聞かなくても分かるだろう?
早く聞きたいものだな。
そんな緊張感の欠片もない俺達とは違い、前列の二人の声が強張ったのはその直後だった。
何があったのかと俺もイスリアと共に駆け寄り、その光景に絶句した。
道の終点。
開けた空洞になっているそこには、夥しい数の魔物の死骸があった。
そのどれもが焼け焦げ、中には元がどんな魔物だったのか判別出来ないほどに炭化しているものもいる。
「イスリア。ちょっと後ろに下がってろ」
こうなった原因を作ったと思われる者。
それを視界に捕らえた俺は、イスリアに下がるように忠告した。
だが気丈な彼女は指示に従わず、むしろ俺を守るかのように進み出る。
「あれは……誰……?」
答えを求めてイスリアはこちらを見るが、俺に聞かれても困る。
筋骨隆々な紫色の肌。
その背中からは大きな漆黒の翼が生えている。
それに、先ほどからうねっているのは尻尾だろうか?
その先端は鏃のように尖っていた。
残念ながら俺に見覚えはない。
少なくともお友達ではなさそうである。
もっとも、こんなお友達とは縁を切らせていただくが。
しかし前列の二人は、その正体に思い当たっているようだ。
そもそも魔物の死骸程度で声を強張らせる奴等ではない。
彼女達が恐れを抱くとすれば、それは魔物の死骸よりももっと恐ろしく、凶悪な何かである筈なのだ。
固唾を呑んで挙動を見守る中、ゆっくりとそいつがこちらへ振り向いた。
その頭には山羊のようにとぐろを巻いた二本の角。
眼球は闇の様に深く黒い。
そして鋭い牙が覗く薄い唇が、ゆっくりと割れた。
「人間風情に飼われるとは哀れな」
地の底から響くような声で、男はそう言った。
それが誰に向けての言葉なのかは分からなかったが、前の二人が体を固くする。
「お……父様……」
んんっ!?
ラキュアからあまりにも予想外の言葉が発せられ、思わず目が点になる。
おいおい嘘だろ?
あの不健康そうな紫肌で上半身裸、短パン一枚の変態チックな男がお前のお父さんなのか!?
いやしかし……。
ラキュアの父であるならば変態でもおかしくはないか。
うむ。
むしろ変態でなければおかしい気すらする。
この場合、俺はなんと言えばいいのだろうか。
『娘さんを無理やり従わせてます』
これはダメだろ。
さすがに人としてどうかと思う。
『お宅の娘さん、破廉恥すぎるんですけど?』
事実だからな。
だが初対面で言うべき言葉じゃない。
色々考えて、常識人の俺はようやく挨拶を決めた。
「初めましてお義父さん。娘さんにはいつもお世話に――」
口上は、男の手から放たれた土弾で遮られる。
先端を尖らせた岩の塊が、ヒュンと音をたてて俺の横を掠めていったのだ。
娘はやらんという父心かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
空気が痺れるような殺気を乗せて、奴が口を開いた。
「貴様。魔人族を舐めているのか?」
あー……。
そうか。
うん。良く考えればそうだな。
ラキュアの。いやモン娘の親であるならば、当然コイツは魔人族だ。
始めて見る生魔人族。
その姿も纏う気配も『魔』そのものだが、コイツが植物や犬猫と性交渉しているかと思うと、無性に笑い出したくなる俺であった。




